三話 秘密基地②
少しだけ開けている場所で、大きな木のウロから敷物を引っ張り出して広げたアラタは、その上にゴロンと寝転んでしまった。
「ここ、穴場なんだ。
窮屈になったら好きに来ていい。見つかるようなヘマだけしないよう気をつけろ。
俺やクルトもたまにいるけどまぁ、そこは気にすんな」
「……ここ、アラタの秘密なのね?」
「そ。秘密基地」
「ひみつきち……」
初めて聞く言葉だったけれど、本来なら教えない場所に、私を特別に招いてくれたことはちゃんと分かって、きっとアラタは、私が今苦しいの、分かっていたんだわって、やっと気が付いた。
そう、苦しかった……。
飼っていた猫が亡くなってしまって、本当は笑っていたくなかった。
だけど、休むなんて許してもらえなくて、取り巻きの方々に隙を見せるわけにもいかなくて、奴隷たちが見てるから、いつも完璧でなくちゃいけなくて……。
そうじゃなきゃ、お父様にまた、怒られてしまう。
良いと言われたけれど……まだ、戸惑いはあった。でも……。
「後で湯を持ってきてやる。
それとそこの湧水で、目の周りを冷やしたり温めたりすれば痕も消せる。……泣いたってバレやしねぇよ」
「っ!」
泣いていいって、言ってくれたのもアラタが……っ。
そのまま溢れ始めてしまった涙を、アラタはさも困ったといった表情で見ていたわ。自分で良いって言ったくせに、おかしいわよね。だけど視線を逸らして、そのまま泣くことを許してくれた……。
しばらくはそうしてソワソワとしてたのだけど、そのうち急に私の手を取った。
「眩しいよなぁここ」
陽の光はまだまだ強くて暑かったけれど、この木陰は優しく柔らかく、熱と眩しさを遮ってくれていたのに。
そう言って、私の手を更に引いて、すぐ隣に座らせてから、抱きしめてくれた……。
「俺ちょっと眠いから、つきあって」
そのまま引き倒された時は、流石に慌てたわ。
殿方にそうされるのがどういうことかくらい、もう分かる年だった。でもアラタはそのまま私を胸に抱いて、敷物に横たわって、それ以上は何もしなくて……。
泣いてる子どもをあやすみたいに、ただ抱きしめているばかり……。
「はしたないわ……」
「何が?」
「殿方の腕に抱かれているだなんて……」
そう言ったら、ブハッと、盛大に吹き出して。
「殿方ぁ? うっわ、ガキのくせして言うわぁ」
「私が子どもなら、貴方だって子どもよ」
ついムッとして言い返してしまってから、ハッとしたわ。
またやってしまった。
殿方の前では常に従順に。そう言い聞かせられているのにっ。
またいけない癖が出た。
私は、何度やっても、何回言われても、どうしても……。
だけどアラタはそんな私を、責めたりなんてしなかった。しなかったの……。
「そうだな。俺たちはまだ、たった十二歳のガキだ。
だから……そんなにいつも、張り詰めてなくていいんじゃないか?
ガキのうちだけだぜ、失敗を笑って許してもらえるのはさ……」
まるで大人みたいに落ち着いた口調と視線で、私を見て頭を撫でて。
「サクラはまだ、失敗していい。
生意気とかそんなん、俺は思わねぇし、どうだっていいし。
だいたい、口答えしちゃ駄目って、そりゃ無理だろ? 人生何十年あると思ってンだよ。
つーか、口答えくらい許してくれる、寛大な夫を探しゃ良いんだから、気負うことねぇよ」
「口答えくらい……許してくれる、夫……?」
「人類の半分が男なんだから、そんな奴もいる」
無責任にあっけらかんと、そう言ったアラタ。
貴方みたいな?
思ったけれど、口にできない私……。
だけどアラタの言葉は、私の心に小さな灯りをひとつくれたわ。
そうなんだ。そんな人もいるのね。こうして、少なくとも一人、私の前に……。
そこで、ガサリと藪が揺れて、びっくりしてしまって、アラタの胸にしがみついたの。
木々の中だし、てっきり魔物か何かかと思ってしまって……。
だけどアラタは気楽に声を上げた。
「おー、クルトも来た」
藪をかき分けて来たクァルトゥス様が、抱き合い敷物に横たわる私達を見て、あんぐりと口を開いて……っ!
慌てて身を離したけれど、目敏く私に涙の痕跡を見つけてしまったクァルトゥス様は、大変お怒りになって、アラタに詰め寄ったの。
「アラタ! お前っ、セクスティリア嬢に何をした⁉︎」
「ち、違うの。アラタは何も……私、何もされていないわ!」
「だがその涙は!」
「違うのよ。これは悲しい涙じゃないわ。私……私、嬉しかったの!」
泣いて良いって言ってもらえて、悲しむことを許してもらえて、嬉しかったの。
でもそのせいで、アラタは誤解されてしまった。
けれど当のアラタは、気分を害した様子もなく、ニヤニヤ笑って「お前に誓って、彼女に手出しはしていない」なんて言うのよ!
そうしてなんとか誤解を解いたあと、アラタはこう言った。
「クルト、サクラも秘密基地の隊員になるから、ここのことは三人の秘密だ」
三人だけの、秘密……。
その特別な響きが嬉しくって、くすぐったくて……。
気持ちがなんだか昂ってしまった私は、勢いに任せて言ってしまった。
「よろしくね、クルト!」
「よ、よろしく……サクラ」
その日私は、人生で二人目の友達まで手に入れたわ!