タヌキの逆襲
タヌキと言えば、古来より『人を化かす動物』として知られており、日本各地にはタヌキに化かされた人の話が数え切れない程伝承されています。
しかし、同じく人を化かす動物であるキツネやネコなどと違って、タヌキの化かし方にはユーモラスなイメージがあり、ちょっとしたミスで人間に見破られて、手痛いしっぺ返しを受ける詰めの甘い面も合わさって、多くの人々から愛される存在となっています。
人を化かすタヌキには、
『佐渡の団三郎』
『松山の隠神刑部』、
『阿波の金長』
『屋島の禿』
といった具合に名前がついている者も存在し、そういった名前のあるタヌキは神様や仏様の使いとして、人間から崇められる存在でもあります。
現在でも、スタジオジブリのアニメ映画を初めとして、タヌキは多くの人々から親しまれています。
しかし・・・決してタヌキを侮ってはいけません。
タヌキを侮る者には、大いなる災いがふりかかるのですから・・・。
☆☆☆
昔々、四国の伊予|(今の愛媛県)、松山での事です。
四国は人間が住み着くようになるよりも昔からタヌキ達の王国として栄えており、特に松山は『隠神刑部』という神通力を備えた偉大な親分タヌキに率いられた『八百八狸』達の縄張りとして知られておりました。
そんな松山に、タヌキが大嫌いな一人の男が住んでおりました。
その男は別に猟師でも里の畑が荒らされた訳でもないのに、暇さえあれば山に入って罠や弓矢、時には鉄砲を使ってタヌキを捕まえてきては、なぶり殺しにする事を日々の楽しみにしていました。
時に棒で殴り殺し、
時に生きたまま生皮を剥ぎ、
時に焼けた火箸で目玉をくりぬき、
時に生きたまま油で揚げ・・・
地獄の獄卒でもしないような残酷極まりない方法でタヌキを殺す日々を送り、山のタヌキ達はもちろんのこと、里の人間達からも恐れられ、嫌われておりました。
さて同じ頃、八百八狸の親分である隠神刑部には、それはそれは可愛らしい孫娘タヌキがおりました。
隠神刑部は孫娘をそれはそれは大層可愛がり、子分のタヌキ達はもちろんのこと、四国に散らばる他の親分タヌキや里の人間達にも毎日のように自分の孫娘の自慢をするほどでした。
☆☆☆
そんなある日の事・・・隠神刑部の孫娘タヌキは、件のタヌキ嫌いな男に捕まってしまったのです。
男はその日自分が捕まえたタヌキがあの隠神刑部の孫だと知ると、なんと生きたまま燻製釜に放り込んで、燻製にしてしまったのでした。
そして明くる日・・・男は人里の大通りで出店を開き、隠神刑部の孫娘の燻製肉を売り出したのです。
「さあさあ!八百八狸の親分、隠神刑部の孫娘の燻製だ!食べれば霊験あらたかな効果があるよ!さあ買った買った!」
男は声高に客を呼び込みますが、人々は燻製を買わないどころか、男の出店に近寄ろうともしませんでした。
「ついに刑部狸の親族まで・・・」
「なんと恐ろしい・・・」
「今にバチが当たるぞ!」
里の者達はひそひそと陰口を叩きながら去っていきました。
結局燻製は一つも売れなかったので、男は燻製を持って帰って自身の兄弟や親類達と共に燻製を残らず食べたのでした。
それからまもなくの事です。
隠神刑部が孫娘を探しに人里に降りてきました。
「お~い。どこじゃ~?お~い」
仮にもタヌキの親分だというのに、隠神刑部は供を連れず、人間に化ける事もなく、母親を求める赤ん坊のように泣きながら里を歩き回りましたが、孫娘は見つかりません。
その姿を哀れに思った村人の一人が、隠神刑部にタヌキ嫌いな男が刑部の孫娘を燻製にして親類と共に食べた事を話しました。
話を聞き終えると・・・隠神刑部は鬼よりも恐ろしい顔になって一目散に山に戻りました。
その日の夜、丑三つ時|(午前2時くらい)の事です。
山の方からズシン、ズシンという地響きのような音が聞こえてきました。
その地響きはまるで里に近づいてくるように少しずつ大きくなっていきます。
何事かと飛び起きた里の人々は、外に飛び出して目を丸くしました。
「ギャオオオオン!!」
なんと、松山のお城の天守閣よりも遥かに大きなタヌキが、山から人里へと降りてきていたのです。
大タヌキは地響きのような足音を響かせながら里へ降りると、里の建物を次から次に踏み潰しながら歩いていきました。
里の人々は我先に逃げ惑いましたが、不思議な事に大タヌキは人々を踏みつける事はなく、むしろ踏まないように気をつけながら里を進んでいきました。
「ギャオオオオン!!」
大タヌキはとある家の前で足を止めました。
それはあの、タヌキ嫌いな男の家でした。
大タヌキは家の屋根をぶち破りながらタヌキ嫌いな男の家に手を入れ、タヌキ嫌いな男をつまみ上げたのです。
「た、助けてくれー!?」
大タヌキにつまみ上げられたタヌキ嫌いな男は、悲鳴を上げて助けをこいましたが、大タヌキはその大きな口をそれはそれは大きく開くと・・・
「うわあぁぁぁぁぁ!!?」
・・・タヌキ嫌いな男を丸飲みしてしまったのでした。
その光景に里の人々が震え上がっていると、大タヌキは次にタヌキ嫌いな男の父母が住む家に手を突っ込み、タヌキ嫌いな男の父母をつまみ上げて丸飲みにしたのです。
続いてタヌキ嫌いな男の兄とその家族を、更にタヌキ嫌いな男の弟とその家族を・・・といった具合に、大タヌキはタヌキ嫌いな男の親類を次から次に丸飲みにしていったのでした。
日が昇り、一番鶏の鳴き声が聞こえてくる頃。
「・・・グェ~ップ」
大タヌキはタヌキ嫌いな男の一族郎党を一人残らず平らげると、大きなゲップを一つして山へと帰っていきました。
後には壊された家々と大タヌキの牛5頭が丸々入る程大きな足跡だけが残っていました。
里で一番年上の老人が言いました。
「あれはタヌキの守り神『ラクドマル』じゃ。きっと孫娘を殺された隠神刑部様に変わって、仇討ちに来たのじゃろう」
その言葉を証明するかのように、里の被害はいくつかの家が壊された事とあのタヌキ嫌いな男とその一族郎党が一人残らずラクドマルに食い殺された以外には、全くと言って良い程ありませんでした。
それ以来、四国に住む人間達の間で『タヌキを虐めたり、殺したりしてはいけない』という決まりが作られ、タヌキ達は神様や仏様の使いとして、人々から大切にされるようになったのでした。
しかし・・・
その事を知らない旅の者がうっかり四国でタヌキを殺してしまうと、山からラクドマルが降りてきて、人里に災いをもたらすのだそうです。
めでたし、めでたし・・・?
いかがだったでしょうか?
皆様も四国に行く機会があったとしても、決してタヌキを虐めたりしないようにお気をつけ下さい。