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8機目 素振り

 「訓練の成果はどうなんですか、アウレス」


 「順調とは言い難いですね。 あの男は爆発魔法以外の魔法をまるっきり使えません。 まさか私達ホムンクルスにとって必須である身体強化の魔法をあそこまで苦手とするとは……」


 「1862、1863、1864……」


 シディナがアウレスに問いかけると、アウレスは神妙な表情を浮かべながら答える。

 そこには、落胆や失望さえ感じる。

 

 「まあ、爆発魔法もちゃんと使えるようになるまで時間がかかりましたから。 でも今となってはもう、無詠唱で爆発魔法を使えるようになりました。 的からは大分外れちゃいますが」


 「いえ、彼の場合、本当に爆発魔法以外の才能に欠けています。 身体強化の魔法は、制御が効かないどころが、発動しないんです。 余程才能が無い限り、呪文を読めば魔法は発動する筈なのに」


 「1865、1866、1867……1869、1870」


 「今ひとつ飛ばしたな。 罰として千本追加だ」


 「ちくしょおおおお何で聞いてるんだよぉおおお」


 「あ?」


 「喜んでやります!! このリトラ・ガラキシア、3000回の素振りなど、余裕でこなせます!!」


 「それで良い」


 アウレスとの模擬戦から一週間が経った。

 あれからの日々は正に地獄。

 スパルタ教官のアウレスの元で日々訓練という名の苦行を強いられている。

 今日のメニューは剣の素振り二千回。

 いや、俺がひとつ数を飛ばして数えたのがバレたので三千回だ。

 ちなみに昨日のメニューは素振り二千回だった。

 そして一昨日のメニューは素振り二千回。

 実に多種多様でバリエーション豊かなトレーニングを受けている。

 ……あれ、何かおかしい気がするが、何だろう。

 違和感の正体が掴めない。

 

 元の世界でも刀の素振りを千回以上行う猛者は居た。

 ホムンクルスのムキムキボディなら剣の素振りなど余裕だろう。

 そう思っていた頃が俺にもありました、

 

 ただ、そいつらと違う点が二つある。

 一つは、剣道を一ミリも知らない俺は、動きに無駄が多く、その分体力の消耗が激しいこと。

 もう一つは、振る物の違い。

 日本で剣道を行う人が素振りに使っていたのは竹刀。

 それに対し、俺はーー


 「それにしても、あの大剣、すごく懐かしいですね」


 「そうですね。 使わなくなってから久しいので、倉庫から取り出した時はほこりを被っていました」


 大剣を振っていた。

 ゲームとかで、ハンターがモンスターを狩るのに使ってそうな大剣を。

 全長は俺身長より数センチ少ない程度。 

 つまりバカでかい。

 しかも、素材は普通に金属だ。 

 錆びていなかったら、ただの刃物だ。

 いや、この重量だら、もはや鈍器として凶器になり得る。

 

 何かの拍子で誰かに当たってしまったら、余裕で死ぬ。

 いや、アウレスだったら小指の先で受け止めそうな物だが……

 間違っても誰かに当たらないように気を遣って大剣を振る。

 しかし、それ以前に、まず、


 「俺が死ぬ……」


 「弱音を吐くな、大振りの得物はホムンクルスの専売特許だ。 一万回振っても平気にならなければならん」


 鬼教官に弱音を一蹴されてしまう。

 くそ、早く終わらせて魔法の訓練がしたい。

 魔法を使うのは楽しいし、何よりアウレスではなく、シディナに教えてもらえる。 

 今の俺にとって魔法を練習する時間は心のオアシスだ。

 

 「ニヤニヤするな。 集中しろ」


 「あ、はい」


 しまった。

 どうやらオアシスへ馳せていた思いが顔に出ていたみたいだ。

 

 「貴様、中々飄々とした態度をとっているが、少なくともシディナ様には絶対に口答えするなよ。 …………あの男の二の舞は御免だ」


 「え?」


 「何でもない。 続けろ」


 最後にぽつりと呟いたひとことは、どうやら俺にしか聞こえなかったみたいだ。

 シディナは特に引っかかった様子も無く石を浮かばせて遊んでいる。

 あの男??

 一体誰のことだろう。

 「二の舞」という事はつまりーー


 「アウレス、そろそろ良いか」


 俺が相変わらず集中せずに、物思いに耽ながら大剣を振っていると、中庭の入り口の方から声がする。

 声の正体は、グラン。

 アウレスの主人であるグランだ。


 「はい、支度は出来ています。 荷物をとりに行くので、少々時間を奪ってしまう事をお許しください」


 そう言いながら、アウレスはそそくさと立ち去ろうとする。

 背を向けて歩きつつ、顔だけをこちらに向けて彼女は言った。

 

 「今からしばらくグラン様と席を外す。 お前は素振りを続けていろ」


 「はい……1881、……1882、」

 

 よし。

 あの女が視界から消えた瞬間即止めてやる。

 

 「リトラさん。 アウレスが出かけている隙にサボったら報告しますからね」


 「や、いやだなあシディナ。 俺がそんな事するわけないだろ」


 「……しばらく見張ってます」


 ぐっ。

 作戦失敗のようだ。

 完全に見透かされている。

 伊達に人生(現世)の全てを一緒に過ごしてきたわけじゃないという事か。

 やがてアウレスが何処かへ行ってしまった後も、シディナは横で俺が素振りをするのを眺めていた。


 「1894、1895……なあシディナ。 あいつら何処に行ったんだ??……1996、1997」


 「分かりやすすぎます、リトラさん」


 「1898、1899」


 シディナ相手ならワンチャンいけると思ったが、無理だったか。

 呑気な印象がある子だけど、普通に頭は良さそうだしな。


 「……私も頭の中で数えておきます。 それはそうと、グランとアウレスが何処に行ったのか、でしたね。 彼らはギルドに行きました」


 「ギルド? それってクエストとか受けてモンスターを倒したりするの?」


 「私が数えると言った途端数えるのを止めましたね…… まあ良いです。 それぐらいはやってあげます。 そして質問ですが、その通りです。 ホムンクルスの初期知識は意外と豊富なのですね」


 ホムンクルスの初期知識とやらには含まれていない、前世の記憶なのかもしれないのだが、当然それは口には出さない。

 今口にしたのは創作物でよく登場する設定だ。

 ギルドという場所でモンスターを討伐する依頼を受け、それを達成することで報酬を得る。

 そうする事で生計を立てる人達を冒険者と呼ぶ。

 この世界でどこまでその知識が通用するかは分からないが、大筋は合っているだろう。

 

 「クエストか……いいなあ。 俺も受けてみたいなあ」


 魔法の修練に、剣の訓練。

 異世界物の鉄板イベントを着々とこなしているが、やはり生前の憧れを追いかける充実感は半端ない。

 ギルドでクエストを受けるというのも、いつかは是非やってみたい。


 まあ、剣の訓練をしているといっても、今は地道に素振り中。

 ギルドで依頼を達成するのは当分先にならないと許されなさそうだ。

 事を急いても仕方がないし、今は魔法と剣の特訓に集中しよう。


 「いいですね、クエスト。 私達も受けましょう」


 「え?」

 

 「? 何を驚いているんですか? リトラさんがそう願ったんじゃないですか」


 「いや、そうだけど……」


 え、そんな軽いノリで良いの?

 今そんな事言っても、アウレスに

 「素振りを一日五万回余裕でこなせるようになってから出直してこい」

 とか、

 「小指一本で素振りできるようになったら考えてやる」

 とか、

 「依頼を受けたければ、今の十倍の重さの剣で素振りを毎日ノルマ分こなせ」

 とか言われそうだけど……

 

 「何か、リトラさんの中でのアウレスのイメージおかしくないですか??

素振り大好き人間と化してるじゃないですか」


 「いや、あいつは素振り大好き人間だ。 俺殆ど素振りしかやらされてなねえし。 絶対、とりあえず素振りさせとけば良いって思ってるよあいつ」


 「アウレスはそんな適当な人間じゃないです。 彼女が帰還したら、許可を頂けるか尋ねましょう。 きっと許してくれます」


 「だと良いんだけど……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 

 「クエストを受けたいだと? そうだな、 素振りを一日十万本余裕でこなせるようになったら考えてやる」


 「ドンピシャじゃねえか」

 

 あれから数時間後。

 アウレスとグランが帰ってきたので、早速シディナと俺はアウレスに、クエストを受けてもいいかを聞いた。

 うん、やっぱただの素振り大好き人間じぁねえか。

 なんなら想定の倍の回数を要求してきやがった。

 

 「……と言いたい所だが」


 しかし、俺が想像していた通りの事態とはならなかった。

 予想通りの台詞を告げた上で、アウレスが逆説の言葉を切り始める。


 「クエストは良い実戦経験となる。 簡単なものなら危険も少ない。 癪だが、むしろ私も貴様にクエストを受けさせようと思っていた所だ」


 と、アウレスは意外な事を口にする。

 

 「良かったですね、リトラさん」

 

 「ああ、正直予想外だった。 まさかアウレスが俺に素振り以外の行動を許してくれるなんて……!!」


 「……貴様が私を馬鹿にしている事はよく分かった。 しかし、その事を後悔させる前に、貴様のその口の利き方をそろそろどうにかしろ!! 主人に仕えるホムンクルスとして相応しき口調で話さんか!!」


 「え、いや、突然そんな事言われても」


 しまった。

 安堵感の所為か、油断して余計な事を言ってしまった。 

 アウレスの説教スイッチが入って、今まで見過ごされていた事に口出されてしまった。


 「いいんです、アウレス。 私も、リトラさんのこの話し方に慣れているので」


 「……そうですか、シディナ様がそう仰るなら私はもう何も言いません。 それはそうと、リトラ。 私を馬鹿にした罰として、明日の素振りは四千回だ」


 「え、明日はクエストを受けるんじゃ……」


 「誰も明日とは言っていない」


 たしかに。

 いや、それにしたって四千回は多すぎる。

 今日の三千回ですらもう既に体力が限界を突破したというのに。

 

 「フッ、文句を言いたいのなら、失言をした過去のお前に言うんだな」


 「……過去の俺死ね」


 言われた通りに数分前の自分へ悪態を吐く。

 そして地獄の素振り四千回を乗り越えた次の日。

 俺は初めてクエストを受けることになった。

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