5機目 チュートリアル【騎士】
初めて魔法を使用した日から一週間が経った。
あれから毎日のように、俺はシディナの元で魔法を練習していた。
「膨張せよーー『マダイナ』」
七メートル先に浮遊している小石を目掛けて魔法を放つ。
すると、小石から僅かにそれた空間に爆発が起きる。
「あ、当たんねえ……」
「練習あるのみです。 頑張ってください」
魔法というものは簡単に上達できるような物ではないらしい。
あれからの一週間、ひたすら魔法を練習した。
その結果、ようやく狙った所に爆発を起こせられるようになった。
最初は遠くから見ていたシディナだったが、今では普通に傍に立ってくれている。
俺の魔法の狙いが安定してきたからだけではない。
今行っている訓練のためでもある。
現在行われている特訓は、動いている物体に正確に魔法を当てる練習。
シディナの『公転魔法』によって移動する小石を的にして爆発魔法を使うといった内容だ。
しかし、動く物体となると落ち着いて狙いを定めるのが中々難しい。
ゆっくりと深呼吸をしている間にも的が常に動き続けているからだ。
「膨張せよーー『マダイナ』」
めげずに魔法を再び唱えると、今度は爆発が小石を掠めるように発生した。
「よし、少しずつ当たるようになってきた」
「その調子です。 そうですね……三回連続で、しっかりと小石の中心に命中させられたら次の段階に進みましょう」
「次の段階??」
「小石の速度を不規則に変えます。 実戦において、規則的に一定の速度で動く的なんてありませんから」
「お、お手柔らかに……」
今でさえ、苦戦しているのに、小石の軌道も読めなくなったら掠りもしなくなるな……
--それにしても、「実戦」、か。
魔法を使うのが楽しくて、あまり考えていなかったけれど、この魔法は誰かに向かって使う事になってしまうのだろうか。
ホムンクルスの役割のひとつは護衛とシディナは言っていた。
しかし、明確に何を相手に、主人を守らなければならないかについては言っていなかった。
もしかしたらこの世界にはいわゆるモンスターといった猛獣が生息していて、そういった魔物から主人を守るのが主要な仕事なのかもしれない。
でも、現実的に考えると、人間と戦う事になる可能性が高い。
できるだけ覚悟はしておいた方がいいだろう。
命は一度限りなんだ。
そう、一度限り。
あの爆発の時に感じた「死」は追い詰められたが故の錯覚。
俺はそのように結論付けた。
仮にあの時本当に死んでいて、その直後に生き返ったのだとしても、それを踏まえて命を軽く扱うなんて事、怖くてとても出来やしない。
「膨張せよ。 『マダーー」
余分な思考を交えつつ、流れ作業的に魔法を唱えようとした。
我ながら集中力が足りない。
しかし、俺は途中で魔法を唱えるのを止めた。
魔法を使おうとした時、急激に倦怠感に襲われたからだ。
「……魔力切れだ。 今日はもう撃てなさそう」
「そうですか。 では、今日の訓練はここまでとします」
そう、この世界では魔法を無限に撃つことはできない。
人間の魔力量には限界があって、それを超える魔法の行使はできないみたいだ。
これも、日本の色んな作品で魔法が登場する際の定番じみた設定だ。
MPというやつだ。
「そういえば、俺の魔力量って平均に対して少ない?? それとも多い??」
「少ない方ですね」
「えっ、あっ、そう……」
地味にショックだな……
「あまり気にしないでください。 ホムンクルスは魔力量が少ない代わりに身体能力が高い傾向にあります。 おそらく製作者が意図してそのように作っているのです」
「製作者が意図して? なんでそんな事をするんだ?」
「ホムンクルスが戦闘を行う時は大体護衛ですから。 魔法よりも武器を使った戦い方の方が適しているのです。 魔法は敵から距離をとりながら使うものなので、主の傍から離れられないホムンクルスには不向きです。 それに、護衛がする事の多い持久戦にも、魔法は向いていないです」
「……なるほど」
俺のスペックには、思っていたより深い理由があったらしい。
それにしても、知識は植え付けるだけでなく、ある程度の能力も調節できるとは……
ホムンクルスの製作者というのはかなりの人物だという事が分かる。
「……待てよ、それなら魔法の練習より、剣の練習とかをしておいた方が良いんじゃないか??」
ホムンクルスは役割的にも、才能的にも、魔力よりも筋肉を使った戦い方を会得した方が良いのなら、近接戦闘の訓練をした方がよさそうだ。
「はい、その通りです。 しかし、今、リトラさんに剣を教える先生が不在です。 もう少ししたらこの屋敷に戻って来ると思うので、ちょっと待っていてください」
「そうか……」
「それに、やはり魔法は使えるようにした方が良いです。 遠距離攻撃の手段を持つのは重要なことです。 それに、魔法は使える回数に限りがある分、とても強力です。 使えるに越した事はありません」
「ああ、分かった。 そう聞くと、やる気が湧いてくるよ」
俺が魔法の特訓をしても無意味なんじゃないかと少し不安になったが、そういう事なら修行に身が入る。
「…………いや、待てよ。 ぶっちゃけシディナに護衛って必要なの?? 公転魔法があれば、敵なんて寄り付けないじゃないか??」
「えっ」
必要か、必要でないかで言えばもちろん護衛は居た方がいいだろう。
でも、あの公転魔法の使い手ともなれば、わざわざ貴族しか買えないような高価なホムンクルスを購入して、自ら手塩をかけて育てるほどのコストに見合うメリットは感じないのではないだろうか。
「そういえば、アステルドの傍にもホムンクルスは居なかったよな。 アステルドは公転魔法が使えるから、必要なかったんじゃ……」
「えっ、いや、私はお父さんと違って弱っちいですから……」
「そうだな。 そこら辺の石ころを高速回転する兵器に変える程度に弱っちいよな」
俺はまだこの世界の強さの基準をいまいち把握していないが、あれはかなり強力な魔法の筈だ。
「…………」
「…………」
俺の読みが当たったのか、シディナは気まずそうに目を逸らす。
「……………………」
「…………………………」
「……騎士です」
やがて沈黙に耐えられなくなったのか、シディナが口を開く。
「騎士??」
「……はい、私を守ってくれるような素敵な騎士が欲しかったのです」
少し恥ずかしいのか、若干たどたどしく言葉を紡ぐ。
えっ、何この子。
超乙女やん。
14歳、だっけ。
日本だったら中学二年生。
いや、中学二年生でもこれ程乙女な女子は居ないぞ……
素敵な騎士が欲しいって、もはや少女漫画にあこがれる女子小学生のセリフだぞ……
「なんて尊い存在なんだ……よし、お兄ちゃんに任せろぉ!! 君を守る立派な騎士になって見せる!!」
「なのに、こんな不良品が送られてくるなんて、不運です」
「え」
「礼儀がなってませんし。 楽観的でなんかぼんやりしてますし。 私を守るどころが、真っ先に危険な目にあってますし」
「え」
「時々、兄妹面してきますし。 魔法の習得も遅いですし」
おいちょっと待て。
今さりげなくショックな事言われた気がする。
何??
俺って魔力量が少ないだけでなく、魔法のセンスも無いの??
「はあ……もっと気品があって、気遣いができる、高身長なホムンクルスが良かったです」
そして今、暗に俺の身長がディスられた。
これでも転生前より高いんだけど……
「せめて、お兄ちゃんを名乗るぐらいだったら、今言った要素は必須です」
「しょ、精進します……」
お、お兄ちゃんへの道は長い…………
手ひどくダメ出しを喰らった俺は、より一層集中して魔法の訓練に取り組み始めたのだった…………