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3機目 チュートリアル【魔法】

 なんとか焼死を避ける事に成功した俺は廊下を走っていた。

 とにかく、火の手から全力で逃げていた。

 あの橙色の光を見ると死への恐怖が疼く。

 俺は確実に、あの光によって二度落命した。

 しかし、どういう原理かは分からないが、未だに体は動く。 

 意識がある。

 奇跡とも呼べる事態を無駄にしないためにもとにかくあの煉獄から離れる。

 

 「--リトラさん!!」


 「!!ーー--シディナ!!」


 廊下を駆け抜けた先ではシディナとアステルドが駆け寄ってきていた。

 心の底から安堵が芽生える。

 未だ一週間の仲とはいえ、この世界に来て初めて出会った人達は今の自分にとって最も頼りに思える存在だ。 

 しかし、五体満足な状態である俺を見て、アステルドは怪訝な顔つきをした。

 

 「君、一体あの火事からどうやって脱出したんだ?? しかも、服には炎が燃え移ったような跡がひとつもない」


 そう言われ、思わずドキッとする。

 たしかに、今のこの状況は客観的に見たら非常に不可解だ。

 いや、主観的にも、何が起きたのかが全く理解できない。

 シディナも、不思議な物を見る目でこちらを見て………ない。

 火が広がる様子を見ている。

 無表情だが、その瞳の中には恐怖が秘められているように思えた。

 たしかに、自分の家の一室が火事になっていたら恐怖ぐらい感じる。

 むしろそれをおもむろに表情に出していないだけでも大したものだ。


 「事情は後で聞こう。 とりあえずこの場は私に任せたまえ」


 そう言い放ち、アステルドは落ち着いた足取りで燃え盛る炎へと近づく。

 とりあえず、俺が火傷ひとつ負っていない理由は後回しにしてくれたみたいだ。

 それより、アステルドは何をするつもりだ??

 元の世界だったら消防署に救けを求めるのが常識だが、この世界にはそのような機関が存在していないのか??

 だとしても、一人であの火事を鎮火させるなんて、一体どうやってーー


 「リトラさん」


 シディナが唐突に声をかけてくる。

  

 「覚えておきなさい。 この世界では、目には目、歯には歯、そしてーー」


 アステルドが歩みを止め、火の前に両手を交差させながら突き出す。


 「魔法には魔法、です」


 「---『ウォル』」


 アステルドが呪文らしき言葉を唱えた瞬間、水色の激流が突如発生する。

 透明な水が唸りを上げ、螺旋を描きながら灼熱を突き破る。

 瞬間、蒸気が大量に発生し、魔法の全貌が隠される。

 しかし、水流の圧倒的な力を感じるのに、視覚はもはや不必要だった。

 水しぶきが爆音を上げ、空気を振動をさせて肌に伝わってくる。

 そう錯覚するほど、その威力は絶大だった。


 数秒後、水の発生はピタリと止まり、やがて水蒸気が晴れると火事場はその残骸を露わにした。

 残り火ひとつ許さず、アステルドの唱えた魔法は炎を徹底的に鎮火させた。

 

 --これが、魔法。

 最初に見た魔法、すなわち自らの体で受けた爆発魔法は、あまりにも唐突なもので、いまいち感動を覚えなかった。

 感動以前に命の危機に晒されたのだから当然だ。

 しかし、その全てをしっかりと確認した魔法は、驚嘆のひとことだった。

 奇跡。 

 まさにそう呼ぶにふさわしいほど、あの現象は非現実的かつ幻想的だった。


 「なあシディナ、あれってこの世界最強レベルの魔法だったりーー」


 「水の初級魔法≪ハイドロジェネレーション≫です。 まあ、お父さんの魔力は常人と桁が違うので、普通の人とは威力が段違いですが」


 ーーーあれで、初級魔法……

 いわゆる、中級魔法や、上級魔法といったものがあるのならば、それは一体どれほどに壮大で、素晴らしいものなのだろう.


 そんな思いを胸んい抱いた瞬間。

 バタッという音と共にシディナが地面へと崩れ落ちる。


 「ーーシディナ!!」


 倒れたシディナを抱き起すが、反応が無い。

 しかし、息はしているみたいだ。


 一体何が起きている。

 シディナが気を失うような事は起きていない筈だ。


 困惑する俺とは裏腹に、アステルドが特に驚いた様子もなく、シディナの傍で腰を落とす。


 「びっくりさせてしまったみたいだね、リトラ君。 シディナは少し過剰なくらい心配性でね。 リトラ君から見たら、特に変わった様子でもなかったと思うけど、実は、リトラ君に会うまではかなり狼狽していたんだよ」


 落ち着いた口調でアステルドがそう言う。

 

 「リトラ君の無事を確認して気が抜けたんだろう。 あとは任せない」


 アステルドが俺に代わってシディナを抱き抱える。

 そして苦もない様子でその場から彼女を抱えながら去っていく。


 シディナは小柄な女子であるとはいえ、平然と彼女を持ち上げられるとは。

 結構力持ちみたいだ。

 元の世界のゲームでは、魔法が得意なキャラは非力と相場が決まっていたが、異世界でも同様では無いらしい。


 それにしても、安心するあまり、気が抜けて気絶するとは。

 一体どれほど心配していたんだ。

 シディナが俺の事を心配してくれていたと思うと素直に嬉しいが、初対面から対して間もない関係である事を踏まえると心配の度合いが普通じゃない。

 少し不可解だな。

 

 しかし、何がともあれ、俺は死の淵から、奇跡的な脱出に成功した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 



 魔法に大きな感動を覚えた翌日。

 俺は馬車に揺られながら、考え事をしいた。

 移動手段が馬車となると、やはりこの世界は異世界転生ものの小説によくある、中世ヨーロッパに似た世界観なのだろう。

 まあ歴史は苦手なので、中世ヨーロッパというのはあくまでイメージの話であって実際は全然そうでもないのかしれないが。


 あの火事の後、俺はアステルドから取り調べのような会話を交わした。


 「何か、火事の原因として思い当たることはあるかい」


 そう聞かれた時、俺はあることを思い出した。

 爆発が起きる直前、ウサギの陶器の眼が紅く光っていた。

 あの陶器は、火事が起きた日まで、俺もシディナもその存在に気が付かなかった。

 というより、あの日に、誰にも気づかれずに設置されたものなのだろう。

 もし、元の世界でいう時限爆弾が、この世界でも魔法の力を借りて存在しているのであれば、あの陶器はかなり怪しい存在だ。


 もちろん元いた世界の話は控えながらその旨を伝えたら、アステルドは少し疑い深い視線を向けてきたが、シディナもあのウサギの陶器は怪しかったと言ってくれたおかげで信用してくれた。


 「では、君が無傷であの場からどうやって逃げる事に成功したか、教えてくれないか」

 

 「…………自分でも分りません」


 そう答える他なかった。

 火傷を負いながら必死に部屋から出たら、燃えていた服がいつの間にか元に

戻っていた。

 しかも、その下の肌を確認すると、傷ひとつついていなかった。

 ありのまま起こったことを話した。


 自分でもかなり怪しいとは思うが、あの状態を筋の通った噓で誤魔化すのは自分には困難すぎた。

 言い訳を考えようと試みたが、結局何も思いつかず、事実をそのまま伝えた。

 一方で、自分が二度死んだという実感を味わったということや、死の直後に意識に語りかけてきた『残機』の警告の話は伏せた。

 それらは全て自分の主観の話で、信憑性が低い。

 正直なところ、自分でも追い詰められた状態だったが故の錯覚だったんじゃないかと思う。

 俺は一度、たしかに転生を体験した。

 そんな俺ですら、自分のあの時の記憶を疑ってしまう。

 当然転生なんて体験した事が無いであろう人達からしたらもはや妄言の類だろう。


 こればっかりはすんなりと受け入れられなかったのだろう。

 アステルドは終始納得のいかない顔をしていたが、同じく納得のいかない顔をしている俺を見て、すぐに話を切り上げた。

 それもそうだろう、火事の始末のためか、アステルドはあの後ずっと執務室らしき部屋にこもっていた。

 まとまりのつかない話をする時間的余裕はなかった。

 だが、いつかまた事情聴取を受ける覚悟はしておいた方がよさそうだ。


 あの謎の爆発の狙いは不明のままだったが、あの屋敷に留まるのは危険だと考えられ、俺とシディナは今別の家に向かっている。 

 アステルドと殆どの使用人は元の屋敷に留まり、表向きは俺とシディナもあの屋敷に未だ滞在していることにしているらしい。

 あの爆発の狙いがシディナの死だったとしたら、そういう事にした方が安全なのだろう。


 しかし、あの屋敷に使用人がいたのか……

 殆ど寝たきりで、部屋から出ることがなかったので知らなかった。

 そうやらシディナの家庭は「ちょつとお金持ち」という程度を逸脱してそうだ。

 今から向かう屋敷もシディナの血筋の分家の所らしい。

 分家という仕組みが元の世界にも実在していたが、自分にとっては小説で、国の中でも有力な貴族から派生するものとして登場するイメージだ。

 

 「それにしても、外が見れないのは残念だな……」


 「仕方のない事です。 私達が移動していることは秘密なのですから」


 俺が思わず不満をこぼすと、シディナがそれに答える。

 こいつも中々肝が据わっているよな……家で火事が起きたというのに怯えた様子を見せない。

 この世界ではああいった事件は割と日常茶飯事なのだろうか。


 「といっても、俺まだ生まれたばっかで、自然に全く触れてないんだぜ……」


 「作られた際の予備知識として、自然がどういった物かは知っている筈です。 少し我慢してください。 私だってあまり外に出られなくて我慢してるんです」

 

 ……薄々勘付いてはいたが、シディナはどうやら箱入り娘のようだ。

 というか、自然に対する予備知識が俺にはあるらしい。

 その自覚が無いということは、俺が前世から持っていた自然に対する知識と、その予備知識というやつがあまり変わらないからなのだろう。

 つまり、この世界の自然は地球のそれとは大差ないはずだ。

 緑色の空と、ピンク色の草原が広がっているという事はなさそうだ。

 

 「安心してください。 向こうの家には中庭もありますし、もしかしたら外出の許可も得られるかもしれません」

 

 俺が黙り込んで考えに浸り始めたのを落ち込んだのと勘違いしたのか、シディナは励ますように喋りだした。

 

 「外出許可!! 本当か!?」


 「はい。 私達は現在元の屋敷に留まっていることになっています。 服装などに気をつければ、人攫いなどの心配もありません」

 

 「ひ、人攫いって……」


 「何を狼狽えているのですか。 そういった害から私を守るためにリトラさんさんがいるのですよ」


 俺の役目は護衛だと言われていたが、そういう事だったのか……。

 物騒な世界だ。

 

 俺が少し気を引き締め直していると、シディナが再び語りかけてきた。


 「それより、火事の事件で有耶無耶になりそうでしたが、魔力診断薬の結果はどうてしたか??」


 「ああ、なんか、オレンジ色だった」


 お互い伏せるべきところを伏せながら話しているが、要は尿の色の話だ。

 魔力診断薬を飲んだ後の尿の色で魔法の適正が分かるらしい。

 この気恥ずかしさは、魔法を習う人が全て歩む道なのだろうか……


 「オレンジ色、ですか……リトラさんさんとしては複雑な気持ちかもしれませんが、その色は爆発魔法への適正を示します」


 「ば、爆発魔法かぁ……」


 思わず肩を落としてしまう。

 生前の俺なら、中二病心くすぐる適正に嬉々として心を躍らせていたかもしれない。

 しかし、今の俺は爆発魔法によって二度死にかけた。

 もしくは二度死んだ。

 どっちなのかは未だに分からないが、正直あまり考えたくない。

 転生の際に不死身というチートが与えられた?? 

 いや、そんな都合のいい話ではない気がする。

 まあとにかく、爆発というものにはあまり良い思い出が無い。

 

 「む、無理に爆発魔法を習得する必要もないですっ。 正直護衛には不向きな魔法ですし、剣の道を歩むというのもありです」


 「剣!?」


 「?? はい、剣です」


 うおお。

 不覚にもテンションが上がるな。

 この世界の厳しさは先日身をもって体験したため、手放しに興奮はできないが、やっぱり剣を使った戦いは男のロマンだ。

 

 「しかし、剣だけで戦い抜くのは困難な事です。 できれば魔法も使えるようにする事をおすすめします」


 「ああ、分かった!!」


 爆発魔法に対する抵抗感は拭い難いが、やはり魔法は使えるようになりたい。

 

 そんな事を思っていたら、自分の乗っている馬車が徐々に遅くなる感覚がしてきた。

 

 「お嬢様、クラスタール家の館に着きました」


 「ありがとうございます。 さあリトラさんさん、外に出ましょう」


 「あ、ああ」


 シディナに手を引っ張られ、外へと足を踏み出す。

 護衛と主人という関係なのに、これじゃあ立場が逆みたいだ。

 外へ出ると、そこは正門の前ではなく、バックヤードの庭といった印象だった。

 暖かな日差しが降りそそぐ。

 開放的な空間に出たのはいつぶりだろう。 

 思わず伸びをする。

 転生してから三週間は寝たきり。

 その後一週間も部屋の中で過ごした。

 爆発が起きた日も屋敷からは出ずに違う部屋で寝た。

 馬車に乗る際は一瞬外に出たが、そこはガレージのような、屋根付きの場所で、まだ閉鎖的だった。


 「気持ちの良い天気ですね」

 

 「ああ、そうだな」


 箱入り娘のシディナも外に出るのが久しぶりだったのか、心地よさそうに呟く。

 俺みたいにストレッチを始めないのは貴族としてのマナーだろうか。

 その事に気が付き、佇まいを直す。


 「ご久しぶりですシディナお嬢様。 よくぞ、クラスタール邸まで来てくださりました」


 すると、待ち構えたいたのだろう。

 扉を開ける音とともに金髪の男性から声が発せられる。

 

 「久しぶりです、ファウザー様。 丁重なお迎え、ありがとうございます」


 この人がガラキシア家の分家、クラスタール家の現当主であるファウザー・クラスタールみたいだ。

 年齢は四十代といった所だろうか。

 どことなく感じるダンディーさにはアステルドとの血の繋がりを感じる。


 「丁重なお迎えだなんて、勿体なきお言葉です。 本来なら使用人全員でシディナ様の到着を歓迎するべきなのですが……申し訳ございません」


 「いいえ、全面的にこちら側の問題です。 それより、私達を泊めると言ってくださった事を感謝します」

 

 「構いません。 本家あってこその分家ですから」


 「ありがとうございます、ファウザー様」

 

 おお……!!

 なんか貴族の会話っていう感じがする。

 この二人の会話にはとても混ざれる気がしない。

 上品な言葉遣いがこうもすらすらと出てくるのは、さすが貴族というところだ。

 いや、よく考えたらこの世界に来てから平民と話した事が無い。

 もしかしたらこれがこの世界での普通な会話なのかもしれない。 

 もしそうだとしたら俺の話し方、場違いにもほどがあるな……。


 「ところで、グラン様とアウレス様はどちらへ??」


 「ああ、残念ながらグラン達は今研修を兼ねて王都へ短い留学をしています。 たしか、シディナ様は二人と仲が良かったですよね。 一か月ほどすれば戻ってくるので、しばしのご辛抱をお許しください」


 「そうなんですか、楽しみにしています」


 ……何やら聞いたことの無い名前が飛び交う。

 しかし、どうやらこの屋敷にはシディナと仲の良い人達がいずれ来るらしい。

 一体どんな人達なのだろう。

 

 「では、早速中へとお入りください」


 「はい、しばらくお世話になります」


 ……これ、俺もなんか挨拶とかした方が良いのかな。

 そう思いつつも、この格式の高い会話についていける気がせず、結局俺は一言も発さずにシディナの後ろをついていった。

 



 そうやって俺達が館へと招き入れられた一か月後。


 「貴様のような人形はシディナ様に相応しくない」


 そう言い放ちながら、この忌々しい女は無慈悲に斧を振り下ろす。

 

 「あ゛あああああぁぁ!!!」

 

 刃があっさりと肉を切り裂く。

 鋭い痛みが腹から生じる。


 「貴様は廃棄処分とする。 今までご苦労だった」


 なんで、こんな事になったんだ……

 俺はどうする事も出来ず、振り下ろされる死をただ見つめることしか出来なかった。

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