25機目 小柄
「今日はギルドについてきてもらう」
「…………え?」
街へ遊びに行った日から一週間が経とうとしていた日。
俺はいつも通り、アウレスの前で素振りをしていた。
もう剣の訓練を始めてから二か月ほど経とうとしている気がするが、未だに素振りをしなければならないのか。
と、内心ぼやいていたら、アウレスから思わぬ言葉が発せられた。
「ギルドだ。 今度私とグラン様がギルドに行く時に、シディナと貴様にもついてきてもらう」
「いや、ギルドって……この前クエストを受けた時は、行くのは危険だって言われてたじゃないか」
たしか、ガラキシア邸での爆発の事件が起き、シディナの身柄の安全性は定かでなかった時だった。
アウレスがギルドにクエストを受けに行き、俺達はギルドを介さずに直接魔獣の生息する草原に行った。
「あれから時間がそれなりに経ったが、特にシディナ様を狙うような表立った動きはない……というのがガラキシア家の判断だ。 アステルド様は警戒を緩め、シディナ様の自由な行動を許可なさった」
「……お前はなんだか納得いってなさそうじゃないか?」
「……ガラキシア家の意思は、クラスタール家の意思でもある。 グラン様に仕える私は、それに従うだけだ」
含みのある言い方をするアウレス。
彼女自身はまだ警戒を解かないべきだと感じているのだろう。
正直なところ、俺はある程度の外出は許されてもいいと感じている。
閉鎖的な空間に入り浸るのは良くない。
負の感情に思いを馳せる時間が増えてしまう。
俺達が進めている計画以前に、ずっと引きこもっていたらシディナのトラウマは癒えない。
「とにかく、早速今日出かけるぞ。 シディナ様には貴様から声をかけるのだ」
「了解」
アウレスが背を向け、訓練場を去る。
「今日の素振りはもういい」の合図だ。
俺は大剣を元の場所に戻す。
……少し前に、この訓練場でアウレスに何度も殺された。
あの時、シディナに目撃されなかったら俺はあの時に完全に死んでいた。
だというのに今こうやってアウレスと普通に話していたのは、よく考えると不思議なものだ。
血塗れの俺と、それを前に斧を持ちながら立つアウレスをシディナは目撃した。
その事へのシディナからの追求は、結局有耶無耶になった。
単純に忘れているだけなのか、それともあえて口にしないのか。
どちらにせよ、あの状況を都合よく弁解できる言い訳が見つからなかったので、ありがたい事だ。
それにしても、ついにギルドに行ける。
魔法と剣にクエスト。
中二病の琴線に触れる事柄を網羅するにあたり、一つのピースが今まで欠けていた。
それが、ギルドだ。
心が浮足立つのを感じながら、俺は訓練場を後にした。
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「ここギルドなんですね……」
「……でかい建物だな」
訓練を中断して今日の予定の旨を伝えると、シディナはすぐに外出用の服装に着替えはじめた。
この前と同じ服装に身を包んだシディナが部屋から出ると、俺達はすぐにギルドに向かって出発した。
ちなみに、一瞬だがシディナの部屋のベットの上にこの前のうさぎのぬいぐるみが置いてあるのがチラッと見えた。
渡した身としては、飾ってもらえたのは報われた気分だ。
そして以前遊びに行った街の大通りを寄り道を挟まずに駆け抜け、角を何度か曲がるとすぐに目当ての場所についた。
ガラキシア邸やクラスタール邸には負けるが、百人程度の人数なら余裕で入りそうな大きさだ。
「シディナ様、中へ入りますが、よろしいでしょうか」
「あ、はい。 ここにずっと立っていたら迷惑ですし、入りましょう」
アウレスに声をかけられ、俺達は目の前の扉に視線を戻した。
扉を押して中に入ると、そこにはまさにイメージ通りの風景が広がっていた。
木造の内装に建てられたカウンターでは、鎧に身を包む男達が受付嬢と話している。
壁という壁に掲示板がかけてあり、貼られた紙を眺める男女。
冒険者の活動の拠点。
その肩書きを忠実に表している。
ギルドを呆然と眺めていると、冒険者たちの中からこちらに駆け寄ってくる男が一人。
見覚えがある。
たしか、あの人は……
「リトラじゃないか。 お前たちも冒険者だったのか」
「ガイゼか!」
一週間前、街に遊びに出かけた日。
俺の財布がスられた際、犯人の少年を捕まえてくれた男だ。
そしてその犯人が臆面もなくガイゼの横に顔を出す。
「誰?」
「こら、シィー。 もう忘れたのか。 お前が財布を盗もうとした人だよ」
「ああ、あの人」
少年は見違えていた。
ボロボロだった服は新品と置き換わり、清潔感が漂っている。
深い帽子で見えなかった顔がよく見える。
子供らしい可愛らしい童顔が顔を覗かせてる……と、いうか…………
「シィーって女の子だったの!?」
「男の子だと思ってたんですか!?」
衝撃の事実が発覚する。
小さい子供となると服装でしか性別の見分けがつかないーーと思っていたのは俺だけ。
シディナ達は特に驚く様子もなく、むしろ俺が間違えていた事にびっくりの模様。
シィーの性別を間違えていた馬鹿は俺だけみたいだ。
「男、女、どう違う?」
俺の慌てようを見てシィーは首を傾げる。
「えっ? いや、それはね、なんていうか」
この幼女、無知すぎる!!
非常に非常に答えにくい質問!
子供にどうやって子供を作るの?って聞かれた気分。
子供いねえけど。
「お風呂で、ガイゼ。 慌てて「気にしなくていい」って言ってた。 気になる」
「いやだからって俺に聞かれてもーーって、え? お風呂?」
お風呂?
ガイゼとシィーが。
二人で入った?
「…………ガイゼ、お前」
「違う! 俺もシィーを男だと思ってーー」
「『責任を持って俺が預かる』、でしたね……不思議だと思っていましたが……そういう事でしたか」
「違う! 断じて違う!」
「お前、そういう奴だったのか……」
「え、ガイゼさんそういう趣味?」
「いくら何でも小さすぎる……」
「まあ、人それぞれだよな……」
いつの間にか俺達を囲む人垣が出来ていた。
冷ややかな視線がガイゼに突き刺さる。
目立ちすぎたみたいだ。
「じゃあな、ガイゼ。 まあ、えっと、元気にやれよ!」
別れの挨拶を済ませて早々に人だかりを抜け出す。
「違うんだ、皆! 誤解だ!!」
俺たちにさようならを返す暇もなく、精一杯弁解を試みるガイゼ。
あとから聞いた話によると、事情の説明が終わるまで不名誉なあだ名をつけられたそう。
「シディナは、ああいうのに需要あるかもしれないから無闇に近づくなよ」
「リトラの言う通りです、シディナ様。 気をつけてください」
何とか人混みから離れ、俺とアウレスはシディナに対して口をそろえる。
しかし、そこにはシディナの姿がない。
「--シディナ様!? どこに!?」
「お、落ち着けアウレス!! 多分人だかりの間に挟まっているだけだ。 引き返して探せばすぐに見つかる」
シディナは小柄だから、きっと人だかりの壁に挟まってもみくちゃにされているのだ。
人をかき分けて探せば、時間もかからずに合流できる筈だ。
筈だった。
ギルドの中をいくら探しても、シディナは見つからなかった。




