表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

第八話 学院と秘密任務

 仕方なくライアは庭にある椅子に腰掛けた。

 仕事にあぶれた子どもたちとぼうっとする。

 庶民の子どもは働くのが当たり前である。

 しかも暁の団の子どもたちは孤児院や難民の出身。

 働かないと逆に不安になる。


「仕事がない……訓練は大人がいないところでやっちゃだめ……」


 危険なので訓練は大人の目のあるところでしか許されてない。

 素振りで死人が出る。

 この辺、ビクトルは常識的なのだ。

 ライアは困った。

 今まで仕事がなかった時間がない。

 戦闘がなくとも子どもの世話に武具のメンテナンス、さらにはジュリエットの世話までやっていた。

 なにもするなと言われても困ってしまうのだ。


「お姉ちゃん……暇だね」


 子どもが遠い目をした。


「暇だね」


 ライアも遠い目をする。

 どんどん不安になってくる。

 すると声が聞こえる。


「ライアちゃん! パパだよー♪」


 パパ登場。


「あ、お父様。おはようございます!」


 ライアはニパッと笑顔になる。

 ラスボス顔のためか「次、誰殺そうか」という表情に見える。

 公爵も笑顔になる。

 こちらは「どこの国を滅ぼそうか?」という顔である。


「お父様。すごいお庭ですね。練兵場まで!」

 

 あくまでライアは傭兵目線である。

 普通の令嬢なら庭のバラ園を褒めるだろう。


「これでも公爵だからね。

国がそれなりの兵をもたせてくれるんだ」


 マクシミリアン公爵家。

 祖先は顔が怖いという理由、ただそれだけで王位継承争いに破れた王族。名家中の名家である。

 ただ顔が怖いだけではなく、剣などの武力、知略謀略の達人をも産み出した。

 国家もマクシミリアンがいつ敵に回るかと恐れているほどである。

 マクシミリアンを飼いならすために国が用意したのは大穀倉地帯。

 交易目当ての商人で活気ある地方都市。

 歴史ある建造物が観光客を呼び込む。

 その収益は膨大。

 誰でも経営できる優良な領地と言えるだろう。

 謀反の疑念がある一族に対して過大な待遇である。

 だが歴代の王族は知っていた。

 マクシミリアンは裏切らない。

 忠義者であるとか領地の価値に満足しているからではない。

 マクシミリアンの一族は冷静に、そして客観的に自分が王の器ではないと判断している。

 能力が劣っているという意味ではない。

 外見に難を抱えているのだ。

 一族のものは美形ぞろい。

 だが……闇の方面の美形である。

 たいていは王国学院の子供時代に痛い目の一つや二つ……経験しているわけである。

 子供時代特有のナルシシズムがもろくも崩れ、現実に向き合って来たのである。

 つまり自分が民衆ウケする顔ではないとよく知っている。

 ジョン公爵も自分がなにかを言うと非常に強い圧力になることをわかっている。

 それを王族も理解しているのである。

 ビクトルとも冗談で圧力をかけたが、娘の兄も同然。

 仲良くしたい。

 なのに大変な壁ができてしまった。

 恐怖、支配、服従(仲良くしたいだけなのに勝手にしてくる)。

 それは長いマクシミリアン家の歴史。悪意のない迫害の歴史である。

 そのせいかジョン公爵は世間と一般と少しズレていた。

 善人のまま顔の方に行動を寄せてしまったのだ。

 周囲から求められる人間像になってしまったがゆえの悲劇である。

 いくら兄のような存在でもライアに手を出したら殺す。

 これは揺らがない。

 殺すときは殺す。

 それがマクシミリアン公爵なのだ。

 騎士たちは行進の練習をしていた。

 一見するとただ歩いているだけの無駄な練習に見える。

 だが陣形を作るためにも行進が一番重要なのだ。


「練度の高い優秀な騎士団ですね」


 ライアはニコニコする。

 ライアはこれでも暁の団の副団長である。

 行進を見ただけで練度を見抜いた。

 目線がプロなのだ。

 本当なら褒めるところだ。

 だがジョンは一抹の不安を抱いた。

 ここままじゃ、娘は嫁に行けないんじゃね?

 それは嬉しい。嬉しいが、まずい。

 学校に行かせる?

 だが王国学院は寄宿制。

 せっかく再会できたのに!

 それだけは避けたい。

 だが……貴族社会で生きていくのに同世代のコネクションは必須。

 手元に置きたいがライアのためにならない。

 ジョンはため息をつく。

 まずは本人の意思の確認だ。


「ライアちゃん。学校行きたい?」


 ライアは考える。

 なにか野望をつかむ策謀を巡らせる顔である。

 だが本人は策謀など考えてない。

 無邪気に考えていた。


「行ってみたいです」


 ジョンはニヤリと笑う。

 誰かを暗殺する算段が整った顔である。


「わかった。手続きしておくね」


 今度は眉を下げ広角を上げて笑う。

 こちらは本当に陰謀を巡らせている顔だ。

 ライアと暮らしながら学校にも通わせる。

 そのためには手段を選ばない。


「くっくっく。ライアちゃん……ちょっとお留守番しててね。手続きしてくるから」


 それはマクシミリアン家特有の黒い笑顔だったという。

 数日後、満面の笑みをたたえたジョンが帰ってきた。


「ライアちゃん。王国学院に行くことになったよー♪」


「うん?」


 ライアは首を傾げた。

 ライアにとって学校とは、教会学校。

 休日に司祭が片手間に広場などで勉強を教えているものなのだ。

 王国学院の存在は知っている。

 だが自分に関係あるものだとは到底思えなかった。

 貴族令嬢初心者なのでこれは仕方ないのだ。


「あ、あの……お父様。

王都だと……一緒に暮らせない……です。

……それは……悲しいです」


 ライアはしゅんっとした。

 落ち込んでいる姿は誰かに古の呪いをかけているようにしか見えない。

 するとジョンは微笑む。こちらは魔王の笑みで。

 二人集まると世界をほそうとする魔王の会合にしか見えないのだ。


「安心してライアちゃん。

王都に屋敷を買ったから。

パパも一緒に住むから」


 ジョンは本気だった。

 いや……もう実行に着手していた。

 もともとマクシミリアン家は交易窓口を王都に持っている。

 正確に言うと、出入りの商人の店に交易に詳しい召使いを常駐させている。

 そこに使いを出し、屋敷を購入。

 ジョン本人は裏工作のために王都に入った。

 まさに電撃戦である。

 娘のために全力を出してしまったのだ。


「で、でもお父様……お仕事が」


「大丈夫。パパ、しばらく王宮でお仕事することになったから!」


 このためだけに王や高官を脅迫して王都で働くことになったのだが、それは別のお話。

 そしてもうひとつ。

 本来、王国学院は完全寮生の寄宿学校である。

 ……それを今年度から通学も解禁させたのである。


「あの……うち子たちも……」


「優しいライアちゃんならそう言うと思った。

ふふ、ちゃんと彼らも通えるようにしたよ」


 さらに「うちの子たちも通わせてください」と言われるのを見越して、騎士コースを拡充。

 マクシミリアンの資産で数件の下宿を運営するという条件で認めさせた。

 こうすることで学院側は寮の運営費がなくなる。

 闇の軍勢との戦で人手が足りなかった学院には渡りに船の提案である。

 さらにジョンは子どもたちを「暁の団」の見習い騎士だと宣伝した。

 平民の集団と言えども、数多くの功績を残した「暁の団」の見習い騎士である。

 すでに貴族の子どもたちより高度な教育を受けている。

 功績は学院持ち。責任はマクシミリアン家が持つ。

 伝統を重んじる派閥は反対したが、ジョンが裏工作で叩き潰したことは言うまでもないだろう。

 そして……このジョンの決断が学園を混乱の渦にたたき落とすのである。



 ライアが学院に通うことになった数日後。

 ビクトルはジョン公爵に内密で呼び出された。

 ジョン公爵はいつもの悪魔のような笑顔もなく、ただ無表情だった。

 それがビクトルには逆に恐ろしい。

 ジョンは静かに話し始める。


「ビクトル卿。今日、暁の団に国から辞令があった」


「は! 誠心誠意任務を遂行させていただきます!」


 ビクトルは任務の内容も聞かずに承諾した。

 もう暁の団は国にレールに敷かれたのだ。

 断ることなどできない。


「ありがとう。本当だったら英雄にはゆっくり羽根を伸ばしてほしいところだったが……。

任務内容は学生の護衛。

ビクトル卿も知っての通り、この前の襲撃事件は仕組まれたものだ。

犯人は逃亡、首謀者はわからず。

怪我人が出ずに幸いだったよ。

君らには学院に通いながら生徒の護衛をしてほしい」


「かしこまりました。

団の若手を生徒として通わせましょう」


「え?

ビクトル卿、君も通うんだよ。教師として」


「無理……ではなく、お言葉ですが私は庶民出身。

高位貴族の子弟子女の通う学院にはふさわしくありません」


「問題ないよ」


 ジョンはちりんとハンドベルを鳴らす。

 するとドアが開き中年の紳士が現れる。

 執事のヨーゼフだ。


「ビクトル卿。今から講師就任までに貴族の礼儀作法を身に着けていただきます」


「え? ちょ!」


 そのままビクトルはズルズルと引きずられていく。 


「え? おかしくない? ねえ、ヨーゼフさん! おかしくない!?」


 だがヨーゼフは笑顔のまま何も答えない。


「ねえ、ちょっと! ちょっとー! かっかー!」


 ビクトルが連れて行かれると、公爵はニコッと微笑む。


「ということで、団長の許可は取ったよ。

君たちも中等部に編入してもらう。

服やその他の道具はこちらで用意するし、国から特別手当も出る……無理にでも出させるつもりだ」


 公爵が言い終わると、すうっと部屋に二人が現れる。

 隠形。

 己の気配を断ち切り空間と一体となって姿を隠す。

 アサシンやシーフの業である。

 若くしてこの業を使えるものはごく少ない。


「ザックくんにシェーラちゃんだったね。

頼んだよ。ライアちゃんとともに生徒を守ってあげて」


「かしこまりました」


 二人はまたすうっと消えた。


「暁の団……恐るべし……。

いや、彼らを育てあげたビクトルくんが化物なのか」


 ジョンはつぶやいた。

 田舎の兄ちゃんにしか見えないビクトルだが、公爵から見ても恐ろしい男なのである。

 こうしてライアとともに暁の団の少年少女たちが学院に送り込まれることになった。

 青春、友情、恋、謀略。

 彼らを待ち受けるのは混沌とした学院であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ