第六話 救出作戦
一方、学院中等部卒業生による森でのキャンプ。
騎士学科に進む生徒を集めた訓練である。
そのキャンプは安全なはずだった。
学院の騎士コースの生徒たちは将来の士官候補生である。
現役士官の騎士が総責任者として、配下のベテラン騎士が護衛しながら軍の職場体験をする。
学生と騎士がともに食事を作り、交流を深め、使えそうな人材を選別する。
ただそれだけの行事のはずだった。
だが安寧は崩壊した。
不幸なことに薪用の枝拾いをしていた生徒の一人がゴブリンに遭遇。
判断の早かった生徒は非常用の笛を吹く。
周囲の騎士と生徒が駆けつけ戦闘開始。
戦闘は一瞬で終わるはずだった。
だが……。
「ぐ、囲まれた!」
口にしたのは茶色の髪で整った顔立ちの少年。
彼は第一王子クロード。
賢さと責任感を持つ優秀な生徒である。
クロードはゴブリンと遭遇した生徒を助けるためにその場に駆けつけた。
だがそれは経験不足からの判断を誤りだった。
国の中枢を動かす王族ならば逃げるべきだった。
騎士団の内規でも王族は優先して逃がすとあった。
だが油断があった。
第一王子の泊付けと考えたのか、騎士たちすらクロードの援軍への参加を許してしまった。
今、その甘い考えは悪い結果をもたらしていた。
人間よりは小柄な体躯。
腰巻き一丁の姿で片手に刃こぼれした剣を持つ人間によく似た生き物。
だが緑色の肌に黄色い目が人間とは異質の存在であることを感じさせた。
クロードたち生徒と護衛の騎士たちはゴブリンの集団に囲まれていた。
安全なはずの森に数百のゴブリン。対するは十人の現役騎士と、二十人の生徒たち。
ゴブリンは弱い魔物に分類される。
だが数が揃えば侮ることはできない。
圧倒的な数の暴力。
状況は最悪だった。
「斥候はなにをしている!」
クロードが叫んだ。
騎士は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「いきなりわいたと報告がありました」
「ぐ、召喚士がいるのか!」
召喚士がいたとしても数百体を召喚するには念入りな下準備が必要だ。
つまり、襲撃は計画されていたのだ。
「切り抜ける策はないのか!」
「殿下。我らとご学友の屍を超え逃げてください。それしかありません!」
騎士のあまりに非情な発言。
クロードは奥歯を噛み締めた。
これが命の取り合いだとクロードは知ったのだ。
クロードは学生たちを見る。
学生たちは緊張していた。
死を宣告されて平常心を保てるものは少ない。
まさか初陣がこんなことになろうとは。
「みんな、大丈夫だ。王国は闇の軍勢に勝利したのだ! 我らが敗れるわけがない! 私もみなと運命をともにする! 生きて帰ろう!」
気休めだ。
それは誰もが知っていた。
だが王族にそこまで言われたのだ。
空元気がわいてきた。
「あ、はははは。行くぜ! ゴブリンどもをぶった斬ってやらあ!」
「クロード! 俺たちの伝説を語り継げよ!」
「おう、お前ら! 帰ってきたらモテるぞ! クロード、誰か紹介しろよ!」
軽口を叩きながら生徒たちは剣を構える。
ゴブリンが迫る。
その目ははるか高みから見下していた。
ゴブリンこそが狩る側だったのだ。
騎士と騎士見習いもそんなことはわかっている。
だからせめて気合を入れ、吠えた。
「うおおおおおおおおッ! 突撃!」
決死の覚悟での突撃。
だがそこに乱入者が現れる。
「ぶもおおおおおおおおおおッ!」
死を連想させる鳴き声。
それは天馬だった。
だが白色のはずの毛色は冥界の如き漆黒。
異常なほど発達した筋肉。
それは死、そのものを連想させた。
「ぶもおおおおおお(おねえちゃんついたよー)」
冥界よりの使者……に思えたのはジュリエット。
四歳の女の子である。
その背から飛び降りるのは真っ赤な鎧。
ずんっと重低音が響く。
「だ、誰だ!」
クロードが叫んだ。
ライアは少し困った。
ビクトルに「あんまり名が知れ渡ると嫁にいけなくなる。戦場で名前を聞かれても黙っていろ」と言われているのだ。
ライアは名乗る代わりに鎧の胸を叩いてみせる。
そこには暁の団の紋章が描かれていた。
「暁の団の紋章! 助けに来てくれたのか!」
ライアはこくりとうなずき、戦斧を構える。
ゴブリンたちは赤い鎧を見てざわついた。
出会ったら死。戦場の伝説。
赤い死神、災厄の狂戦士に出くわしてしまったのだ。
「きいいいいいいいいッ!」
ゴブリンたちが吠える。
それは恐怖の裏返し。
ライアが現れただけで狩られるものと狩るものの立場が逆転したのだ。
ライアは突っ込んでいく。
ぶんッ!
ライアが斧を降ると大木ごと数十匹のゴブリンが消滅した。
はるか遠くへ飛ばされてしまったのだ。
巨人ですら到達不可能な攻撃。まさに理不尽。
ゴブリンたちは息を呑んだ。
ゴミのように殺されるのは自分たちなのだ。
賢い一匹が逃げ出した。
すると恐怖が伝染し、パニックが起こる。
もともと人間ほど統率がとれていないゴブリンは散り散りに逃げだす。
ライアはそのへんに転がっていた石を手に取り、ぶん投げた。
放たれた石はなぜかボンッと爆発魔法のような音を立てて、人間の目では補足できない速さで突き進む。
直接当たったものどころか、石の軌道の近くにいただけのものまでまるで塵のように飛んでいく。
さらに十匹ほどが消滅する。
「ぎゃあああああああああああああッ!」
あちこちで将棋倒しが起こり、ゴブリンたちが次々と戦闘不能に陥る。
腰を抜かしたゴブリンの近くの地面に、飛んでいった仲間が落下して突き刺さる。
悲鳴すら上げることもできずにゴブリンは昏倒する。
ゴブリンの総数。その一割ほどが再起不能になり、逃げたゴブリンは見えなくなった。
ライアは「ふうっ」と息をついた。
友軍の救出は終わった。
追撃の優先度は低い。深追いする必要はない。
「おなかへったなあ」
と小声でつぶやくライア。
今日のご飯はなんだろうしか考えてない。
そんなライアに集まる熱視線。
「さすが暁の団……」
「あれが我らの目指す場所なのか」
「すごい男がいたものだ」
そこにいた誰もがライアを男だと勘違いしていた。
暁の団の副団長が戦士の中の戦士という評判は知れ渡っている。
しかしライアが女の子という事実は広まってないのである。
無駄口をたたかない寡黙な戦士。
その男らしさに生徒どころか、騎士まで尊敬の念を抱いた。
(甘いもの食べたいなあ)
くうっとライアのお腹が鳴った。
すると声が聞こえてくる。
「副長! 無事か!(仲間を殺してないか!)」
馬に乗ったビクトルがやってくる。
馬は暁の団の馬ではなく、公爵家の馬。
なので公爵家の紋が入った馬具をつけていた。
「マクシミリアン公爵家のものか!」
騎士がたずねるとビクトルは一瞬の間を置いて答える。
馬具の紋に気づいたのだ。
「我らは暁の団である!
マクシミリアン公爵閣下の護衛のためこの地を通過していた!
怪我人がいたら治療する!(ライア……お願いだから誰も怪我させてるなよ……)」
「怪我人はいない。
私は第一王子クロードだ。
暁の団に感謝する!
見事な戦いだった!
帰ったらそなたらの戦いを陛下に報告しよう」
クロードは物語の英雄を見るような眼差しをビクトルたちに向ける。
「いえ、ご無事ならばそれで結構。
では、それがしたちは護衛任務の途中ゆえ、これで御免!
(ライアの正体がバレる前に逃げようっと)」
そう言ってビクトルはライアを馬に載せ逃亡した。
かなり本気で逃げた。
狂戦士の正体が公爵令嬢だということが流布されたら公爵に抹殺される!
そんな小心者の態度を騎士たちは好意的に解釈していた。
「なんという男ぶり。あれが噂に名高い暁の団なのか……」
騎士たちが感動するのだから、見習いはもっと感動していた。
クロードもまるで物語の英雄を見たような顔になっていた。
こうしてライアの秘密は守られたのである……。
「我らもあのような男、いや漢を目指そう!」
「おう!」
数々の誤解とともに……。
安全圏に来るとジュリエットが待っていた。
ビクトルの馬を見て「おともだちー!」とテンションを上げて寄ってくるが降りたライアに阻止される。
「はーい、落ち着いてー。いい子ちゃん、いい子ちゃん」
ライアに撫でられるとジュリエットはおとなしくなる。
そのままライアはジュリエットにまたがり公爵の馬車に向かう。
「団長……おなかすいた……」
「お父さんに言いなさい! 勝手に餌あげたら俺が怒られるの!
だいたいね! 護衛を置き去りにして突っ込んでいく公爵令嬢がどこにいるの!
おやつなしな!」
なお公爵に怒られるのはビクトルである。
「団長のけち」
「うっさい!」
もう一度、くーっとライアのお腹が鳴った。
こうして数々の誤解を生みつつ、ついに旅は終わりを迎えるのだった。