第五話 森のお友だち
一ヶ月ほど経ち、旅は終焉を迎える。公爵領近くまでにたどり着いたのだ。
そこは領主のいない土地。
国王の直轄領という扱いである。
ライアもお嬢さまっぽい服を買ってもらい、ロングヘアのカツラも着用していた。
軍服の方のサイズ直しも終え、地毛もベリーショートくらいには回復した。
背こそ高いが立派なお嬢さまである。
ただし馬車に飽きてしまってジュリエットに乗っているが。
「ジュリエット、畑が見えてきたよ」
「ひひん♪(うわーい♪)」
ライアはスカートなのでお姉さん座りでジュリエットの背に座る。
ジュリエットも馬車に合わせてゆっくり歩いていた。
王国に滅びを告げる魔女が怪物を従えているよう見えるが、もはや誰も気にしない。
草原の中に均等に並べられたオリーブの木が見えてくる。
公爵が馬車から声をかける。
「ライアちゃん、そろそろ馬車に戻って来て。パパ寂しい」
「はい、お父様。とう!」
一ヶ月で二人はだいぶ打ち解けた。
ライアはニコニコしながら、ジュリエットの背から飛び、馬車にへばり付く。
そのまま足から窓からスポンと入っていく。
「……徐々に淑女のことを憶えようね」
まだ公爵はライアの野生児的なところに慣れていない。
だが……。
「はいお父様」
と言われると顔がほころんでしまうのだ。
でもパパと呼んでほしい。
後ろでジュリエットに乗って護衛していたビクトルもこの不器用な姿を見て苦笑いした。
ビクトルたちは公爵家の預かりになった。
分家扱いで公爵家の一門に組み込まれる予定だ。
組み込まれると言ってもけっして悪い意味ではない。ビクトルは男爵のままだ。
ただ今まで宙に浮いていた下賜される領地が公爵領の近くにあるだけだ。
公爵はビクトルの後ろ盾としてはこれ以上ない。
お隣さんで、権力者で、ベテラン領主で、しかも友好的だ。
しかも可愛い妹分の実の親なのだ。断る道理もないし……断ったら殺されるような気もする。
だが一方で、なんの交換条件もなく貴族社会を教えてくれ庇護してくれる存在は稀有なのだ。
暁の団にとって大きなチャンスである。
ビクトルは緊張していた。
だが緊張するのはビクトルだけ。
ライアは窓を見て、新しい生活への期待に胸を膨らませた。
夢にまで見た血の繋がった家族ができたのだ。
公爵がポツリと聞く。
「あのね、ライアちゃん。パパどうしてもわからないことがあるんだけど、聞いていい?」
「なんですかお父様?」
「うん、あのね……」
公爵はライアを見た。背が高いのはいいとして……。
「ちゅんちゅん」
「めえええええ」
「ぶるるるる」
ライアの席の周りを動物が囲んでいる。外は羊や馬が取り囲んでいる。
どこからか逃げ出した牛まで馬車についてきている。
字面だけは神々しい。あまりに神々しい光景がそこに広がっていた。
実際は動物を惑わせる魔女の行進である。
「鎧を着ないと動物が寄って来ちゃうんです……」
ぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよ。
ライアの肩と頭に小鳥がとまる。
字面だけ見ると実に美しい。
ライアの容姿も美しい。
だが美しさのベクトルが間違っていた。
そう「可愛い」ではなく「美しい」。
物憂げで闇の迫力があるものだったのだ。
これが可憐な少女だったら聖女に見えただろう。
だが、ライアがやると闇の女王が動物を暗黒の魔術で従わせているようにしか見えない。
「そうなんだ……まるで天使みたいだ!」
……父親には天使に見えているようである。
二人っきりになるとライアは少し申し訳なさそうな顔をした。
気になることがあるらしい。
「……お父様。あの……戦場を放って帰ってきちゃってよかったんでしょうか?」
ライアたちは奪取した砦を放置して来てしまった。
ライアにはそれが心残りだった。
「うん。大丈夫。
口だけは達者な人たちに任せてきたから。
さんざん暁の団の手柄を横取りしてたなんてね。
うふふ。本当にいけない子たち。
まさか防衛できないとか言わないよねって聞いたらこころよく承諾してくれたよ」
公爵は本当に悪い顔をした。
立派な脅迫である。
ライアは「ふーんそうなんだー」と不思議そうな顔をした。
あまり軍事的には当てにならなかったような記憶があったのだ。
公爵はむりやり話を変える。
「あ、そうそう、ライアちゃん。
この近くで中等部の卒業生が騎士訓練キャンプをしているそうだよ。
年が近いし、これから友人になるかもしれない。挨拶していくかい?」
ライアは首を傾げた。
知らない人である。
正確には知らない貴族である。
知らない貴族と話すとビクトルや団のみんながいじめられてしまうし、お嫁にいけなくなる。
そう教え込まれていた。
強すぎるのがばれたら嫁に貰おうという男は減るかもしれないというビクトルの思いやりである。
ライアには少しも伝わってなかったが……。
ライアは団のみんながいじめられるのは嫌だなあと思った。
嫁にいけなくなる理屈はわからないけど、断ろう。
ライアは少し焦りながら言った。
「い、いいです!
お、お父様、先を急ぎましょう」
本気で怒ったビクトルは怖いのである。
「あ、ああ。そうかい? それなら急いで……」
そのときだった。
ライアに群がっていた小動物たちが一斉に鳴き声を上げた。
上空のカラスたちがギャアギャアと騒ぐ。
それは天変地異の前触れにしか見えなかった。
「お父様。敵です! この感じだと味方もいるようです。
ちょっと行ってきます」
天変地異や呪いではない。
森のお友だちが危険を知らせてくれたのだ。
そして敵を察知したライアの方も魔法なし、勘だけである。
ライアは攻撃用途以外の魔法は苦手なのである。
だが前線で戦っていた戦士の勘は魔法を凌ぐ。
「いや、待って、武器も鎧もないのに危ないでしょ!」
「平気です。装甲化!」
ライアが声を発すると一瞬で赤い死神の鎧がライアを覆う。
「……あの鎧は魔道具だったのか」
「ええ、斧も」
瞬く間にライアの手に巨大な斧が握られていた。
ライアは馬車の外に出ると大きな声で呼ぶ。
「ジュリエット! おいで!」
ドンッっと雷が落ちた。
そこにいたのは見たものを畏怖させる黒竜王。
ではなくジュリエット4歳だった。
どうやら暇すぎたせいで気合が入ってしまったようである。
「ひひん!(お姉ちゃん!)」
ジュリエットはごきげんである。
無邪気に喜んでシャキーンとしている。
だが第三者視点では敵の血を求めているようにしか見えない。
本人は「うわーい♪」と喜んでいるのだが、なぜか見たものに「ゴゴゴゴゴゴ!」という音が聞こえてくるのである。
「ジュリエット。敵のところまで私を運んで」
「ひん!(あーい!)」
ライアはジュリエットに飛び乗る。
ジュリエットの背から漆黒の翼が伸び、そのまま二人は飛び去った。