第四話 親子(世界を滅ぼす陰謀風)
ライアは一夜にして公爵令嬢になってしまった。
それだけではなく帝都に行くことになった。
しかも昨日の今日で。決断が早すぎる。
確かな証拠があるわけでもないのに。
これから公爵と暮らすことになるらしい。
「まだ戦が残ってるから」と言ったのに誰も聞いてくれない。
なので「子どもたちの世話があるから絶対に行かない!」と駄々をこねたら、公爵が子どもたちも世話をしてくれることになった。
言ってみるものであるとライアは思った。
ついでに生まれてからずっと育ててきた愛馬のジュリエットを連れていきたいと言ったら許可が出た。
子どもたちが食うに困らない状況でジュリエットを連れて行けるのなら文句はない。
下働きでもなんでもしようとライアは考えた。
ライアは公爵令嬢というものが全くわかっていなかったのである。
ライアは上機嫌で公爵とビクトルを連れて馬小屋に行く。
「マクシミリアン閣下。お気をつけください。ジュリエットは最強の生物です」
「馬の話だよね?」
公爵は首をかしげながら馬小屋に入る。
馬小屋は普通の馬小屋とは違う。仮設だが、やけに大きなものだった。
「ひひん」
中にいたのは黒い馬。実際はペガサスなのだが広義の意味で馬。
ペガサスであることよりも見た目が問題だった。
発達した筋肉。
すべてを殺し尽くす殺戮への欲求を隠しきれない眼差し。
漆黒の体。
なにより大きさは馬という種を超えていた。
ドラゴンと言われても納得できてしまうほどの威圧感。
そこにいたのは確かに最強の生物だった。見た目的に。
「閣下。ペガサスのジュリエットにございます」
「黒龍王とかではなく?」
「ジュリエットにございます」
黒龍王ではなくジュリエットなのである。4歳の女の子なのである。
未だに甘えん坊でライアの後ろをついて回る子なのだ。
ライアが黄色い声を上げる。
「ジュリエットちゃん。お姉ちゃんですよー」
「ひひんひひん! きゅーきゅー!」
ジュリエットが鼻を鳴らす。
「そっかー寂しかったのー。もういい子ちゃん♪」
「ひーん!」
ライアはジュリエットをなで回す。
傍目には狂戦士が怪物を力でねじ伏せているようにしか見えない。恐ろしい絵面である。
「天使……」
それでも公爵は娘の可愛いところを見られて満足だった。
動物と戯れる娘可愛い。
この世で一番可愛い。
たとえ世界が否定したとしても。
「あのねジュリエット。王都に行くの」
「ひひん!(あたちもついてくー!)」
傍目には「狂戦士よ。我と共に王都を獄炎で包みに行くぞ」というドスのきいた声だった。
だが慣れてるビクトルは意味がわかったし、公爵は娘がなにをしても可愛かった。
ツッコミ役不在のまま放置されてしまったのだ。
「この間交換したばかりだけど、ジュリエットお手々見せてね」
「ひひん♪」
ライアは蹄鉄を確認して手綱を引く。
本来なら公爵令嬢のすることではない。
これはライアのわがままである。
ライアがずっと世話している妹みたいな存在なのだ。
ライアたちはそのまま馬車のところまで来る。
馬車の近くには暁の団で下働きをしていた子どもたちが集まっている。
子どもたちはライアを見ると大喜びした。
「お姉ちゃん!」
年長の女の子がライアのそばに来た。
ジュリエットは女の子にスリスリする。
人間が大好きである。
遊んでくれる子どもが大好きである。
傍から見ると巨大生物が子どもを食わんとしているように見える。
だが誰も気にしない。
ジュリエットは安全な生き物なのだ。
これが暁の団の日常なのである。
ライアは女の子に聞く。
「アンナ。みんなそろった?」
「うん、みんないるよ」
「それじゃホネホネちゃんに着替えれば準備完了かな」
「お前いい加減にしろよ」
ビクトルが思わずツッコミを入れる。
「ほえ?」
「あのな。お前は大貴族のご令嬢な。
どこの世界に鎧着てジュリエットに乗っていく令嬢がいるんだよ」
「えー、いつもやってるじゃないですか!」
それは戦意高揚とライアの中身を隠すための演出である。
「せっかくジュリエットと一緒に旅できると思ったのにー!」
ライアは文句を言う。
この辺はまだ子どもである。
「だめ! ジュリエットは俺が乗っていく」
「ひひーん!(やだーッ!)」
「うるせえガキども! さっさと馬車に乗れ! ライアは公爵閣下の馬車な!」
ナチュラルに馬とも会話をしたビクトルは、有無も言わせずジュリエットの手綱を引いて護衛団の方に行ってしまう。
「ひーん! ひーん! ひいーん! (やだー! おねえちゃん! おねえちゃあああああん!)」
ジュリエットの寂しげな声がこだました。
公爵はなんとなく娘の日常が垣間見えたような気がした。
ライアは鎧ではなく普通の格好で馬車に乗り込む。
公爵はニコニコしているのを見て、つられてにへらっと笑う。
年寄りの前でやったら心臓が止まってしまう。命の危険がある表情だ。
「あ、あの公爵様……」
「パパ」
公爵的としてはこの一線は譲れない。
「あの……」
「パーパ」
ゴゴゴゴゴゴゴ。公爵は笑顔で圧力をかける。
会議でやると国王のお腹が突然痛くなって会議が休憩になるほどの圧力である。
「お、おとうちゃん……じゃなくてお父様」
せめてもの妥協案である。
「なんだいライアちゃん」
ニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコ。
他人から見たら威圧にしか見えない。
だがジョン公爵、満面の笑みである。
この笑みを人前で見せたら、三日三晩公爵の謀略への対策会議が行われるだろう。
誰が死ぬのか、誰が奴隷として生かされるのか。
死を覚悟した大臣たちの罪のなすりつけ合いが起こる。
そんな笑みである。
「あの……本当に私は……もし間違ってたら……」
「うん。それは大丈夫。だってライアちゃんはママに生き写しだから……」
その目は寂しそうだった。
そう、「妻の復讐のために何人を邪神に捧げようか」という憂いを帯びた表情である。
だがライアは似たもの同士なので表情の意味を理解していた。
「ごめんなさい」
「謝らないで。僕はうれしいんだ。君が生きててくれて……帰ってきてくれてありがとう」
本当にうれしそうな顔だった。
まるで敵国を滅ぼし、焼いて、土地に塩を巻いたかのように。
ライアは本当に公爵が自分の父親なのかもしれないと思った。
だからがんばることにした。
「ぱ、パパ」
ライアは顔を真っ赤にした。とても恥ずかしかった。
字面だけ見ると15歳の少女の恥じらう姿のようだ。
だが傍から見れば「くくく、父上と妾が手を組めば世界を炎に包むことも可能」という表情である。
闇の勢力の幹部と言われても誰もが信じるだろう。
だが公爵は涙を浮かべる。
そう世界は炎に包まれるのだ。
なお、ライア以外は「アレ、どう見ても親子だよね」と言い合っていたという。
主に見た目と威圧感から。
幸いなことにそこにいたのは公爵の家臣と暁の団の団員。
二人が天然キャラなのをわかっていた。