第三話 にーりんの苦悩。ぱぱりん怖いっす。
話は遡る。
ビクトルは司令官のテントに呼び出された。
ビクトルは緊張していた。
ビクトルはライアと同じド田舎村の孤児院出身である。
11歳の時に傭兵団に徒弟として入り、18歳のときに独立して郷里の村の衛兵として帰ってきた。
ところが闇の軍勢が村を襲撃。大人の村人は全滅。衛兵団も壊滅した。
唯一、団では村の子どもたちを避難させる任務を受けていたビクトルだけが生き残った。
ビクトルは能力が高いわけでも、賢いわけでもない。むしろ小心者である。
だが侠気だけはあった。
彼には子どもたちを見捨てるという選択肢があったはずだ。
それは後ろ指をさされるようなものではない。
契約者が死んだのだ。もう契約は解除されている。去るのは当然だ。
だが彼は子どもたちを見捨てることができなかった。
この後、ビクトルは18歳にして子どもたちを食わせるために奮闘することになる。
とはいえ、ビクトルが金に換えられる技術、子どもたちを食わせてやれる技術は傭兵としてものだけである。
だからビクトルと年長の子どもたちは傭兵になった。いや、それしか生きていく術が無かった。
奴隷として売られたり、鉱山で使い潰しさせられる方が幸せだったのか?
それを今でもビクトルは自問自答している。
答えは誰にもわからない。
だが言えるのは闇の軍勢との戦いのおかげで食うには困らなかった。
戦場はどこにでもあり、払う犠牲はごく少数だった。
ライアの才能が開花したことも大きいだろう。
暁の団の活躍は美談と誇張されて各地に伝わり、戦意昂揚の宣伝として利用された。
ビクトルは国家に利用されることを拒まなかった。むしろそれを積極的に利用した。
その結果、市民や主君を失った騎士、それに戦災孤児が噂を聞いて次々と団に合流し、いつの間にか戦闘員1万を越える大勢力にまでなった。
連戦に次ぐ連戦、考える間もなかった。
だが、なんとか子どもたちを一人たりとも奴隷として売らずにここまで来た。
仲間に死人は出たが、ちゃんと葬儀も埋葬もしてやることができた。
それは密かな彼の誇りである。
そして二十も半ばになったころ、気が付いたら貴族にまで登りつめたのである。
ビクトルが英雄と言われる所以である。
そんな成り上がり者が司令官のテントに呼び出されることはまずあり得ない。
司令官は侯爵以上の大貴族。
貴族でも男爵であるビクトルとは天と地ほどの地位の差があるのだ。
実際は王族ですらもビクトルを無視することはできない。暁の団にはそれだけの実力がある。
だが小心者故にビビっていた。胃が痛かった。
呼び出したのはジョン・マクシミリアン公爵閣下。内務卿でもある国の重鎮である。
ビクトルは大声で叫ぶ。
「ビクトル・エイダ参上つかまつりました!」
ビクトルは執事に案内される。
中には背の高い男がいた。黒髪でシワ一つない顔。若く見えるが同時に年齢相応の威厳がある。
凄味のある美男子。
そう……凄み。
謀略で人を五人は破滅させている顔だ。
戦争を裏で操る死神の顔。
だがそれはビクトルも同じだ。
なるべく先入観は持たないように頭をクリアにする。
すると今まで見えなかったものが見えてくる。
なんだか聞いていた年齢よりもやけに若く見える。
しかもどこかで見たことのある顔だ。
それも四六時中見ているような……。
顔の割に中身がほわほわした生き物。
いや……今は考えないほうがいい。
ビクトルは直立不動、両のかかとをつけ「気をつけ」をする。
すると男はにこやかに話しかけてきた。
「エイダ卿。公爵をやっているマクシミリアンと申します。
忙しいところお呼び立てしてすまなかったね」
「は!」
「堅苦しい態度はなしでいいよ。さあ、そこに座りたまえ。お茶を出そう」
ビクトルは言われたとおり椅子に座る。
失敗したら破滅させられる。
すでに手は汗でぐちょぐちょだった。
「エイダ卿。今日お呼びしたのは戦の功績のことなんだ」
マクシミリアン公爵はとても友好的な態度だった。
まるで友人に接しているかのように。
それが逆に怖かった。
「は、はあ……」
「君に勲章の授与が決定してね。
それでスピーチをして欲しいっていう話なんだ」
「そ、それだけで?」
「もちろん。あと個人的に英雄の顔を見たかったというのもあるよ。
本当にただ雑談をしたかったのが本音かな」
すると場の空気が柔らかいものに変わった。
ビクトルは息を吐き出す。
「よかったああああああああああ……」
思わず口に出していた。
嘘偽りのない感想である。
生来の小心者故にビクトルはわかっていた。
目の前の男。マクシミリアン卿がただ者でないことを。
ビクトルとて戦場を生き抜いた猛者なのだ。達人の放つ圧は感じられる。
そう、人としての格の違いを見せつけられるような。まるで戦場に立つライアのような圧である。
ビクトルはそれをテントに入る前から浴び続けていたのだ。
それが突然なくなったのだから、殺される心配はなくなった。
だからビクトルはため息をついたのだ。
「ふふふ。ちょっと意地悪しちゃったかな。
君のような強者を見るとイタズラしたくなっちゃうのが僕の悪いクセでね。
でもさすがはエイダ卿。
僕の威圧に耐えるんて噂に違わぬ剛の者だね」
「いえいえ、私の部下が似たようなことをできるのです。
それがなければ私など、とてもとても」
するとマクシミリアンはキョトンとする。
「ほう、興味深い話だね。その部下のことを話していただいてもいいかな?」
「は! 我が団の副団長です。
ライアと申しまして、巷では狂戦士とか死神などと言われているのですが、実は年頃の娘でして……。
そう言えば御身に少し似ているような……いや、少しではなく似ているような。
背の高さといい、お顔立ちといい。
いやまさか……そんな……」
気持ちに余裕ができたビクトルはマクシミリアンを良く観察した。
ライアに似ている!
髪の色、目の色、顔立ち、なにより雰囲気。
闇側の色気が全開のその顔が似ているのだ。
中身のギャップも同じだ。
観察すれば観察するほど、公爵はライアにそっくりである。
するとマクシミリアンの表情が一変する。
「エイダ卿。その話、詳しく話してくれたまえ。
もしかして、そのライア嬢には肩にアザがないかね?」
「そういやあったような……肩に牛みたいな形のアザが……」
マクシミリアンが背を向ける。
そして部屋の隅にあった剣を手にし……一気に抜いた。
よく見ると手が震えている。
本気だ!
「君は……その、ライアとそう言う仲なのかね」
そこには鬼がいた。
顔中に血管が浮かび上がり顔は真っ赤に染まっている。
髪は怒髪天をつき、目は血走っていた。
殺される。ビクトルは本能で察した。
必死に否定する。
「い、いえ、そんなことはありません!
同じ孤児院で兄妹同然に育ちましたので!
ライアのオシメも私が換えたくらいでして!」
純然たる事実である。
ビクトルとしては、かわいい妹分なのである。
娘寄りの妹なのだ。
必死に訴えるとマクシミリアンは剣を納め、途端ににこやかな顔になった。
「そうか……それはよかった。
実はね。私には行方不明になった娘がいてね。
赤ん坊の頃に妻が闇の軍勢に襲われて妻もそのときに……。
どこかで生きてるんじゃないかって思ってずっと探していたんだ」
マクシミリアンはそう言うと涙を拭う。
下手を打ったら死が待っている。
ビクトルは己の死に対して覚悟が完了した。してしまった。
「あ、あの、ライアが? い、いやまさか……」
つい先日も芋を大量に口に入れてた残念な子である。
「連れてきてくれ! この通りだ! もし違ってもいい。頼む!」
マクシミリアンは頭を下げた。
その様子はとても酔狂で言っているのではない。
だとしたらビクトルの性格では断ることなどできはしないだろう。
ビクトルの顔から血の気が引き、小さな声で。
「承知つかまつりました」
と小さく答えた。
テントの外に出るとビクトルは血相を変えて走る。
「あんのバカ娘ー!」
とんでもないことになってしまった!
ビクトルは人生で一番急いだ。
これがライアを連れてくる直前の出来事である。
0時頃にもう一話投稿します