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十五話 ビクトル先生

 暁の団団長ビクトルが教官になるというニュースは学院を駆け巡った。

 後方で命令ばかりしていた騎士ではない。

 本当の戦争を知っているものが教師になるのだ。

 騎士候補生たちは期待した。

「偽物ではなく本物に教えを受けられるのだ」と。

 騎士候補たちは、期待を胸に前回中止になった採取に向かう。

 そして森には軍服を着たおっさんがいた。

 いや若いのだが、若さがない男である。

 猫背を無理やり矯正したような、ふらっとした風体の男である。

 無精髭を生やし、汚いブーツを履いている。

 騎士候補生たちは背が高くて筋骨隆々なマッチョ系を想像していたのに。

 この時点で騎士候補生たちのやる気は崩壊した。


「おー、集まったな。今日から諸君らを担当するビクトルだ。よろしく」


 何人かがため息をついた。

 ユーシスよりマシなのが来ると思ったのに。

 それが残念だったのだ。


「今日は確か……採集か。じゃあ、五人組を作れ」


 すると幾人かの上級貴族と奨学生がパーティーを組んだ。

 奨学生は貴族の師弟のお気に入りで、卒業後は同じ貴族に仕えるものだ。

 クロードたち、平均以上の学生はさすがにそういうことはしない。

 すでに貴族は力を失い、ビクトルのような平民階級のものが台頭してきているのだ。

 だがそのような現実はまだ最新情報である。

 古い考えの学生も存在するのである。

 それを見てビクトルは頭を掻く。


「バカかお前らは! 上級貴族は上級貴族同士、それ以外は適当にパーティーを組め!」


 すると一人の上級貴族の師弟が顔を真っ赤にして反論する。


「なぜですか! 我らは主、従者に仕事を振るのが我らの役目です!」


 ビクトルはニコっと笑う。

 そしてその生徒の前に来ると思いっ切りげんこつを落とした。

 ライアたちは暁の団のメンバーは一斉に目をそらす。


「な! な! な! 叩いたな! 伯爵家の私を叩いたな!」


 そんな生徒の頭をげんこつでグリグリしながらビクトルは説明する。


「なあ、お坊ちゃん。孤立したらどうすんだ?

誰かに面倒見てもらえると思ってんのか?

孤立したお貴族様の末路を教えてやろうか?

兵士に足手まといと思われたやつからその場に置いてかれる。

指揮もできない貴族なんてゴミでしかねえからな!

捕虜にしてもらえるなんて思うなよ。その場でなぶり殺しだ。

俺たちは何人もそういうやつらを見てんだ!

いいか坊っちゃん、せめて兵士の足手まといになるなよ。

戦場で見かけたら責任を持って俺が殺さなきゃならねえからね!」


「こ、殺すだと!

伯爵家の人間を男爵ごときが!?」


「何言ってんの? 使えないやつは殺さなきゃ。

お前らね、敵との戦力差がどれだけあると思ってんだよ!

オークとゴブリンだけでも人間の総数の数倍はいるんだから人間が間抜けを養う余裕なんてねえっての!」


「「は?」」


 その場にいた騎士候補たちが一斉に声を上げた。

 誰にも教えてもらえなかった情報である。

 まさか自分たちと敵との戦力差がそこまであると思わなかったのだ。


「……え? 知らないの?」


 ビクトルはくらっとした。知識がなさすぎる。

 知らないはずがない。そうビクトルは思っていた。

 闇の軍勢は殺しても殺してもわいてくるのだ。

 少なくとも数倍。多くて10倍はいるのではと暁の団は考えている。

 国は体育会系気質である。

 とにかく戦えばいい的な価値観が蔓延している。

 マクシミリアン公爵家が異端なのである。

 つまり……戦況を広い視野から見ているものは案外少ないのだ。

 成り行きを見守っていたクロードが初めて声を上げる。


「……人類は絶望的な状況じゃないか!」


「だから100年も戦ってるんだっつーの!

根本的な原因を考えろっての! そうすりゃわかんだろが!

あいつら数が多すぎて常に食糧不足なの!

だから人間と戦わなきゃならんの!」


「な、なんでそんなに数が増えるんですか!」


「体が丈夫だからに決まってるだろが!

俺たちは生まれても三割ぐらいしか大人になれないが、あいつらはほぼ全員が大人になるんだ!

あいつら風邪では死なないし、肺炎も起こさない。

ただし連中は戦略も発明もできない。農業もできない。

俺たちが作ったものを奪って使ってるだけだ。

そこにつけこんで人類は100年戦ってきたのだ」


 数人がその場に膝をついた。

 戦況を知らなかった。

 いやわざと教えられてなかったのだ。

 前線に行ったものだけがその絶望的状況を知っていたのだ。

 新聞には華々しい活躍しか書かれてないし、教師たちも教えてくれない。

 親にすら騙されていたのだ。


「び、ビクトル教官……」


 クロードが意気消沈として言った。


「お、おう。どうした?」


 学生が真実を知らなかったことにビクトルは若干引き気味であった。


「我々を鍛えてください。

お願いします!」


「おう、安心しろ。

俺はあたり前のことしか要求しない」


 その言葉を聞いた暁の団の団員たちが「ねえよ!」という顔をした。

 ビクトルは嘘つきである。

 しかも真実に嘘を織り込んでくるスタイルだ。

 不利な状況で奮起したり、それで助かったことも多いので一概に悪いこととは言い難い。

 だが、たちが悪いのは事実である。


「簡単だ。この戦に勝利するには一人あたり20匹殺せばいい。

一人も殺せないで死ぬ人間もいるからノルマは20匹だ。

全世界の人々が20匹殺せば戦争は終結する」


 暁の団の団員たちが「やれやれ」と額に手を置く。

 それができないから100年も戦争をしているのだ。

 だがビクトルの言葉は、なによりもわかりやすかった。


「きょ、教官、まず我らは何をすればいいのですか?」


「兵士の足手まといにならないだけの知識を詰め込め。

俺の出す課題を乗り越えればお前らは熟練の兵に肩を並べることができるだろう!

そう、ザックやシェーラのようにな!」


 嘘である。

 二人は化物クラスに片足突っ込んでいる存在である。

 ちょっと訓練したくらいで追いつけるはずがない。

 だが生徒たちはビクトルに熱い視線を送っていた。

 ビクトルはこうして生徒たちの熱い信頼を手に入れた。

 なお、ライアは……。


「はーい、ジュリエット。なでなでなでー」


「ひひーん!」


「はーいユニコーンちゃんも、なでなでなでー」


「ひーん!」


 ツッコミ不在で聖獣と触れ合っていた。

 それをホクホクした笑顔で見ていたザックだが、一つ忘れていることがある。

 暁の団で闇の軍勢を一番葬っているのはライアなのである。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ヒャッハーより、こっちが良いです。
[一言] 続き読みたいなぁ 続き読みたいなぁ
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