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十四話 ユーシス教官最後の授業

 ユーシス教官の右耳から高い金属音が聞こえてきた。

 おそらくストレスだろうとユーシスは考えていた。

 頭頂部に毛も円形に抜けた。

 それもこれもマクシミリアンのせいである。

 マクシミリアンはユーシスの言うことも聞かず飛び出した。

 本当なら軍規違反で罰を与えねばならない。

 だが……マクシミリアンは歩兵大隊長。

 暁の団内部での階級ではあるが、それでも騎士団での最高位が中隊庶務長であるユーシスからすれば上官。

 それも傭兵からの叩き上げ。

 戦場を知っているのだ。

 少なくとも気を使わねばならない存在である。

 戦術の授業で違和感を憶え、軍の資料を取り寄せたら腰が抜けた。

「俺は後方勤務の庶務長だ! お前が講師をしろ!」と声を大にして言いたい。

 そんなライアは中等部の学生と森の奥で発見された。

 馬らしき生き物を膝枕した姿で。

 巨体、筋肉、凶悪な目つき……だがギリギリの線で聖獣ユニコーンだと認識できる生き物だ。

 そもそもこの森は聖獣がいてモンスターが寄り付かないから実習場所として選ばれたのだ。

 ユーシスの血圧が限界値に到達する。


「い、いや待て。……聖獣は乙女にしかなつかないわけで……え、乙女ぇッ!?」


 その刹那、ザックの目つきが変わる。

 何度も死線をくぐり抜けた歴戦の戦士が殺気を開放する。


「ひいッ!」


「ねえちゃ……お嬢様が乙女であることになにか不満でも?」


 動いたら殺られる。

 男子生徒たちはごくりとつばを飲んだ。

 だがどんな集団でも空気を読めないやつがいるもの。

 小太りの男子生徒、ベンが鼻で笑う。


「ふんッ! あのいやらしい顔をしたマクシミリアンが乙女など笑わせてくれる!」


 ドンッ!

 ベンの顔の横を何かが通り過ぎた。

 それは鎌だった。

 鎌はベンの顔の横を通り過ぎ、後ろの木に突き刺さっていた。


「まだなにか?」


「ひいッ!」


 ベンは小さく悲鳴を上げるとその場で気を失った。

 それを見た中等部の生徒たちがヒソヒソ話をする。


「うっわ、チャレンジャー」


「ザック兄ちゃんの前でライア姉ちゃんの悪口とか命知らずすぎるぜ」


「姉ちゃんの悪口だけはやべえよ!」


「誰か止めろよ。本当に殺しちまうぞ」


「やだよ! ザック兄ちゃん怖いもん!」


 本当にやばい相手だった。

 ザックは目を黒く染めながら剣を抜く。


「うちのお嬢さまに文句がおありの方は私が相手になりますよ。ええ、決闘しましょう。なんなら一度に全員かかってきてもいいんですよ」


 その様子に普段から稽古を欠かさなかった子から気づいた。

「あいつやべえ」と。相手は自分の数段上。

 ユーシスよりもさらに上。

 不可避の死が待ち受ける死神だ。

 命の危険を感じたものから逃げ出す。


「あ、てめえ逃げた!」


「ざけんな! あんな化物勝てるわけがねえ!」


「なんであんなのが中等部にいるんだ!」


 逃げる高等部の生徒を追ってザックは森に入る。

 その刹那姿が消える。


「はあはあはあ……ここまで逃げれば……」


「先輩。あなた先程、お嬢様のことで笑いましたね?」


「ぎゃああああああああああ!」


 逃げた生徒の真後ろにザックが現れる。

 パニックになって生徒が逃げた瞬間、足に縄がまとわりつく。

 そのまま縄は締まり、生徒を吊し上げた。

 トラップである。


「ふははははは! 姉ちゃんの悪口を言う悪い子はここかなあ?」


「みぎゃああああああああああッ!」


 かくんっと罠にかかった生徒は気を失う。

 森のあちこちからいくつもの悲鳴が上がった。

 それを聞いたライアは「あはは……」と小さく笑った。


「ザックくんがいつもの起こしたみたい。シェーラちゃん止めてくれる」


「はい、お嬢様。えっと痛めつけるのと排除するのどっちがいいですか?」


「眠らせて。喧嘩はだめだよー」


「はいお嬢様」


 すうっとシェーラは森の闇に消えた。

 森で悪口を言った連中を全員締め上げたザックは、最後にユーシスをターゲットする。


「ちょ、ザック! 俺は教官だぞ!」


「きょうかん、ねえちゃんのわるぐち、おれゆるさない」


 完全に人間をやめたザックがユーシスに迫る。

 そんなザックの背後からシェーラが現れる。


「はいザック、それまで。スリープクラウド!」


 ザックの顔に魔法の雲がはりつく。


「ぐ、ぐおおおおお! シェーラ、邪魔をするなあああッ!」


 完全に字面が化物である。

 そのままかくんとザックは倒れ、意識を失った。


「ふう、死人が出なくてよかった。教官先生ご無事ですか?」


「い、今……なにをした? いや、範囲指定できる毒ガスか。それは貴族の秘伝ではないのか!」


 教本にも載ってない魔法だ。

 それでいながら範囲指定できる毒ガスである。

 シェーラが本気ならば一軍を葬ることすら可能だ。

 そんなものは一族の秘伝として秘匿されているはずだ。

 だとすればシェーラは貴族。

 それも相当上位の貴族だ。

 ユーシスはひざが震えた。


「あー……それ……ビクトル団長も調べてくれたんですがわかりませんでした。

と言っても、私たちはどうせ捨て子ですし」


「そりゃそうだろう。貴族である騎士団の内部情報を調べねばわからぬ。

だがマクシミリアンと同じようにはぐれてしまっただけかもしれぬ。

騎士団所属として調べねばなら……うッ!」


 がくりとユーシスは膝をついた。

 とうとうストレスが限界を突破したのだ。


「教官先生! ちょっと、誰か! ユーシス教官が倒れました! ちょっと誰かー!」


「シェーラちゃんどうしたの? 先生病気? とりあえず回復するね。えーい」


 ユーシスは卒中、つまり脳の血管が壊れたり詰まったりを起こした……のであった。

 幸いにもユニコーンの膝枕から逃れたライアが回復魔法で治療。

 ユーシスは一命をとりとめた。

 原因はストレス。それは誰の目にも明らかだった。

 ここでユーシスは教師の任務から外れる。

 だが同時にシェーラの身元を探すことができるようになった。

 後遺症もなかったユーシスはシェーラの身元を調査することになる。

 そしてもう一つ。

 ユーシスの代わりに教官に就任したのは……まだ貴族教育が終わっていないビクトルだったのである。

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