十三話 オーク
騎士コース一同は高等部の伝統、地獄の採取に来ていた。
地獄。
そう言われるのには訳がある。
甘やかされて育ってきた男子たち。
彼らを一人前にするためのキャンプなのである。
まず食料は現地調達。
これは森で生きていけるようにする意味がある。
いずれ士官になる彼らが本隊とはぐれても生きていけるようにするのだ。
百年間も戦争をやっていた国の実戦的教育プログラムである。
男子たちは草や果実やキノコを採っていた。
この訓練は卒業まで定期的に行われ、卒業する頃には十日以上森で暮らすことも可能になる。
三年にもなればだいぶ楽にこなせるようになるが、一年には苦行そのもの。
怪我したり体調を崩すものまでいる難易度の高い訓練なのである。
だが今年は違った。
特例措置で暁の団の団員である中等部の生徒たちも採取に参加していた。
暁の団の子どもたちは一人でも三日は森で暮らすことができる。
なので護衛任務をしながらも各々適当に採取をしていた。
薬草に、木の実、生薬になる木の皮。
果物も採取していく。
「ほう、やはり優秀だな」
感心するユーシスはライアの方を向いた。
ライアの周りでは森の動物たちが群れをなして、各々が木の実や薬草などを献上していた。
「マクシミリアン! 動物から搾取するな!」
怒鳴るユーシスに構わずライアは手を上げる。
「せんせー! 森にオークがいるそうです」
「それどこ情報?」
「大臣のリスさんが。女王さまを救ってくださいって言ってます。ちょっとオーク倒してきますね」
「森のお友だちの依頼を受けるなー!」
ライアはユーシスの言葉など聞いてない。
ピューっと口笛を吹く。
すると地鳴りがする。
「な、なんだ! 何が来るんだ!」
「ひひーん!(呼んだー!)」
ジュリエットである。
ニコニコ顔でやってくる。
他人には殺戮と破壊を楽しみにしている顔である。
「オークさんを倒しに行くよ」
「ひひーん!(はーい!)」
「お前ら! 教師の言うことを聞け! おい、ちょっと!」
「出かけてきまーす」
そのままライアは出かけてしまう。
その後をザックとシェーラが追う。
ライアたちがしばらく飛ぶとオークの集団が見えてくる。
「あれだ! ジュリエット降りるよ」
ライアは飛び降りる。
いつもなら鎧を装着するところだが、そのまま体操着で飛び降りる。
オークが真下にいた。ライアは振りかぶりその首に肘を落とす。
「ぐぎゃ」
小さく悲鳴を上げ、オークが倒れた。
首の骨が折れたのだ。
そのままライアは草むらに飛び込み隠れる。
オークは五体。
すべてライアに背を向けている。
一体は始末した。
「げひゃはははは!」
癇に障る笑いを上げてながら先頭にいるオークが槍を振り回していた。
なにかをいじめているらしい。
ライアはナイフを取り出す。
両手にナイフを持ち投げる。
ナイフはオークの首筋に刺さり一度に二体を始末する。
三本目のナイフを取り出すと草むらから飛び出し喉を突き刺してから腰を刺す。
内蔵に到達するとぐるんとえぐって更に一体。
そして最後の一体が異変に気づき振り返った。
そこにいたのはナイフを手にしたライア。
「ぴ、ぴぎゃああああああああッ!」
パニックを起こしたオークが槍を振り回す。
ライアは自分に刺さらんとする槍をつかむ。
そのまま片手で槍ごとオークを持ち上げる。
「ぎがあああああああ!」
オークの腕から力が抜け、落ちてくる。
その背中にライアは蹴りを放つ。
オークは蹴られた勢いで木にぶつかり終了。
五対一という戦力差でありながら一方的な蹂躙。
これができるのはライアだけではない。
暁の団の戦闘員なら槍ごと持ち上げるのは不可能でも、他の手段でオークを殲滅しただろう。
ライアはいじめられていた生き物を見る。
おそらくリスが言っていた森の女王様に違いない。
それは角の生えた馬だった。
ユニコーン。
乙女にしかなつかない聖獣である。
聖獣で……ある。
ただ女王様は筋骨隆々。
普通のユニコーンよりかなり大きい。
そう、ジュリエットほどに。
「ふしゅるーふしゅるー」
さすがの幻獣もオーク五体との戦いは厳しかったようだ。
あちこち傷ついている。
刺し違えんとする気迫で睨んでいた。
そんなユニコーンにライアは近づいた。
「もう大丈夫だよ。おいで、傷を治してあげるから」
ライアのほわほわとした雰囲気にユニコーンの気配も穏やかになる。
つい先程オーク五体をこの世から抹殺したというのに。
ライアは手をかざす。
ライアの得意な魔法……治癒魔法である。
無駄に器用なため攻撃魔法の使い手と思われているが、治癒の使い手である。
治癒魔法の使い手は少ない。
非常にレアな適正である。
ユニコーンはライアに身を任せる。
そして……。
ザックとシェーラがその場につくとライアの黄色い声が聞こえてくる。
「やーん♪ どいてよー」
そこにはライアのひざに頭を載せてご満悦のユニコーン。
それにライアの背中にぴたっと身をくっつけるジュリエットがいた。
「オークの血抜きしないとー。もー! どいてー!」
ザックとシェーラはあんぐりと口をあけた。
それは虐殺大好き闇のユニコーンと全人類を恐怖に叩き込むブラックペガサスを従える終焉の魔女の姿だった。
次はどの国を滅ぼそうか。そんな企みをしていそうな姿だった。
本当は聖獣になつかれる少女なのに。
「シェーラ、血抜きしようっか」
「うん、わかったザック」
二人ともライアを助けようともせずスタスタとオーク肉の回収に向かう。
「ザックくん! シェーラちゃん! 助けてー!」
「あーはいはい。姉ちゃんはユニコーンとジュリエットの相手してて」
「ザックくんひどい!」
「お姉ちゃん、あとでオーク肉の料理教えてね」
「いいよー♪ じゃなくてシェーラちゃん助けてー! 動けないー!」
そう言いながらもライアはユニコーンとジュリエットをなで続ける。
犬好きがひざの上に犬がいて動けない。それと同じである。
要するに自分でどかすのが嫌なだけなのである。
だから二人はスルーすることにした。
暁の団ではライアへのスルースキルは必須なのである。
「ザック。学園の採取実習に合わせてオークが出現。おかしいと思わない?」
「そうだなシェーラ。クロード殿下を狙っての犯行……かもしれない」
「そうだねザック。ビクトル兄ちゃんはなんて?」
「全力で守れって」
完全にスルーして二人は話す。
「たーすーけーてー!」
ライアの叫びが森にこだました。