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十二話 食堂

 食堂。

 寮が廃止になった学院で学生用に残された施設の一つである。

 ここ数百年戦時下にある王国では武こそ貴族の誉れ。

 そのせいか、男子は貴公子というよりは体育会系気質。

 食堂も貴族の社交サロンというよりは、騎士コースの学生が塩分とカロリーを摂取するための施設である。

 食事の中身もお貴族様の料理というよりは、見た目より量。

 体育会系メシである。

 そんな食堂で働くのは主に女性たち。

 食堂のおばちゃんである。

 さらに労働者階級の奨学生アルバイトも働いている。

 そんな中に一人。

 割烹着姿の背の高い少女が一人。


「ライアちゃん、野菜炒めお願い! それが終わったらフロア手伝って」


「はーい」


 ライアである。

 ライアは髪を結んだエプロン姿で奨学生に混ざって働いていた。

 まだ少女なのに薄幸の人妻感がにじみ出ている。

 裕福な商人が今のライアを見たら、身代を潰してでも妻に迎えるだろう。

 全財産貢いでしまう。魔性の人妻。そんな下町感があった。

 浮いているのに浮いてない。

 なんだか微妙な姿である。

 奨学生たちはライアを知っているので、違和感を覚えながらも言い出せないでいた。

 食堂のおばちゃんたちは割烹着姿のライアの放つ圧倒的寡婦感、未亡人感に「若いのに苦労してるんだねえ」と暖かい目で見ていた。

 そこに男子生徒の集団が入ってくる。


「クロード殿下」


 髪を角刈りにした体格のいい男子生徒が声をかける。

 すると声をかけられた金髪の男子生徒が言い直す。


「クロードでいい」


 まだかすかに王族という面目を保っているクロードである。


「ではクロード。突然の朝練ですが何か心境の変化がおありですか?」


「……ふ、ふふふ。

暁の団の団員と比べたら我らは素人。

少しでも差を埋めねばならない。

みんな! 私たちは負けるわけにはいかない!

たとえ相手がどれほど優れていたとしてもだ!

努力で差を埋めよう!」


 まだ10代でありながら、ちゃんと自分たちの技量が劣っていることを認め努力できる。

 どれほどの生徒が同じことをできるだろう?

 クロードは客観的に見ても優秀だった。

 王族の覚悟に、その場にいた男子生徒たちは心酔し襟を正した。

 そこに悪女オーラを出す絶世の美女(エプロン三角巾着用)が現れた。


「ご注文はお決まりですかー」


 と言われ生徒たちがライアを見た瞬間、数人がダウンした。

 鼻血を流しながら。

 クロードはテーブルに突っ伏しながら「エプロン……エプロン……」とうわ言のように繰り返す。

 その姿は裸より刺激的なのである。


「あっれー。みんなどうしたの?」


 自己の美貌を全く理解してないライアは笑顔で馴れ馴れしく話しかける。

 わかっていない……。

 意識を保っている男子たちは額を押さえた。

 男子の一人、騎士のゴードンがごまかした。


「マクシミリアン……。そのなんだ、男子だけの秘密なのだ」


 女子を名前で呼ぶのは家族と恋人くらいだ。

 ゴードンも名字で呼ぶ。


「うん、わかった。

それで注文は?」


 メニューは日替わりと肉定食と魚定食だ。

 在庫が安定しないのでメニューはざっくりなのだ。


「全員日替わりで」


「日替わりで頼む」


「はーい」


 と、色気を振りまきながらライアが行くとゴードンを始めとする男子生徒は、深く……深くため息をついた。

 ため息が終わりライアの背中を見ると全員が目を点にした。


「ちょっと待て。なんで公爵令嬢が食堂で働いてるんだ!?」


 ざわつく男子たち。

 だがライアにとってはアルバイトは普通のことだった。

 暁の団ではアルバイトを奨励している。

 普通の職に就いたほうが傭兵を続けるより何倍もマシだからだ。

 アルバイトから雇用されればそれが一番いいのだ。

 だからライアも暇さえあればアルバイトに精を出していた。

 そう、公爵令嬢になっても。


「み、見なかったことにしよう……」


「あ、ああ。きっとマクシミリアン家にはなにか意図があるのだろう」


 ライアはなにも知らないだけである。

 ただいつもどおりバイトに精を出したのだ。

 そして近くの席にいた女子たち。

 普段、ドカ盛り濃い味付けの食堂など近寄りもしない。

 学院の敷地内にあるバラ園に併設されたカフェで、味より見た目の食事を楽しむ女子たちが食堂にいたのだ。

 彼女たちは笑いをこらえるのに必死だった。

 面白すぎる!

 あの偉そうなクロードの鼻血ブーが見られたのだ。

 口にするのは正論ばかり。正しいのはクロードだがイライラする存在だ。

 ざまあ見ろと言うほどは嫌いではないが、少しだけ胸がスカッとした。

 彼女たちは結構いい性格をしている。 


「やはり……マクシミリアンは稀有な存在ね」


 落ち着いた雰囲気の令嬢が言った。

 マウザー公爵家の長女、ミシェルである。

 上級貴族の女子生徒による薔薇の会。要するに生徒会の会長である。

 高みの見物状態で完全に楽しんでいる。

 注文した騎士団携行品の非常食、木の芽のクッキー一人前を三人で分けて少しづつ食べている。


「うふふふふ。本当ですね。マクシミリアンお姉様がいるだけでこんなに毎日が楽しいなんて♪」


 メガネっ娘が相槌を打つ。

 お姉様(笑)である。

 グレタ伯爵令嬢である。

 さらに数人の令嬢たちもいて誰もがほの暗い笑みを浮かべていた。

 まさに悪趣味である。

 だがそれもしかたがない。

 一見すると貴族社会は恋愛至上主義にも見える。

 だがそれは下級貴族まで。

 領主である男爵以上は結婚相手は親に決められるもの。

 恋愛などできるはずもない。

 だから別の楽しみを見つける。

 勉学や魔法や武術やその他のもの。

 創作活動や芸術に喜びを見出したものは幸運だ。

 暇つぶしに困ることはない。

 だが残酷なことにそういうものは適性がある。

 賢かったり、成績が良かったりしても適正があるとは限らない。

 魔道士なども同じだ。

 一生をかけられる暇つぶしだが才能がなければなれない。

 騎士はもっと難しい。

 たまたま男の兄弟がおらず婿を取るしかない、しかも軍人の家でなければ専門教育を受けることすら叶わない。

 なかなか難しいのである。

 そしてミシェルやグレタは成績こそいいが、なにも見つけられなかったタイプ。

 人生の目標もなければ、喜びもない。

 そうなると暇つぶしはカフェでくつろぎながらだべっているくらいしかないのである。

 そこに颯爽と現れたのがライアである。

 キラキラしているので正当な理由もなくムカついていた王子を壊し、男子生徒に混乱をばらまく。

 最高である。

 飽きることがない。

 と、ゲスい女子たちは大喜びだったのである。

 男子の声が聞こえてくる。


「おい、クロードどうするよ?」


「そのへんに捨てておこうぜ」


 ひどい扱いである。

 女子たちは黒いニヤニヤが止まらない。

 手に入らないイケメンであれば、せめておもちゃにしたい。

 悪意が十割である。

 男子たちは椅子を並べてクロードを置く。

 さすがに言葉通り捨てることはできないので、男子生徒の一人が王子の従者を呼びに行く。

 他の男子も食堂の受付に手ぬぐいをもらいに行く。

 男子生徒がこの有様なので食堂がにわかに騒がしくなった。

 そこにライアが手ぬぐいを持ってくると、クロードがビクンビクンと痙攣した。


「ちょ、クロード! マクシミリアン、君は寄るな!」


「え、でも具合悪そうですよ」


「いいから!

衛生兵! 衛生兵の講義取ってるやつはいるかー!」


 もはや混乱は終息する気配がない。

 女子は笑いが止まらない。

 だがここで女子たちも予想しなかった乱入者が現れる。


「おねえちゃ……じゃなくてライアお嬢様。なにをされているのですか?」


 ライアは、にぱあっと笑う。


「ザックくん! ザックくんたちと同じようにアルバイトしてるんだ。えへへへへ!」


 ザックは渋い顔をした。


「お嬢様……私たちは一般コースの単位のために実習をしているのです」


 ザックはライアの従者として働いている。

 暁の団の他の子もライアのメイドや馬番などをしている。

 それは単位取得のために。

 とは言っても暁の団では日常の雑務である。

 何を言っても働いてしまうライアの対処のほうがよほど面倒である。

 そう、今のように。


「へー。じゃあ仕事に戻るね!」


「お嬢様ーッ!」


 わかっていない。

 全くわかっていない……。

 それを見ていたグレタのメガネがパリンと割れ、一筋の鼻血が垂れる。

 今まで蓋をしていた内なるパッションが火山の如く噴火する。


「お姉さまと年下男の子……なんて……なんて素晴らしいの……」


 どうやら才能に目覚めたらしい。

 自分の中から溢れ出す妄想をグレタは感じていた。

 広めたい。この思い。

 弟同然に育った男の子と見目麗しい令嬢との恋の物語。

 見たわけでもないのに次々とエピソードが浮かんでくる!

 どうにかしてこの湧き上がるものを残さねば!

 だがどうすれば!

 いやミシェルがいる!

 彼女であれば何か方法を知っているかもしれない!

 はやく我に返らねば!

 グレタは気力を振り絞りなんとか我に返る。

 ふとミシェルを見るとミシェルもまた鼻血を流していた。


「グレタ。年下とお姉様って素晴らしいものね」


 ミシェルもまた才能に目覚めてしまったのである。

 グレタは目を輝かせる。

 ミシェルもまた仲間なのだ。

 つまり……マウザー公爵家がこの芸術に力を貸してくれるということ。


「ミシェル。これからも見守りましょう。そして世界にこの素晴らしいものを発信しましょう!」


「ええ、このことを記録に残さねば」


 こうして少年と姉代わりの令嬢との恋を描いたドリーム小説が生まれることになったのである。

 でもそんなことをライアは知らない。

 ザックが文句を言う中、食堂のアルバイトを続けていた。

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