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十一話 命の取り合い

 今日は戦術の授業。

 ライアは調理実習でお菓子作りがしたかったのに、こちらに強制参加である。

 少ししょぼんとしていた。

 すると高等部の男子が手をあげた。


「教官!

クロードが鼻血を出しました!」


 クロードリタイア。

 ライアに出会う前のクロードは真面目で近寄りがたい印象の男子だった。

 男子生徒たちにとってあくまで、将来上司になる男だった。

 よく言うことを聞いておとなしく従う関係だったのだ。

 それが今はだめな部分を見せたせいか、クロードは同級生まで落ちてきた。

 気位さえ考えなければクロードにとってはいい傾向である。


「救護所に運べ」


 ライアはクロードを心配そうに見ていた。

 おかん気質のライアからしたらクロードは「ちょっと体の弱い弟」というポジションに収まった。

 そんなライアの肩を男の子がぽんっと叩く。

 男の子、中等部にいるはずの暁の団団員のザックである。

 その光景を見た高等部の生徒たちは違和感を抱いた。

 たまらず一人の男子が手を挙げる。


「あの……ユーシス教官。中等部の生徒、それに女子が何人も混じっていますが?」


「ちょうどいい。今から説明する。

彼らは暁の団の団員だ。

中等部の戦術授業の口述試験を受けさせたところ、全員が変則的だが課程を終了していることが判明した」


「は、はあ、それでも高等部の授業についてこれるはずが……」


「頭の痛い話だが……口述試験な。全員が満点だ。

お前らの何人が中等部の試験で満点取れるかな! なあコラァッ!」


 ユーシスはキレていた。

 これでもユーシスは教官としての能力はかなり自信があった。

 優秀な生徒を、さらに優秀にしたという自負があったのだ。

 だがビクトル男爵の登場で、彼の育てた暁の団の団員を見た瞬間、彼の自信はもろくも崩れ去ったのだ。

 ビクトル恐るべし。

 ビクトルと関わった大抵の貴族が抱く感想である。

 本人は剣術二流、魔術三流、指揮作戦能力はギリギリ一流である。

 だが周りを固める部下たちの能力と忠誠心は超一流。

 子どもたちや弱き者を守るために集った騎士たちと、ビクトルに育てられた一流の戦士たちが脇を固めているのである。

 ユーシスは恐れながらも授業を続ける。


「とりあえず高等部は中等部最後の授業のおさらいだ。

平原でのオーク、ゴブリンの構成軍30体との戦闘だ。

では中等部暁の団の諸君、この盤で最善の戦術を討論したまえ。

高等部は答えを教えるな!」


 そう言うとユーシスは地図の書いてある羊皮紙を広げる。

 そこには騎士団の絵と数。

 地形の説明。

 それにゴブリンとオークの軍が描かれていた。

 ゴブリンとオークの数はない。

 ザックが手を挙げる。


「風向きの情報を願いします」


「風向き……? なぜだ?」


「ゴブリンは必ず警戒のため鼻の効くブラウンウルフを連れています。

風向きによっては匂いで先手を打てなくなります」


「ではブラウンウルフはいないという条件を付け加える」


「でしたら目視で数と目的を確認次第、撤退ですね」


「は?」


 ユーシスは固まる。

 ザックたち暁の団がなにを言ってるかわからない。

 それほどの価値観の違い、深い溝がお互いにあった。


「ブラウンウルフがいないということは、逃亡兵もしくはブラウンウルフが邪魔になる任務を帯びてるものと推測されます。

逃亡兵なら安全のため進路上の村の避難を優先。撤退します。

指揮官がいない状態の兵ほど予測がつかないものはいませんから。

特殊任務であれば目的を確認後撤退。大規模作戦の前兆として作戦指揮官相当の上官に報告。

大規模作戦時に裏をかきます」


「な、ならば、そこが伯爵領で全滅させるのが伯爵の命令だとしたらどうする?」


「そうですね。

とりあえず帰って処罰を受けた後に各兵長、騎士長、従軍司教などに許可を取って伯爵を謀殺します。

そんな無能、生かしておいたら万の兵が死にますので。

中央には闇の軍勢の暗殺にあったと報告しましょう」


 ユーシスは別の意味で鼻血を出しそうになった。

 ビクトルは……ビクトルはなんという連中を育ててしまったのだ!


「さて……ここまでは現場の意見。

ただ絶滅させるだけなら目視で数を確認後、矢で一斉攻撃。

先制攻撃で二、三体怪我をすれば逃げていきますので終了です」


 ザックは一応まともな答えも用意する。


「なぜ追撃しない?」


「死人を出してまで無理をする意味はありません。それは大規模掃討作戦でやることです」


「なるほど。満点だ。

諸君、最初の案は忘れてほしいが戦闘を自主的に終了できるかどうかが重要なポイントだ。

犠牲者を出さずに終わらせる。これがなにより優先される。

高等部の生徒も見習うように」


 と終わらせたところでキリッとした顔のライアが手を上げる。

 ユーシスは未だかつてない悪い予感がした。


「な、なにかな? マクシミリアン」


「はい。

ザックくん、いつもの手は使わないの?」


 ザックがビクッとした。


「ね、姉ちゃん、じゃなくお嬢様!

じゃなくてマクシミリアンやめてください!」


「……マクシミリアン。言え」


 もうどうにでもなれ。

 ユーシスは額に手を当てながら声を絞り出した。


「はい!

まず距離を取ります。

そしたらザックくんの魔法で鷹を召喚して召喚獣と視界を共有。

そのまま上空から監視。

森に入った場合はリスに切り替えます。

野営地、もしくは巣を見つけ次第、夜を待って少数で潜入。

シェーラちゃんの感染系毒魔法で飲み水と食料を汚染。

すぐに撤退します。

敵部隊が他の部隊と合流すると他の部隊まで全滅。

敵部隊が気づかずに本陣に合流すれば感染症で数千ほど倒せます」


 ザックは顔を反らす。

 シェーラと呼ばれた女子もまた顔を反らした。


「それ……いつもやっているのか?」


「はい!」


 ライアは元気よく答えた。


「敵が人間の村に向かっていたらどうする?」


「この作戦と同時に避難が必要です。

でも万が一を考えて行動を監視します」


 ユーシスは遠い目をした。

 ザックもシェイラも遠い目をする。

 もちろん高等部の生徒たちも遠い目をした。

 リアル戦場の話である。

 ユーシスですら前線で戦ったことがない。

 盤上ではありえない戦場の現実。

 人間のむき出しの悪意がそこにはあった。

 本当の命の取り合い。

 ルール無用の戦いの本質だったのだ。


「……ごほん、諸君、ここでの会話は他言無用だ。わかったな」


「……はい、教官」


 死んだ魚のような目で生徒たちは返事した。

 学生が夢見がちな名誉ある戦いではない。

 むしろ闇に葬るべき戦場の裏側である。

 それを高級士官になるはずの彼らは一足先に知ってしまった。

 この日のことは黒歴史として封印されるのである。

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