第8話(空母決戦)-1944.06.18 midnight-
「下がるわけには行かない!」
スプルアンスは、最終的な決定を告げた。
参謀の中には、決戦を前に母艦戦力を4割も失う事態に撤退を進言するものもいたがサイパンには既に海兵隊が上陸していることを含め撤退は論外だった。大統領も許しはしないだろう
5隻を戦列から失ったとはいえ未だ正規空母4、軽空母6隻を有し日本軍に引けを取るものではない。搭載するF6F戦闘機は、日本軍のゼロ戦に対し圧倒的な優位がある。数が、同数なら戦い方次第で目的は達せられる。圧倒的な有利という状態から優勢になったに過ぎない。それに、リー率いる戦艦部隊は健在だ。
潜水艦という伏兵に打撃を受けたもの致命傷に至ったわけではなかった。
情報では、日本軍空母は小型空母を含め7隻から9隻、1隻あたりの艦上機搭載数はこちらの7割程度であり、現時点においても同等またはやや優勢なはずだった。
「しかし、サイパンでは戦艦を4隻失い、多数の輸送船が人員や物資とともに沈み、地上部隊からも不安の声が出ています。地上戦闘を支援する観点からも戦艦部隊に地上支援を命じ、我々もサイパン支援に向かうべきではないでしょうか?」
スプルアンスの艦隊が夜間に南下している途上、その悲報は入ってきた。サイパン支援部隊は混乱しており夜間ということも相まって正確な損害は未だ集計されていなかったが旧式とはいえ戦艦が3隻撃沈され1隻大破し、多数の輸送船が攻撃を受けたのは間違いないらしかった。
「両面作戦は愚の骨頂だ。戦艦部隊を分派することも日本軍が戦艦部隊を連れてきている以上考慮に値しない」
日本軍の機動部隊をサイパンの攻撃圏内に入れるわけにはいかなかった。上陸して間もない地上軍が空襲を受けることは絶対に避けねばならなかった。
「承知しました」
スプルアンスの強固な意思を確認し参謀は自分の案を引き下げた。
実際のところ、サイパンに近づくことは、艦隊防衛とサイパン地上軍を守る二面作戦になる可能性が高かった。それに、サイパン付近で拘束されることは空母機動部隊本来の特性、海上を自由に高速で機動できる、を殺すことにもなる。
「1群2群、3群4群をそれぞれ統合し、リーの部隊を先頭とする。リーの部隊には貧乏くじを引かせることになるが日本軍の攻撃を吸収してもらうつもりだ」
しかし、もちろん無為に先行させるつもりはない。艦上機によるエアカバーを実施しつつ、レーダーで敵を捉え次第、各空母から迎撃機を上げるつもりだ。それに、各艦の対空防御力は開戦時とは比較にならないほど濃密になっている。戦闘機による援護を十分につければ致命的な被害を被ることはそうそうないはずだった。
母艦とともに多くの艦上機を失った現状だが、いまだ迎撃に使える戦闘機は300機以上ある。これらを先行させた戦艦部隊のレーダーと合わせて迎撃に活用すれば十分勝機はあった。戦略目標は、サイパン島の攻略であり日本軍空母機動部隊の殲滅ではないのだ。日本軍艦載機をサイパン島に近寄らせなければ戦略的な勝利は揺るがない。
サイパンを陥落させると同時に日本軍機動部隊を殲滅させられれば良かったのだが、戦争とは相手のあることだ。常勝というわけには行かなかったに過ぎない。
「オーケイ、今日は敵に幸運の女神がついたようだが、明日は実力で我が方に女神を呼び寄せよう!諸君、健闘を祈る!」
新たな編成に組み直すのに1時間を要したが、夜間ということを考慮すれば上出来だった。編成を組み直したスプルアンスの機動部隊は、リーの戦艦部隊を先頭にしその後方50海里に1群2群をあわせた新1群と3群4群を合わせた新2群がそれぞれ10海里離れて後続するという隊形で進路を西北西へ取り、20ノットというやや早い速力で進撃を始めた。
同じ頃日本軍機動部隊は、速力14ノットで東進していた。その陣形は栗田中将の第2艦隊を先頭とし、その後方に甲部隊と乙部隊を従えるという奇しくも米軍と同じ陣容だった。
第2艦隊の要とも言える第1戦隊の大和と武蔵は、向こう側の技術で正式化された最新の電探を装備しており350キロ先の敵編隊を補足することが可能になっていた。第2艦隊に所属する空母には少数の対潜哨戒任務の攻撃機を搭載した他は全て艦上戦闘機のみで編成し艦隊防空を主任務とする他、敵の偵察機を排除する役割も持たされていた。
特筆すべきは、艦上機が一新されていたことだった。
艦上戦闘機は、川西と向こう側の合作新式戦闘機『蒼風』が、艦上爆撃機は空技廠中心に開発された『彗星』、艦上攻撃機は、中島と向こう側の合作『天山』に更新されていた。
特に新型艦上戦闘機『蒼風』は、米軍の新型機に苦戦を強いられることが多くなった零式艦上戦闘機にようやく取って代わることができた戦闘機だった。
この新型戦闘機は、航続距離こそ減少したものの海軍が量産を決定した新型発動機『騰11型』を採用した最初の戦闘機だった。騰11型は、離昇出力2300馬力の新型発動機でもちろん向こう側の技術を中心に開発されたものだった。これを川西の水上戦闘機『強風』から派生した試作戦闘機に搭載し艦上機化したものが『蒼風』だった。
その性能は
最大速力 635km
航続距離 2300km(増槽搭載時)
武装 3式20mm機関砲4門(各200発)、爆弾250kgまたは増槽
というものだった。
自動空戦フラップを装備しており格闘戦性能もある程度維持していた。また、特筆すべきは、主翼折りたたみ機構を採用し、従来のゼロ戦3機分のスペースに5機を収容することができた。この機構は、彗星にも採用され航空母艦への搭載数は飛躍的に増加した。この結果、翔鶴では定数が102機となり搭載数は4割増しとなった。
スプルアンスは、こういった情報を全く得ていなかった。
優っていると思っている艦載機戦力でやや劣勢な上に、未知の戦闘機と交戦せねばならなかったのだ。
19日、まだ夜が明けきらないうちから双方の空母から敵の正確な位置を求めて艦上偵察機が離艦していった。日本軍からは、二式艦上偵察機と艦上偵察機『彩雲』が、アメリカ軍からはドーントレス艦上爆撃機がそれぞれを敵を探し求めて発進していった。