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第6話(戦艦受難)-1944.06.18 midnight:Saipan-

「敵艦前方を航行中、4軸、大型艦です。続いて、4軸、大型艦が続行しています」

 ソナーマンの報告を聞きながら潜水艦おやしお艦長の坂上二佐は、戦況ボードを睨みつけた。

「小型艦もいます、警戒はしていない模様」

 更に、複数の艦艇の動きがプロットされる。

「艦名はわかるか?」

「はい、おそらくですが…」

「構わん」

「発する音から前方がコロラド、後方がテネシーと推定されます」

 探知されたのは、2隻とも戦艦だった。

 1年以上に渡る哨戒が主な任務の時に集められた水上艦艇の機関音は完全ではなかったが大型艦に関してはそれなりの情報が集積されていた。

「オーケイ、真珠湾の亡霊を確実に沈めよう。魚雷戦用意!1番から4番諸元入力、後方の大型目標!5番6番前方の大型目標!」

 坂上は、緊張する声で下令した。敵艦を攻撃するのは初めてではないがこれまでの攻撃目標は概ね駆逐艦か輸送船だった。大型艦、しかも戦艦のような目標を攻撃するのは初めてだ。既に実戦投入されている友軍潜水艦も同様だった。通商破壊戦と輸送航路分断、そして、戦力の漸減にのみ専念してきた。

 艦の能力を考えるならばそれは牛刀を持って鶏のたとえ以上に無駄なことだと坂上は考えていた。事実、自由にやらせてくれれば空母でも戦艦でも撃沈することは十分できた。

 輸送船団の襲撃だってそうだ。このおやしお1隻で輸送船団を殲滅だってできたのだ。

 しかし、任務遂行にあたって厳密な目標指定が毎回なされていた。戦艦や空母は攻撃目標に選定されておらず、1回の襲撃で許されるのは護衛艦艇1隻、輸送船1ないし2隻と厳に決められていた。

 それが、今回の作戦において初めて変わった。

 同時に出撃が命令された僚艦も、今までのような制約は受けていないだろうと思う。

「諸元入力完了!いつでもいけます」

「オーケイ、攻撃後進路120!第2目標の攻撃を行う!」

「攻撃後、進路120,ヨーソロ!」

「1番から4番発射!5番6番発射!」

 全部の発射管から6本の魚雷が次々と発射される。このときになって初めて米軍はこの海域に潜水艦が潜んでいたことに気がつくだろう。だが、もう遅い。


「感あり!」

 駆逐艦プリングルのソナーマンが突然報告を上げたのは現地時間で19日を迎えようとしているときだった。

 詳しくは説明されていないが西へ向かった機動部隊がかなりの損害を受けた、後に『悪夢の18日』と呼ばれる一日が終わろうとしていたときだった。悪夢の18日はまだ終わってはいなかったのだ。

「なんだと!」

 艦長が叫ぶ。

「魚雷航走音!1、2、3…多数です、5本以上。10時方向から前方を横切っていきます!」

「畜生!汽笛鳴らせ!テネシーとコロラドに警告!やられるぞ!」

 気は焦るが、もうどうしようもないことが艦長には解っていた。昼間の艦砲射撃を終えてほとんど遊弋と言った状態の戦艦が今更回避など出来はしない。

 やがて、それはやって来た。

 サイパン島の海岸へ向けて間断なく打ち上げられる照明弾を背に受けて、まず前方にいるコロラドの右舷側に水柱がそそり立った。照明弾の明かりに照らされ夜目にも白い。そそり立った水柱の頂点が艦橋付近まで伸び上がったときにさらにもう一本が湧き立った。その時になって一本目の命中音がおどろおどろしく響いてきた。海中で爆発したせいでその音はややくぐもっている。それと同時に、後方にいたテネシーにも水柱が寄生して行く。その数は、あっという間にコロラドのそれを超え、4本にも達した。

「あれでは助かるまい」

 艦長は、誰に言うともなく言った。しかし、そんな感傷に浸っている暇はなかった。とんでもない被害を与えた潜水艦に報復せねばならない。「ソナーマン、どうか!状況知らせろ!」

「探知、不能、みんなパニクってます!」

 魚雷が6本も爆発したせいもあるが、この時になって一斉に各艦が始動を始めたのだ。その騒音で静かに潜航しているであろう潜水艦を探知することはほぼ不可能になっていた。

「オーケイ、微速前進、進路20」

「アイ、サー!」

 敵はそんなに遠くへは行っていないはずだった。何しろ海面は、各艦がやたらめったら打ち上げる照明弾のせいで昼間のように明るい。そうでなくても浮上したならレーダーがしっかりとその位置を知らせてくれる。味方もプリングルだけではない。浮上していない潜水艦はせいぜい数ノットの速力しか出せない。

 見つけ出せるはずだった。

 度胸のある艦長だと思った。たった1隻で敵艦隊のど真ん中までやって来たのだ。彼は、報われた。しかし、今度はそんな大胆な行動をしたことの報いを受ける番だった。絶対に逃しはしない。


 しかし、プリングル艦長は知らなかった。敵は決して1隻ではなかったし、数ノットではなくその3倍もの速力で航行し、既に想定水域を脱していた。そして、何よりも彼らは逃走などしていなかった。

 

 新たな攻撃は、最初の攻撃から15分後に行われた。

 今度狙われたのは、メリーランドとカリフォルニアだった。この2艦は、先の2隻の被雷を受けて駆逐艦の護衛を受け、現海域からの離脱を図ろうとした矢先に被雷した。先の被雷と同様にメリーランドが4本、カリフォルニアが2本をそれぞれ被雷した。

 これは、潜水艦ゆうしおによる雷撃だった。

 プリングルからの通報を受けて報復攻撃を開始しようと駆逐艦の半分が移動を始めていた。その反対方向からの攻撃だった。

 次々と打ち上げられる照明弾に照らされた2隻の旧式戦艦は、ともに大きく速度を落とした。

 その頃、先に片舷4に本もの雷撃を受けたテネシーは防水作業が全く効果的に行われずその傾斜は増す一方だった。一方のコロラドも被雷本数こそ半分の2本だったが被雷によって発生した火災の鎮火が思うに任せず手のつけられない規模になろうとしていた。照明弾は、次々と打ち上げられていたが、被雷の衝撃で電力を失った艦内は真っ暗で消火作業も防水作業も思うに任せなかった。

 やがて、その時がやって来た。

 まず、コロラドが、5インチ砲弾の弾火薬庫に引火・誘爆を起こし、急速に横転、沈没した。総員退去命令が出されていなかったコロラドでは多くの乗組員が命令に従ってダメージコントロールを行っており、その殆どが戦死する事態となった。続いて、テネシーが横転、その刹那主砲弾薬が誘爆を起こし、とてつもない火柱とともに爆発、あっという間に波間に姿を消した。その轟音は、未だサイパンで戦闘を行っている両軍兵士の殆どを叩き起こすほどだった。それに前後するようにメリーランドが同じように横転し、こちらは誘爆こそ起こさなかったが艦首をやや持ち上げると艦尾から引きずり込まれるように穏やかに沈んでいった。この2隻には、総員退艦命令が出されていたが、夜間に大きく傾いた真っ暗な艦内からの脱出がなかなかはかどらず両艦共にかなりの兵士が艦内に残されたまま沈んでいった。

 また、コロラドは、脱出できた兵士を一人も残さないほどの爆沈を起こしたためコロラドの生存者が最も少なく、わずかに6名を数えるだけだった。

 カリフォルニアは、なんとか浸水を食い止めることに成功したが右舷に10度以上傾いた上に艦尾がやや沈み込み、戦線に留まることは不可能だった。

 

 一時に4隻もの戦艦を失ったことも重大な事態だったが、その後に引き起こされた事態こそ作戦全体に及ぼす影響がもっと重大だった。

 輸送船が、潜水艦の襲撃を受けたのだ。

 これも、今までとは全く異なる襲撃方法だった。異なる方向からの同時雷撃に始まり、1隻また1隻と襲われていった。しかも襲われた大半の輸送船はまだ積荷を搭載していた輸送船だった。護衛駆逐艦はなんとか輸送船を守ろうと奔走したが潜水艦の位置も特定できずなんとか助かろうと輸送船がバラバラに我勝ちに逃走を始めてはどうしようもなかった。護衛艦にできることといえば当てずっぽうに爆雷を投下することや、せめても輸送船に寄り添っていることぐらいしかなかった。

 

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