第4話(沈みゆく駆逐艦)-1944.06.18 PM-
「4時方向、ニコラスです」
双眼鏡を向けながら副官の一人が報告する。
自身もその方向に双眼鏡を向ける。そこには、汽笛を鳴らし他艦に注意を喚起しながら隊列を離れ回避運動に入る駆逐艦が見て取れた。
(だめだ)
エンタープライズ艦橋から回避行動を行う駆逐艦を見ながらリーブス少将は呟いた。まもなく艦尾付近に白い水柱がそそり立つ。距離があるぶん遅れて魚雷の炸裂音が届く。駆逐艦は、行き足を止め隊列から外れていく。
「ニコラスより、艦尾に命中、自力航行不可能とのことです」
「了解した、一番近い駆逐艦に人員の救助を命じ給え」
「アイ!サー」
「これで5隻目ですな…任務群全体では21隻になります」
「駆逐艦だけならばな…」
リーブスは嫌味をいうように言った。駆逐艦以外にも巡洋艦サンファンが爆沈し、オークランドが大破後送された。オークランドや初期に沈没まで至らなかった駆逐艦には護衛の駆逐艦をつけて後退させた。その分も含むなら第3群では6隻、任務群全体では27隻もの駆逐艦を隊列から失ったことになる。
幸いなことに主力艦には被害は生じていない。
しかし、艦隊外周を固めるべき駆逐艦が半減し、これから生じるであろう艦隊決戦に対して不安を禁じえない。
最初は、及び腰の日本軍潜水艦による嫌がらせ程度の攻撃がまぐれ当たりに命中したとしか思われなかった。しかし、報復のために駆逐艦を振り向けても潜水艦はまったくもって探知されることがなく任務群によっては逆に反撃に向かった駆逐艦が返り討ちにされる体たらくだった。
二度、三度とそれが続くと任務群は、魚雷進行方向から退避するという消極的対処法に方針を変えた。隊列が乱れた上に反撃を食ってさらに被害が増し、進撃速度そのものにも遅れが生じ、ひいては作戦全体に影響を及ぼすと判断されたのだ。
これまでは、日本軍の潜水艦の攻撃は概ね稚拙だった。ところが、少し前から攻撃の質も含めて日本軍潜水艦の行動は変わってきていた。
以前は頑なに戦闘艦艇を狙ってくる傾向だった。一時的に、インド洋で商船を狙ってきたことはあったが、少なくとも太平洋では戦闘艦艇を狙ってくることがほとんどだった。
日本軍の潜水艦は、艦隊決戦に向けて整備されてきた。航続力を上げ攻撃力を保持するために大きく発見しやすく、静粛性は犠牲にされていた。また、暗号の解読で日本軍潜水艦の展開は殆ど手にとるように解ってもいた。
しかし、それがわからなくなった。
43年に入り、その傾向は顕著となった。攻撃を受けて初めて潜水艦に襲撃されたということがわかることが殆どになった。そして、攻撃されるのは前線への補給物資を搭載した輸送船が主になった。
大西洋と違って気楽な航海を楽しめる太平洋と言われていたはずが、大西洋と同じかもっとひどい状況になった。気持ち程度の護衛を付けていただけの輸送船団の護衛は本格的なものへと変更された。にもかかわらず、被害は一向に減る気配がなかった。それどころか護衛艦艇も頻々と撃沈された。
今回のマリアナ攻略戦に際しても既に10隻以上の輸送船が撃沈され多くの兵士や武器・物資が海没した。
それは上陸戦が始まって以降も継続している。
「提督!ウォーラーから入電、10時方向より雷跡多数!」
リーブスの思考は突如大声で中止させられた。
「なんだと!各艦回避!」
これまでの攻撃は、魚雷が一本きり、それが必ず命中するというという問題は看過できないにしろ狙われるの1隻だけだった。
「ウォーラーに命令、雷跡数知らせよ!」
「アイ!サー!」
「ガッデム!」
ウォーラーの方に双眼鏡を向けていた見張員が思わず漏らす。ウォーラーに魚雷が命中した瞬間だった。「オーマイゴッド!」
ウォーラーに2本目の水柱が取り付いた、その刹那それはおどろおどろしいほどの赤黒い爆発へと姿を変える。弾薬庫か搭載魚雷に引火誘爆したに違いなかった。あれでは誰ひとり助からないに違いなかった。遅れて轟音が届く。
驚きは、1隻の目標に対して2本もの魚雷が命中したことだった。これまでは一度もそういうことがなかった。命中魚雷は必ず1本、そして、攻撃はそれきりだった。攻撃間隔も数時間以上空いていた。しかし、今の攻撃は先のニコラスの被雷から10分も経過していない。
「ヘイラーより入電、雷跡多数、6ないし7中央に向かう、警戒されたし!」
「バッチより入電、雷跡多数中央へむか…」
「バッチ被雷!」
報告を受けなくてもバッチが受けた被害は見て取れた。艦首に大きな水柱が取り付いた。12時方向のヘイラーと8時方向のバッチが報告してきたとなると魚雷の総本数は10以上と見なければならない。
「取舵いっぱいっ!魚雷に正対する!!」
艦長が大声で下令する。魚雷に艦首を向けることで被雷面積を最小にしようというのだ。もしくは未来位置を狙って発射されたであろう魚雷をやり過ごすことも狙いだ。
先の命令に遅れてぐっと艦が傾く。大型の空母は、駆逐艦ほど小回りがきく艦種ではない。何しろ2万トン以上の排水量なのだ。しかし、いったん舵が効き始めると意外なほど艦首が回っていく。
「1時、雷跡3,本艦に向かってくる!」
「舵戻せ!急げ!総員、衝撃に備えろ!」
艦長が、矢継ぎ早に命令を下す。
「来ますっ!」
見張員が、大声で叫ぶ。
リーブスは手近なものに捕まり、身を固めた。
しかし、10秒待っても20秒待ってもそれは起こらなかった。
「先の魚雷は回避!回避!」
見張員が喜色いっぱいの声で叫ぶように報告する。
駆逐艦を一発必中にしてきた魚雷を回避した瞬間だった。なぜ必中の魚雷を避けることができたのか?理由はわからなかった。どんな幸運が味方してくれたのか?
しかし、幸運な艦ばかりではなかった。被雷報告が立て続けに上がってきた。
そのいくつかは自身の目でも直接確かめることができた。
この攻撃で新たに3隻の駆逐艦を失い、さらにレキシントン2、サンジャシントの2隻の空母が被雷するはめになった。ウォーラーが2本被雷した以外はそれぞれ1本づつの被雷だったが、レキシントン2は艦首に被雷した為出しうる速力18ノットを報告してきた、サンジャシントは、艦中央に被雷し傾斜10度、航行不能を報告してきた。加えて駆逐艦コニーが被雷し停止している。こちらは、無線が故障したのか報告を送ってこない。
「畜生なんてことだ、これでは戦えない!」
主力の空母が半減させられたのだ。思わず口に出すのも仕方がなかった。
とうとう主戦力にまで被害を被ってリーブスは頭をかきむしって叫び出したい衝動に駆られた。
リーブスは知らなかったが、このとき2群も同様の攻撃を受け、リーブスの任務群以上の大被害を受けていた。
2群は、正規空母2隻、軽空母1隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦5隻に被雷し、このうち正規空母バンカーヒル、軽空母モンテレー、駆逐艦2隻が撃沈されてしまった。
2群を襲ったのは3群に襲いかかってきた魚雷に比べれば圧倒的に少ない10本ちょいの魚雷だったが、それらはリーブスたちが必中魚雷と呼んでいる魚雷だった。このため、必死の回避にも関わらずすべての魚雷が目標に命中、バンカーヒルには2本が命中した。このため、バンカーヒルは航空燃料に引火誘爆、モンテレーは対潜哨戒のために飛行甲板に上げる準備中だった攻撃機が搭載爆弾とともに誘爆、手がつけられない状態になって総員退艦命令が出されるに至った。
しかし、今回は一方的にやられたわけではなかった。3群の放ったアベンジャー攻撃機や追撃に送った駆逐艦によって少なくとも2隻の日本軍潜水艦を撃沈できたのだ。
しかし、混乱を極める状態でのこれ以上の西進は不可能と判断したスプルアンスは、艦隊を再編するとしていったん部隊を南下させる決定を行った。
任務群は、すでに駆逐艦を中心に30隻以上の艦艇を失い、ここに来て戦力の根幹たる空母を5隻も戦列から失うに至ったのだ。
2隻はすでに波間に姿を消してしまい、1隻は航行不能となったが、残る2隻の正規空母は作戦行動不能と入っても自力航行が可能だった。さすがに、これらを丸裸で後退させるわけにも行かず、艦隊を再編せざるを得なかったのだ。
6月18日が終わろうとしていた。
リーブス少将の乗艦を誤っていました。訂正しています




