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第32話 (合戦前夜)1944/01〜-

 新たな年を太平洋戦線は表向きは平穏で迎えた。

 アメリカ軍が、新たな行動を起こさなかったことも大きい。起こさなかったというよりは起こせなかったという方が正しかったが。日本軍もこの期間に少なくない損害を回復させるために現状維持と戦力の回復に重点を置いていた。


 1943年度中に被ったアメリカ軍の損害は、さしものアメリカにも数的損害以上の深刻なダメージを深く静かに与えていた。特に輸送船団を構成する部隊が失った損害は、その積載物資の喪失とともに特に深刻だった。

 その損失数は輸送船812隻、護衛駆逐艦72隻、護衛空母19隻という多数にのぼっていた。その殆どが、往路と輸送先の泊地で発生しており多くの輸送人員や輸送物資がともに失われた。

 その結果、本来ならば大西洋方面に配置される予定だった多くの護衛戦力を消耗強いられ続ける太平洋輸送航路への日本軍潜水艦対策に投入せざるを得なくなった。同時に失った物資を失った分そのまま太平洋戦線に送り続けねばならなかった。

 この事は、大西洋方面への護衛部隊の希薄化に繋がり、イギリスからの不興を買った。また、多くの軍需物資を転用せざるを得なくなくなったことによりレンドリースによって本来ソ連に送られるべき物資の減少に繋がりスターリンを苛立たせた。

 しかし、物資以上に深刻だったのは人員の喪失だった。

 一連の護衛艦艇の喪失によって失われた海軍兵士の人数は10000名を軽く超えていた。これに、純粋な戦闘によって失われた兵士が加わる。さらに輸送船の船員が同数以上加わる。洋上で、特に夜間に襲撃された際には十分な救出作業など望むべくもなかった。経験を積んだ兵士は失われる一方だった。新たな艦艇が就役してもそれに乗せる兵士が払底している状態だった。いや、数は集まる。しかし、練度は落ちていく一方だった。

 それが、また動員されて失われる。

 全くの悪循環だった。

 輸送船の船長や船員も同じだった。就航したばかりの真新しい輸送船に初めて太平洋方面に出向する船員たちが乗り組む。そして、少なくない数の船員が一度きりの航海でその任務を終了する、死をもって。

 大西洋と異なり輸送船を攻撃する日本軍の手段はまさに方法を選ばなかった。機動部隊を投入してきたことも一度や二度ではない。泊地には、戦艦が殴り込んできたことさえあった。航空攻撃も、昼夜を問わない。ほぼ潜水艦にさえ注意を払えば良い大西洋と異なって太平洋の輸送作戦は、護衛一つとっても生半可な体勢では成功がおぼつかなかった。イギリスに物資を届けさえすればことが終了する大西洋と違って揚陸中はもちろん、揚陸が終わってさえ安全とは程遠いのがソロモン・ニューギニア方面への輸送作戦だった。

 輸送船団の喪失率があまりにも高かったヌーメア・エスピリットサント〜ソロモン間の輸送にはいわゆるワシントンエクスプレス、駆逐艦による高速輸送部隊も編成されたが、僅かばかりの物資の揚陸と引き換えに駆逐艦の喪失数を押し上げるだけに終わった。ときには、日本軍巡洋艦を2隻まとめて撃沈するという戦果を上げることもあったが、多くは航空攻撃や待ち伏せした日本軍水上部隊に捕捉されたり、時には敷設された機雷群によって阻止される結果を招いた。その結果、作戦終了までに護衛駆逐艦に加えて61隻もの駆逐艦を失うことになった。

 特に、戦線に『銀河フランシス』が投入されるようになるともはや戦闘機による援護なしの突入は高速回避が可能な駆逐艦でさえ自殺行為と言われるまでになった。


 現在は、ソロモン〜ニューギニアへの補給は航空輸送を主体とするものに変わっている。これとて安全というわけにはいかなかったが、輸送船に頼るよりも遥かに安全に物資が運べた。しかし、輸送できる量は限定され、重火器類は運べない。かろうじて前線の兵士の命をつなぐことができる程度でしかなかった。

 ソロモン・ニューギニア方面の戦力は一見充足しているように見えてその稼働率は寒々しいものだった。兵士たちの士気も低く数字通りの戦闘力を発揮できる見込みは低かった。。

 

 だが、額面上での戦力は日本軍を圧倒しているように見えた。

 ルーズベルトの最速は、もはや押し止めるのも困難なほどになりつつあった。これ以上の延期は海軍上層部の更迭をもって実施されるだろう。現実が見えているマーシャルやキングを更迭し、イエスマンの後任で実施されるだろう。

 そのだけは、避けねばならない。

 夏、できれば秋までは錬成に努めたかったし、さらなる艦艇の充足を図りたかったが、海軍上層部の全員更迭といった事態を避けるには実施時期を明言せざるを得なかった。

 大統領が、癇癪を起こさないギリギリ、6月が選定されたのはそういった事情だった。


 一方、日本軍は虎口を脱していた。

 実際のところ、ソロモン〜ニューギニアの戦闘は日本軍のギリギリだった。

 特に、最終段階、2回目のラバウル大規模空襲で受けた日本軍の損害は並々ならぬものだった。母艦航空隊の一時的進出をもって補うべしという議論さえなされた。実際、トラックから第二航空戦隊がラバウル近海に派遣された。

 しかし、大規模空襲翌日の空襲を最後にラバウルへの空襲は鳴りを潜めた。結果、翌週には損害を受けた飛行場の回復にも成功し陸軍飛行部隊の補充も完了した。その後も、大規模な攻撃を受けることがなかったため母艦航空隊の進出といった事態も避けられた。

 もし、航空応酬戦が継続されていれば母艦航空隊から抽出された部隊が、その交戦に当たり、損害を累積させ機動部隊の実質的戦力の低下は避けられなかっただろう。

 しかし、そうはならなかった。日本軍の戦力は首の皮一枚といったところでその崩壊を免れた。

 さらに、艦上戦闘機だけは向こう側に頼ってはならないという枷が零戦43型で外れたことにより以前より試作機が絶賛されていた新たな艦上戦闘機がその量産に入った。

 時を同じくして17年頃より、提言を受けて錬成を始めていた搭乗員たちが前線へ送られ始めた。今次大戦は、一大消耗戦であり、搭乗員もその例に漏れないとの提言を受けて渋々始められていた搭乗員の錬成がここに来て成果として現れるようになってきたのだ。

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