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第3話 -2012-

「どうでした?」

「ああ、受けられないこともない案件だったよ、条件もある一点を除いては厳しくはない」

 岡本は、迎えの車のドアを開けながら部下の片岡に言った。

「会社的に?」

 ひとまず、オッケーだったという上司の言葉に片岡は、笑顔を作って答えた。ただ、上司の岡本の顔はそれほど嬉しそうでもない。「何か?」

「残念ながら、この案件は俺達だけに条件が示されたわけじゃない。条件自体はクリアできないものはなにもないと思う。ただスピードが要求されるんだ…出してくれ」

 運転手に出発を促すと岡本は続けた。

「クリアするには、かなりの大幅な改変が必要だ、人もモノも」

「試作を作るのに?ですか?」

 片岡は訝った。この案件は、第三世界向けの航空エンジンの開発の入札だったはずだ。

「試作機はもちろんだが即時稼働可能なラインも同時に要求案件には含まれているんだ」

 車内から遠くを見やりながら岡本は言った。

「え?落札できるかどうかもわからないのに?ですか?」

「ああ」

 気のない返事だった。

「見せてもらっていいですか?」

「ああ」

 ずっしりと重い要件書を受け取ると片岡は目を通し始めた。

 いくつかの要件を除けば特別にクリア不能な案件ではない。むしろ、なんとかなりそうな気がする。気になる要件もむしろ難易度を上げるものではなかった。

「…!」

 ページを捲っていくうちに片岡は、思わず声にならない声を上げた。「年産1万以上?こんなラインを落札できるかどうかわからないものに投資ですか?」

「そうだ」

 岡本は、この案件について社長から是が非でも取ってこいと直々に通達を受けていた。非常に重要な案件だからと。だから、多少の無理は受けるつもりだった。しかし、受け入れるにしても限度というものがある。

 どんな案件でもそうだが、企業はどんなものにも投資できるものではない。自ずと利益が産むかどうか?最終的にはそこに落ち着く。どんな綺麗事を言おうが利益を産まないものに企業は決して投資したりしないのだ。

 第三世界向けの航空機エンジンの開発自体はなんとかなりそうな気がするが、片岡の言う通りそれを年産1万も量産するラインまで揃えるとなると話は別だ。もちろん、ビジネス的に悪い条件ではない。何しろ、納入先は直接的には国だからだ。そう、いわゆる国家プロジェクトで落札さえできれば自分たちが売り込む必要はない。

 だが、落札できなかったら?1万基ものエンジンを量産できるラインを構築して落札に失敗したらその損失はいくらになるのか?想像もつかない。おもちゃのモーターを開発するのとはわけが違う。いくら、要件はクリアできそうなものとはいえ航空機用エンジンなのだ。

「無理ですね、ビッグビジネスではありますが通りそうにないですね」

 片岡は肩をすくめて苦笑いした。

「そうだな、お役人はすぐに答えを出さなくて良いとは言ったが、とても通るとは思えない」

 岡本は、要件書を片岡から受け取るとカバンへとしまい込んだ。

 実際のところ、岡本はこの案件は当社では無理です、と突き返した。

 ところが、役人は持ち帰って欲しいとの一点張りだった。

 なるほど、すれ違ったライバル会社の人間が憮然とした表情だったわけだと合点もいった。こんな案件を持ち帰らされたら?きっと「どうしてその場で断ってこなかったんだ?」と一言で終わるだけなのは目に見えていた。それは、うちだけに限らないはずだ。右肩上がりの経済成長なんてとっくの昔に終わっているのだ。リスクの大きい案件は誰も乗りたがらない。

 まあ、気が乗りはしないが最終的に判断を下すのはトップになったことは安心だった。とんでもない荷を担がなくて済む。

「他社は乗るんでしょうか?」

「さあ?経営陣が博打好きなら乗るかもな。落札さえできればそこまで悪い条件じゃないからな」

「ええ、落札できればですけど」

 まさにそのとおりだった。落札に失敗すれば転用するにも事欠く巨大な施設と莫大な損失を一挙に抱え込むことになるのだ。その負債総額はその後にも影響を及ぼすだろう。


 しかし、このプロジェクトは、即日決裁がなされた。

「気でも違ったのか?」

 岡本は、メールを読みながら呟いた。

 岡本は、知らなかったが同じような事案がこのとき日本の様々な業界で起きていた。もちろん、岡本たちの業界が請け負ったほどリスクの大きなものは少なかったがどの事案にしろ通例のビジネス的な観点から行けば降りると判断されるのが妥当なものが大半だった。

 しかし、例外なくそれらは経営陣によってゴーの判断がくだされた。

 その経営陣に唯一共通していたことは遡ること数ヶ月前にそれぞれが然るべき国の人間によって呼び出されていたことだ。

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