第29話(反撃再興) - 〜1943/11 -
横須賀軍港に現れたその新しい艦は、日本海軍の言うところのいわゆる軍艦ではなかった。『虹風』級駆逐艦4隻は、狭義の軍艦には当たらず、軍艦に付与される菊の紋章も艦首にない。
向こう側主導で作られた新型駆逐艦だった。
外観は、大きく変わらない。強いて言うならば、主砲が、連装砲塔ではなく、小型の単装砲塔であるということだろうか?大きさも『夕雲』型とほぼ変わらない。
全長 120m
全幅 11m
排水量 2200t
速力 38kt
武装 12.7cm単装砲3基、61cm5連装魚雷発射管1基(次発装填装置付き)
533mm4連装対潜魚雷発射管1基(次発装填装置付き)
一見、なんの変哲もない駆逐艦だったが、主兵装の12.7cm単装砲は、毎分45発発射可能で対空射撃能力も付与された電探連動型だった。魚雷は、炸薬をトーペックスに変更し、ジャイロスコープを向こう側のものに変更した4型を搭載した。電測水測兵装は、ほぼ向こう製で単純な比較はできなかったが1隻で『夕雲』型駆逐艦数隻に匹敵する性能だと目されていた。もちろん、こちら側の人間にはそこまでの性能差があるとは理解されていなかった。
それが、4隻、横須賀に勢揃いしたのはソロモン〜ニューギニア戦域で連合軍との戦闘が拮抗している昭和18年8月初頭だった。トラック方面への輸送船団の護衛を兼ねて前線へ展開したのが10月、トラックで更に艦隊運動の訓練などを行ってラバウルには11月を迎える時に進出し実戦配備についた。
この時期、ソロモン〜ニューギニア方面は、航空戦と補給線寸断に終始していた。連合軍は、なんとかラバウル航空基地に打撃を与えようとし、日本軍は、補給線の寸断とモレスビー、ガダルカナルへの圧迫を続けていた。
6月の爆撃機部隊の大損害以降、連合軍は大規模な攻勢を行えていなかった。さしものアメリカ軍も一時に多数の搭乗員とともに失った200機以上もの大型爆撃機の損失を埋めることは容易ではなかった。
爆撃機隊ほどではなかったが、モレスビーに集結していたP-47戦闘機は、日本軍の強襲爆撃によって多数がそのパイロットともに失われていた。そういう意味では、モレスビー基地も十分にはその損失から回復したとはいい難かった。
ラバウルへの圧迫は、そのヘンダーソンからのP-38戦闘機とB-25爆撃機による不定期で小規模な空襲のみに頼っていた。しかも、この攻撃は少なからぬ流血を強いられるものだった。
効果的な攻撃が行えないのは前線への十分量の補給が困難になっていたことも一因だった。補給線は、西海岸〜ハワイ〜ニューカレドニア〜各前線という長大なものでその総延長は12,500kmにも及んでいた。これを日本軍の潜水艦攻撃を避けつつ航海せねばならなかった。日本軍潜水艦の密度は、補給線末端に近づくにつれて濃密となり、最終段階ではそれに空襲が加わり、稀には敵艦隊の襲撃が加わった。ほぼ一ヶ月かけて運ばれてきた物資や兵員が到着地点を目の前にして失われることが頻発した。この期間で失われた輸送船だけで200隻に迫ろうとしていた。その多くは、往路で襲撃されており失われた物資・人員は膨大なものとなっていた。
現在は、大規模攻勢をかけられるだけの戦略物資の備蓄はほぼ絶望視されており、過去の戦訓から1隻の輸送船への兵士の乗船人数は1000名を超えてはならないという規定までできていた。
その結果、日本軍が撤退して半年が経とうというのにも関わらずラエには少数の地上部隊と緊急着陸を目的とした小規模な滑走路があるのみだったし、ブナも同様だった。
あくまで、日本軍が逆上陸してこないように部隊配置をしているに過ぎない。それに6月以降は、オーストラリア軍が兵を引いたため実質ニューギニア戦線は米軍が一手に引き受けている状態だった。補給は、空輸が中心となり、重火器や基地の修復に必要な土木物資は皆無に近かった。このため、一度空襲を受けるとその復旧にはかなりの日数を必要とした。その上、少数の地上部隊とはいえ十分な補給が継続できているとはいい難かった。
傷病兵を後送したり、食料を送ってきたりする程度で戦略的な輸送が行えているわけではなかった。
いずれにしろ、ラバウルの日本軍は強大でそこを叩かない限りソロモン〜ニューギニア戦域の戦況が好転する見込みはなかった。
「新しい作戦は、マリアナ諸島を一気に攻略し、そこを拠点とし日本軍を圧迫するものです」
キング提督は、太平洋戦域の地図上の一点を指し示した。
これまでは、ソロモン〜ニューギニア戦域で一進一退を繰り返してきたが新たな攻勢始点として示されたのは、これまで海軍戦力が十分でないとして陸沿いに進撃するという作戦方針から大きく変換するものだ。
マリアナに楔を打ち込むことによってソロモン方面への圧力を大幅に削ぐことが可能なはずだった。
「そのために戦力を温存していると?」
ルーズベルトは、相変わらず軍が太平洋戦域で動きを見せないことに苛立ちを隠せないでいた。
駆逐艦や潜水艦を少し撃沈したとか、来襲した敵の爆撃機を何機か撃墜したという報告はもううんざりなのだ。そんなもので国民は小躍りしたりしない。しかも、無傷でというわけでもない。損害も累積している。
「さようです。マリアナは、ラバウルほどでないにしても日本軍の重要拠点です、攻略にはかなりの戦力が必要であると同時に日本海軍の主力による迎撃が予想されます。それを叩き、なおかつマリアナ制圧を成功させるためです」
日本軍は、ミッドウェイで4隻の空母を失ったが、その後戦力の回復に努めており現在では大小含め10隻程度の空母を投入することが可能とみられていた。搭載能力が全般に低いとはいえ総数では600機前後の艦載機が運用可能とみられている。それに加えてマリアナ諸島の基地航空戦力が加わる。総計では1000機にも達すると見られる日本軍航空戦力をねじ伏せるには少なくとのそれを凌駕する機数を用意しなければならない。
現在、エセックス級正規空母やインディペンデンス級軽空母が次々就役しているがまだ十分ではない。
「具体的な、開始日は?」
「来年の春以降を予定しております」
本当ならば、夏といいたいところだがとても理解されるとは思えなかった。確かに、春には数は揃う。しかし、それは戦力とはいい難い新米も含めてのことだ。
「…遅いな」
ルーズベルトは明らかに苛立った。
「失敗は、許されません。そのためには、中途半端でなおかつ未錬成の戦力での実施は厳に慎まねばなりません」
「しかし、さらに半年以上待たねばならいのでは国民が黙ってはおるまい」
黙っていないのは、あなた自身でしょうという言葉は飲み込み、キングは続けた。
「それに関しましては、ラバウル大空襲を再興中です。現在、ケアンズへフェリーで進出させたB-17とB-24が、450機に達しております。これをヘンダーソン基地とモレスビー基地からの戦闘機に護衛させて今度こそ完遂させます」
簡単に説明したが、ガダルカナルのヘンダーソン基地は、いまだ日本軍の空襲圏下にあり十分な稼働状態を維持しているとはいい難かった。モレスビー基地もたびたび空襲に晒されており安全とは言えない。事実、前回の作戦では発進直前の戦闘機隊を空襲によって多数失って護衛をすることができなかった。日本軍の新型爆撃機は火力が上がっており少数機の攻撃でも以前とは比較にならない損害が出ることが多くなってきていた。
このため、単一の基地からの援護だけに頼るよりは危険を分散するという意味でも2つの基地に援護戦闘機を分散配置することで前回のように丸裸で爆撃機隊を送り込むという事態は避けられる。幸いにして、10月後半に送り込んだ輸送船団が、比較的少ない損害でヘンダーソンに到達し基地機能の高いレベルで回復が見込めていた。
たとえ半数になろうとも援護戦闘機を随伴させればフリーハンドで迎撃されるという最悪の事態は避けられる。
「成功すれば、ラバウルの攻撃力は激減し、その後は、可能な限り爆撃を継続することでニューギニア方面のパワーバランスは大きくこちらに傾くでしょう。同時に予定されているマリアナ攻略に投入できる日本軍の戦力を漸減できるはずです」
今回の作戦で日本軍基地を壊滅状態に送り込めたなら、その後は前線基地、ヘンダーソンともレスビーから絶え間ない攻撃を行い日本軍の基地回復を阻止する予定だった。
仮に大成功とまではいかなくとも、少なくとも日本軍の目をソロモンに釘付けにする効果はあるはずだった。そうすることで、マリアナ方面の戦力を手薄にできるはずだった。
「そうなるよう全力を尽くしてくれたまえ」
マリアナへの陽動であることも含めてルーズベルトは裁可した。
いずれにせよ、年内は日本軍に対抗できるレベルで艦隊は再編成できないことを理解したからだ。空母や戦艦もそうだが、それらを護衛する艦艇が大西洋の護衛戦力に影響を及ぼすほど失われた。目下大西洋の戦いは目処がついたとはいえヨーロッパでドイツを打ちのめすのにはそれ相応の時間が必要だった。何より、ヨーロッパに上陸せねばならない。
「承知いたしました、全力を尽くします」
キングは、ことさら恭しく頭を下げた。
まずは、敵の目を分散させることから始めなければならなかった。
その適地は、困難ではあったがラエの基地化促進だった。日本軍撤退後、十分な基地化が輸送の度重なる失敗で進んでいない戦力上の要地だった。
ラバウルを制したあとに、ニューギニア方面への進行拠点となる。これは、陸軍の協力を得るためにも必須だった。陸軍は、マッカサー将軍を主体にニューギニアづたいに戦線を推し進めフィリピンを奪還するという作戦計画があり、陸軍航空隊の協力を得るためにもこれに協調することが必要だったからだ。
空母が、投入できない以上、航空戦力、特に戦闘機戦力の主体は陸軍に頼らざるを得ない。
また、ラバウルへの補給線の寸断にも力を入れねばならない。現状、潜水艦部隊は損失ばかりが大きいがより多くの戦力を集中させることで少しでも日本軍に圧迫をかけねばならない。太平洋全域への分散配置を改め、少なくともこの期間中は、全戦力をラバウル方面に投入するつもりだった。
イギリス軍にもビルマ方面での陽動を依頼してある。
爆撃機だけでも前回の1.5倍の戦力を投入し、なおかつ失敗は許されない。できることは、全部やるつもりだった。
まずは、双発爆撃機体で出血を強いるつもりだった。そして、疲弊させたところを一気に叩き潰す予定だった。




