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第26話(邀撃・前編)-1943/06〜-

「モレスビーより入電、直掩戦闘機隊全滅、爆撃機隊は作戦続行せよ、です」

 通信士が、憮然とした表情で命令電を伝えてきた。

「了解したと返せ」

 爆撃隊指揮官は、憮然とした表情で命じた。

 眼下のポートモレスビー基地からは黒煙が上がっており、ひと目で甚大な被害を受けているのが分かった。ポートモレスビー上空で合流するはずの戦闘機が1機も上がってこないのは当然だと言えた。

「マイクを回せ」

「アイサー」

「隊長機より各機、作戦続行」

 眼下のモレスビー基地は、あっという間に後方へ流れていく。立ち上っている黒煙がその位置を知らせてくれる。

「高度30000フィート、各梯団上昇せよ」

 6つの梯団は、それぞれエンジンの出力を上げ緩やかに上昇を始めた。当初の10000フィート前後からの中高度爆撃から高高度爆撃へ変更するためだ。現地点からラバウルまで700kmあまり、戦闘機の護衛なしの爆撃行だ。少しでも迎撃の難易度を上げるには高高度からの爆撃以外にありえない。

 6つの梯団のうち、2つはB-17で編成される。残りの4つは、第5空軍のB-24からなる。それぞれの梯団は60~72機からなり、合計では300機を超える大爆撃部隊だ。本来ならこれに150機近くの護衛戦闘機が付く予定だった。

 日本軍の強襲によって護衛戦闘機隊は、地上で壊滅してしまった。

 しかし、作戦を中止するわけにはいかなかった。300機合計では1200トンにも及ぶ爆弾が搭載されており、中止はすなわちそれを投棄するということに繋がる。

「隊長、同高度に敵機」

 これからの苦難をどう切り抜けるかの思考が中断される。

 パイロットの指をさす方を見る。単発のほっそりとした機体がいつの間にか進行方向を同じにして同高度を飛んでいた。戦闘機ではない。

「あれは偵察機だな…彩雲だな…」

 すでに、敵は報告電を打っているだろう。どんなに急いでもラバウルまでは2時間はかかる。その間に敵はどの程度準備を整えるのだろうか?戦闘機がいれば直ちに迎撃を命じることができたのにと思う。撃墜できないまでも追い払うぐらいのことはできたはずだ。

 もちろん、ラバウルを攻撃するのに事前察知なしというわけにはいかない。日本軍のレーダーの性能はアメリカ軍のそれと同等か以上だと言われている。そうであれば、大梯団の爆撃機部隊は事前察知されるのはやむを得ない。しかし、レーダーの遥か探知圏外ですでに補足され、レーダー探知よりも格段に正確な動向を知られるのはまずかった。

 しかし、敵の偵察機に思えた機体は戦場指揮管制機『飛鳥』だった。『彩雲』なんかよりも余程たちの悪い機体ということをその時はアメリカ軍の兵士たちは誰も気がついていなかった。


「機長、左前方同高度に敵の大編隊です!」

 操縦士の内藤一飛曹が、指を前方に向け報告する。

 児島中尉は、身体をずらし前方を注視する。左にそれはすぐに見つかった。日本軍にはない大型機が数えられないくらい飛んでいた。

 児島中尉の本来の任務は、銀河隊がポートモレスビーの敵軍に与えた被害を確認することだったが、とんでもないものを発見した格好だ。

「凄い数だな…。市井、任務放棄を打電せよ。こいつは、大変なことになるぞ。内藤、180度旋回しろ、もう少し近寄って敵の全容を報告するんだ」

「分かりました」

「まずは、敵の大型爆撃機の大編隊ラバウル方面に向かいつつあり、11:45、位置を報告しろ」

「はい」

 機体が傾き、大きな弧を描いて旋回を始める。『飛鳥』は母体の『彩雲』と同様に高速性のために旋回性能を犠牲になっていた。

「向かって来る機はいないか?」

「今のところ敵編隊から分離してくる機はありません。戦闘機を伴っていないのかも知れません」

「中尉、打電終了です」

 まもなく、児島中尉たちの任務は正式にこの大編隊の追尾報告へと切り替わった。その任務には機上電探を装備し大出力の送信機を持つ『飛鳥』は、これ以上ないうってつけの機体だった。


 ラバウルの各飛行隊は、児島中尉の報告を受けて直ちに迎撃体制に入った。まず未補給の機体に対する燃料弾薬の補給が大急ぎで開始された。それに並行して海軍飛行隊と陸軍第六飛行師団の分担が手短に割り振られ、その役割に応じての発進時間が取りまとめられた。

 それぞれの飛行場で概ね準備が整うのに小一時間がかかり、まず第一陣として第六飛行師団の飛行第63戦隊と248戦隊の三式戦が離陸に取り掛かった。これらは定数48機、合計では96機を擁する陸軍第六飛行師団の中核だった。これらが百式司偵2機に率いられてまず離陸を開始した。

 続いて、台南空の第1戦闘機隊と第2戦闘機隊の零戦定数各48機が戦場指揮管制機『飛鳥』に率いられて離陸を始めた。各飛行隊とも一割程度の発動機不調が出たが、想定の範囲内だった。

 これらは、別々の飛行場に展開しており、出撃に関して混乱することはなかった。

 続いて、一式陸攻や銀河、偵察機など戦闘に直接加われない機体の空中退避が始まった。その後、銀河のうち何機かは空戦に加わることが決定したがこの時点では退避が命じられた。

 最後まで残ったのは、第六飛行師団の第33戦隊の二式戦48機だった。33戦隊は、10日ほど前に機種転換が行われたばかりの部隊だった。これまでの二式戦から二式戦丙を受領し、訓練に入っていた。この丙型は、前形式から大きく癖が変わることなく搭乗員に好評を持って受け入れられた。大きく変更になった点は、13mm機関砲4門から米軍の重装甲大型爆撃機に対応するために新式の30mm機関砲2門に変更されたことだ。フィリピン方面での交戦の戦訓から従来の機関砲、機銃では火力不足が懸念されたところから陸海軍共同で開発が始められいち早く二式戦に搭載が始まった形だった。海軍でも雷電への搭載が始まっていたがこのラバウルには進出していない。

 多くの時間は取れなかったが、各飛行隊、航空隊は一丸となって迎撃に向かって動き始めた。遥か遠方から正確な敵の規模や構成の一報があり、それが継続的に送られてきたおかげで極めて効果的な迎撃体勢が組み上げられつつあった。


「右前方上空ジャップ!…左にも同数」

 いつもよりたっぷり30マイルはラバウルから離れているうえに優位な高度を最初から占位されている。

「クソ、多いな…」

 しかも、数が多い。

 ベン・カビル中尉は、双眼鏡を向けながらいった。「トニーだな」

 初見時は、日本軍に輸出されたメッサーシュミットだと報告された機体だ。現在までのところ唯一の日本軍液冷エンジン搭載戦闘機であり俊敏で速度が速く、両翼の20mm機銃が侮れない敵だった。

 指揮官機から、編隊密度を維持するように指示が入る。いわゆるコンバットボックスだ。相互に支援できるように機体を配置し敵戦闘機の接近を妨げる編隊だ。だが完璧ではない。

「ラバウルまではどれぐらいだ?」

「ざっと100マイル、25、6分ってところでしょうか?」

 カビル中尉の問に航法士のスミス曹長が答える。

 そうしている間にも敵との距離はグングン接近していた。相対速度は550マイルに近い。

 各機の機銃試射が始まる。B-17もB-24も多数の防御機銃を装備していたが、高速で機動する戦闘機を捉えるのは簡単なことではなかった。

 一体、どれほどが投弾でき、生還できるのか?今はまだわからなかった。


「各小隊ごとに敵1機を攻撃せよ!敵には護衛戦闘機がいない、落ち着いて攻撃せよ!被弾機は無理をせず帰還せよ!飛行が無理なものは脱出!海軍の潜水艦もしくは飛行艇が拾ってくれる、必ず生きて復戦せよ!」

 63戦隊指揮官、原少佐は命じると自身も機体を反転降下させ襲撃に移った。復戦せよとは生きて必ず戦線復帰せよという命令だった。開戦初頭とはほぼ正反対の命令だった。向こう側の世界の人間に如何に熟練の操縦士が貴重なものなのかを幾度も幾度も諭された結果だった。開戦当初は、機体を少しでも軽くするのだとか、命を惜しむのかと言われて装備されることが少なかった落下傘は今や必須の装備とされていた。

(変わったものだ…)

 命令しながら原は独り言ちた。もちろん、良いことだと原は思っている。修練した部下が生きて帰ることほど戦力の維持に貢献することはなかった。どんな新型機よりもだ。

 反転降下した三式戦は、グングン敵に迫る。敵の防御射撃が始まる。しかし、それに捉えられる三式戦はまだいない。直上からの螺旋降下は敵の爆撃機とって最も迎撃しにくい接敵方法の一つだった。

 照準器いっぱいに拡がるが、まだ遠い。敵の爆撃機、B-24やB-17は友軍のどんな航空機より大きい。照準器よりはみ出すぐらいでちょうどよかった。上方機銃座のアメリカ兵の顔がわかるくらいまで接近して原は発射柄を握り込んだ。機首の13mmと主翼の20mmが、同時に唸る。機体を捻って下方に抜けた瞬間に機体を引き起こす機動に入る。それでもあっという間に数百メートルの高度を失っている。交戦時間は半秒とない。

 周囲を見回し、部下が全員付いて来ているのを確かめると同時に何機かの三式戦がそのまま降下していくのが確認できた。被弾して交戦不能になったのだ。操縦士は戦死しているかも知れない。

 しかし、無駄に墜ちていったのではない。B-24も炎を引き摺りながら隊列を離れるものや片翼を分断されるものなど7機が撃墜ないし、編隊から落伍しつつあった。

「反復攻撃を続行せよ!」

 三式戦の残弾はまだ交戦するに十分残されているし、原の直卒の小隊は全機が無事だ。もう1機か2機は喰えるだろう。


「メイデイメイデイ!」

「エンジン被弾、高度維持不能!」

「うぁぁぁああぁぁ」

 たった一航過されただけで7機もの味方機が被弾し、隊列から失われつつあった。片翼を失って錐揉みに入った味方機からは聞くに堪えない悲鳴が聞こえてくる。遠心力で機体の外壁に押し付けられて脱出することも叶わずただその時を迎えるだけだった、悲鳴を上げること以外できない。

 カビル中尉の機体は、第一撃目の標的とはならずにすんだが、正横にいた同期が機長の『バウンディ・アース』号は、ゆっくりと落伍しつつあった。正副のパイロットががっくりと項垂れている。機銃弾が、コクピットを襲ったのだろう。

「敵機反転上昇中!来ます!」

 下方銃座のルッソ二等兵が半泣きの声で報告する。操縦席からでは下方に抜けた敵機の動きは見ることができなかったが、ルッソ二等兵にはそれが見えているのだ。「来ますっ!」

 絶叫とともに下部機銃座の射撃が始まった。4基のエンジンが立てる轟音に混じってかき消えそうになるが僚機も射撃を始めている。上方からの降下と比べると防御射撃は長く行える。しかし、それは取りも直さず敵の攻撃も長く続き被弾数が増えるということだ。絶叫と打撃音が数秒間続く。短い呻きと同時に射撃音が止む、それが終わった瞬間至近を3機のトニーが過ぎっていった。

 反転攻撃は、カビル中尉の機体も逃れることができなかったのだ。そして、その射撃はカビル中尉にも致命傷を与えていた。遠のく意識の中でカビル中尉は、誰も喋っていないことに気がついていた。カビル中尉は知らなかったが攻撃してくる4機のうち1機は撃墜したが残る3機のトニーが放った多数の機銃弾はB-24には致命傷を与えなかったものの全ての搭乗員を殺傷したのだった。


「第3梯団、第5梯団被弾機多数、編隊維持できない模様」

「第3梯団、指揮官機機撃墜、第5梯団もです」

「前方同高度新たな敵機、100機!」

「トニー、第4梯団、第6梯団に降下!」

 次から次へと同時多発的に報告が入る。どれも芳しくない。

「了解!編隊を崩すなと命令しろ!生き残った各機は、被弾して空いた穴を埋めるようにさせろ!」

 たった二航過で爆撃隊は、20機近い機体を失いさらに攻撃に晒されつつあった。そのうえ新たな編隊が前方から現れたのだ。爆撃隊の各機は、動揺せずにいられなかった。敵の接触機に付きまとわれたせいで敵の迎撃部隊は、正確に誘導され最適の位置から攻撃を行ってきた。

 敵にも損害を与えているが、迎撃を諦めさせるには程遠かった。せいぜい、7機か8機だ。ようやく敵の一割かそこらを減らしたに過ぎない。そこへ更に新手の敵が加わってきたのだ。

「総指揮官機より全編隊、攻撃目標変更!攻撃目標全機第3飛行場!繰り返す、攻撃目標全機第3飛行場!」

 当初は戦闘機の援護のもと中高度で各飛行場を叩くという作戦計画だったが、戦闘機の援護がない上に高高度爆撃にならざるを得ず、しかも遠方から多数の迎撃機に晒された状態で各編隊を分離しバラバラに攻撃させるのは自殺行為だった。本音は、今すぐ反転させたいところだ。護衛が受けられない時点で中止すべきだったのだ。

「前方からの敵、左右に別れます」

「新たな敵機、直上!」

「まだくるのか」

「敵機、第2中隊に降下します!」

「援護しろ!」

 自分たちの方に来ないことに安堵しつつ少しでも第2中隊の助けになればと弾幕を第2中隊の上空に重ねる命令を出した。

「新たな敵はトージョー!」

 今までにない遠方から迎撃を受けた上に数も多い、待ち受けている高度もそれぞれの機体に最適だった。敵の偵察機に接触され続けたせいでアメリカ軍爆撃機部隊は、かつてない熾烈な迎撃に晒されつつあった。

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