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第21話(絶海の孤島)-1944.06.20-

「おい、見ろよ!」

「…何だ?ジャップか?」

「そうじゃないけど、変なんだ!」

 肩をぐいぐい揺さぶられ不意に起こされてミッチェル2等兵は、不機嫌そうに背中を向けたまま言った。「ジョンジー、ジャップじゃないんならもう少し休ませてくれよ」

 ミッチェルは、いやミッチェルだけでなくこの付近にいるアメリカ兵は、みんな疲れていた。遥々本土からやって来て、弾雨の中を上陸し、橋頭堡を確保したものの安眠できるような機会もなく日本兵の夜襲を警戒し、十分な睡眠が取れた試しがなかった。

 大規模な反撃があるわけではなかったが、散発的な襲撃や砲撃があるたびに緊張が走りそれが撤回されるまで睡眠は邪魔されてしまう。

「船がほとんどいないんだ!」

「なんだって?」

 ミッチェルは、ようやく体を起こしてジョーンズの言う海をみた。

「…」

 昨日まで、海面を埋め尽くす勢いだったアメリカ軍の船はいなかった。海上に10隻ほどいるのが見えたが、少なすぎた。

 日本軍は、水際で激しい上陸阻止戦を行ったあと、潮が引くように内陸へと後退した。それを追撃しようとしたアメリカ軍は、巧みに配置された掩蔽壕を主体とした阻止線に迎えられ出血を強要された。それでも艦砲射撃の支援を受けて血路を切り開いていたが、一昨日からは海軍の戦艦が攻撃されるなどして艦砲による支援が滞ったことで上陸以来アメリカ軍の進撃は停滞してしまった。

「増援や補給物資はどうなるんだ?」

 部隊は大勢の死傷者を出しており、物資も潤沢とはいい難い。

「知るかよ!輸送船はどこへ行ったんだよ!」

 視界に入っている10隻あまりの艦船は、遠目に見ても軍艦だった。軍艦が残ってくれていることは心強くもあったが、軍艦には海兵隊が必要とする物資は全く積み込まれてはいない。予備の兵力も。それらを山程積んだ輸送船が見渡す限り1隻も見当たらないのは由々しきことだった。一昨日の襲撃で戦艦が攻撃された時に輸送船も被害にあったが、全部が撃沈されたわけではない。

 見ている間にゆっくりと近づいてきた軍艦の先頭艦が、発射炎を煌めかせた。後続の艦も次から次へと発砲する。

「良いぞ!ジャップを粉々にしちまえっ!」

 誰かが叫び、それに釣られるように歓声が上がる。

 昨日までのように沖合の軍艦から放たれた砲弾が自分たちの頭上を飛び越えてジャップに降りかかる瞬間を誰もが期待した。

「!?」

 しかし、第一撃は、頭上を飛び越えることなくまだ多くの物資が山積みになっている海岸へと降り注いだ。海水を吹き上げる砲弾もあったが、多くはまだ梱包を解かれていな物資を吹き飛ばした。

 海岸で出撃を待っている戦車の一群に降り掛かった砲弾は、数十トンもある戦車を玩具のように空へ吹き飛ばす。

「何やってやがる!クソ海軍!」

 聞こえるはずはないが、罵声が浴びせられる。

 間をおかず第2斉射が放たれる。

 第2斉射も、頭上を飛び越えることなく再び、海岸へ降り注ぐ。遠目にも人と思しきものが空に舞い上がるのが見え、燃料の集積所が紅蓮の炎とともに燃え上がる。第3斉射も同様に繰り返される。

「やめろ!」

「ガッデム!」

「なんてこった!!」

 もはや悲鳴に近い罵声が聞こえるはずもないのに浴びせられる。前線にいるのも忘れて立ち上がって、大声で静止しようとするものもいた。

 10回ほども斉射が繰り返されると海岸に築かれていた橋頭堡は完全に地獄絵図となっていた。

 しばし、砲撃が止む。

 もう、怒鳴っているものはいなかった。全員が呆然と海岸をみやった。

「どうなってんだ、味方を撃っちまうなんて…」

 誰かが気の抜けた声で言う。

 数分をおいて再び砲撃が始まった。今度こそ、ジャップを叩くのだ。誰もが思った。砲弾が空を切る音がグングン大きくなる。しかし、それは頭上を超えていくことはなかった。まさに、海兵隊の頭上に降ってきた。

 昨日までの支援射撃と感じが違うぞ、と思った瞬間、ガンッといった衝撃がミッチェルを吹き飛ばし、永遠に何も感じることができない世界に連れて行った。


「サイパン陸軍観測隊より報告、只今の砲撃効果大!です」

 通信参謀が、陸軍からの入電を読み上げる。

「そうだろう、そうだろう」

『愛宕』艦長荒木大佐は、双眼鏡で砲撃地点を見ながらまずまずだという笑みを作り返答した。『陸奥』と『愛宕』級重巡洋艦4隻からなる砲撃支援は、陸軍の重砲1個師団にも匹敵する効果があったはずだ。特に『陸奥』の放つ41cm砲弾は、1発あたりの弾量が800kgにも達する。陸軍の持っているどんな重砲よりも大きな砲弾を一時に8発も打ち込めるのだ。海岸は、わずか10斉射で地獄のような業火に包まれた。

 続く陸軍の観測所から伝えられた地点への砲撃は、海岸の集積所を砲撃したときほど効果が見えたわけではなかったが、陸軍からは効力射であったことが伝えられた。連携は難しいとはいえ、動かない目標、反撃してこない目標への射撃だ。開戦以前から血のにじむような訓練を行ってきた砲術にとっては動作もないことだった。

 更に、斉射を継続し、海岸への砲撃に加え合計で30斉射程を行ったところで『陸奥』に回頭、帰還するとの旗流が上がった。

 時間にして30分ほどの砲撃だったが、その間に撃ち込まれた弾量は41cm砲弾200発、20cm砲弾に至っては1000発にも及んだ。

「愛宕了解、180度右回頭!」

「180度右回頭!」

 命令が復唱され、まもなくググッと10000tを超える排水量を持つ『愛宕』が艦首を振り始めた。

 後続する『高雄』が続き、三番艦に位置する『陸奥』が続く。『摩耶』『鳥海』、後続の駆逐艦も回頭を終える。

 後方に小さくなるサイパン島をみやりながら荒木はひとりごちた。

(これで終わると思うな、米軍。サイパンに上陸したことを後悔するがいい)


 海上から友軍の船が一隻残らず消えた上に、突如として艦砲射撃を受けた衝撃から立ち直る時間を与えられぬままアメリカ軍は、新たな攻撃を受けた。

 艦載機による空襲である。

 戦爆連合200機による空襲は、艦砲射撃によるどこへ着弾するか分からないといった恐怖とは異なりピンポイントで攻撃してくるという別な恐怖をアメリカ軍に与えた。急降下爆撃は、艦砲射撃を逃れた戦車や車輌、火砲を狙い撃ちにした。戦闘機は、まだ海岸で砲撃の衝撃から立ち直っていない歩兵を機銃掃射でなぎ倒した。水平爆撃は、日本軍と対峙していたアメリカ軍の塹壕に真上から降り注いだ。

 攻撃時間は、艦砲射撃の三分の一ほどだったが、与えていった損害は艦砲射撃を上回る勢いだった。

 彼らは、人的物的にも大きな被害を受けたが、最も大きな損害は心理的損害だった。本国から遥か離れた孤島に置いてきぼりにされた、友軍に見放されたという衝撃は一言で表せるものではなかった。


「閣下、現在サイパンの上陸部隊は危機的状況に瀕しています。現地のホランド中将は降伏の許可を願い出ております」

 キングは、苦々しい口調で言った。

 空前の損害を出し、進退は極まっていたが、いまだその身分は長官であり、海軍の作戦全体に責任を持つ立場だった。

「これは事実なのかね?この海軍の損害は?」

 降伏したいということには直接答えずルーズベルトは詰問した。

「何度も確認させておりますが間違いない状況です。現在我軍は太平洋上のいかなる海域にも空母を持たない状態となりました」

 正確には、護衛空母群がいくつか展開可能だったが、速力は19kt程度であり航空機が運用できるというレベルであり機動部隊同士の戦闘に投入できるものではなかった。

 また太平洋上を3隻の軽空母が敗走中だったが、艦載機をほとんど失っており戦力と呼ばれるようなものではなかった。

「たった一晩かそこらでこれほどの損害が発生するとは、ありえんと思うが?」

 手元の資料には、何かの冗談としか思えない数字が羅列されていた。空母に至っては、12隻が沈没したり放棄されたとある。それに対して得られた戦果は、これも信じられないほど少ない。

「戦闘は3つの局面で戦われ…」

「その全てで負けた」

 ルーズベルトは、キングの言葉を遮って言った。「日本軍には、もう正面切って戦う能力はないと聞かされていたが?なのに、これほどの大敗を喫したというのかね?」

 ミッドウェイ以降、アメリカ軍は日本軍をその本土へと押し込めるべく前進を続けてきた。時に痛撃されることはあったとはいえ、戦場の主導権は米国に移ったと考えられていた。

「昨年来、日本軍は我々の圧迫に屈し戦線を縮小せざるを得ない状態に陥っていました。確かに戦力の立て直しを図っていたでしょう。しかし、彼らの工業能力や人員育成能力は、我々に比べ遥かに劣っており…」

「だが、こうも聞いている」

 ルーズベルトは、再び遮った。「日本軍の潜水艦による通商破壊が無視できなくなりつつあると同時に我軍の通商破壊は機能していないと」

 報告を聞いた時は重要視せず、すぐに脳裏の隅っこに追いやった情報だった。通商破壊は、重要な戦略ではあったが正面切っての戦略ではなかった。継続的に遂行できれば日本軍の国力にダメージを与え続けられるが、不可欠な戦略ではなかった。いくつかある戦略的要素のひとつに過ぎない。だが、捨ててしまって良い要素でもない。

 日本軍は、東南アジアから着々と資源を運び込み、戦力化してきたことは間違いない。

 もう一つの要素は、大陸から引き上げた潤沢な兵力を持っているということだ。日本は、大陸という泥沼から上手に足を引き抜いた。その後の中国は、チャーチルの言うように混沌とした状態に陥りとても連合国の一員と呼べる状況ではなかった。

 それらが、うまく組み合わさったら?

 今は、さすがのルーズベルトも日本人が2000年前から進化していないなどとは思っていない、たとえ蔑んでいたとしてもだ。

 戦前、駐日大使のグルーからたびたび、近年の日本のインフラの発展は目に見張るものあり、という報告を受け流し続けていたが、もっと注目すべきだったかもしれない。

「サイパンを諦めるのは時期尚早だ。反撃のための作戦の立案を軍には要求する。ホランドには、徹底抗戦を命じてくれたまえ」

 ルーズベルトは、冷徹に言い放った。「カートホイール作戦は進捗している。マッカーサーが、フィリピンの攻略に成功すれば日本は近いうちに窮するだろう」

 

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