表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/34

第16話(戦艦咆吼・前編)-1944.06.19 midnight-

「何がいけなかったんだ…」

 リーは、夜の海を疾走する『ニュージャージー』艦橋で誰言うともなく言った。

 リーの戦艦部隊を前進させたことだろうか?もし、そのまま機動部隊にとどまって対空戦闘に加わっていれば空母の被害をもっと抑えられたかもしれない。

 それとも、対潜哨戒を怠ったことだろうか?対潜哨戒をもっと入念にしていれば、潜水艦に空母を喰われることがなかったのかもしれない。

 そうすれば、もうこれ以上1隻の空母も失えないという状況にはならず日本軍の航空攻撃を分散させるという目的でリーの戦艦部隊を先行させることもなかったはずだ。結果は、日本軍は完全にリーの戦艦部隊を無視し艦隊にとどまっていれば有効な対空戦闘ができたはずだった7隻の戦艦が遊兵化してしまった。

 もっと言えば、サイパン攻略によって敵をおびき寄せて日本軍連合艦隊をも同時に殲滅するという作戦かもしれない。それは、艦隊がサイパン周辺にあるということであり敵の索敵を容易にし日本軍潜水艦を呼び込むことになったのかもしれなかった。

 いずれにせよ、何もかもが上手くいかなかった。

 駆逐艦を大量喪失し、空母を失い、最初の航空戦で多数の戦闘機を失い、サイパンでは旧式とはいえ戦艦を攻撃された。開けて翌日の戦闘で空母を一掃された。1つ1つも甚大な損失ではあったが致命的ではなかった。たぶん。だが、その累積で被った被害は真珠湾どころの騒ぎではなかった。

(我々は、日本軍にさらなる供物を供えにいってるんではなかろうか?)

 最新鋭の戦艦に座乗し、アメリカ最高の戦艦部隊を率いているにも関わらずリーは、自信を持てずにいた。


 アメリカ軍は、ほとんど全ての空母を失った19日午後になってようやく日本艦隊を一部捕捉した。残った3隻の空母からなけなしの艦載機を絞り出してようやく発見したのだ。それは、もはや攻撃のための索敵ではなく、退避のための性格が強かったが、それでもリーにとっては有益な情報だった。

「日本軍部隊、東進中、大型艦3隻に小型艦10隻以上…」

 明らかに、途中で打ち切られてしまった電文は、平文で内容も充分ではなかったが敵が接近中であることだけは分かった。

 これを司令部は、損傷艦の掃討部隊とみた。

 戦没艦を多数出してはいたが、まだ海上には制海権を維持できれば戦列に復帰させることが可能な損傷艦が多数あった。第2次攻撃で止めを刺されるかと思われたが、意に反して日本軍は、1次3波の攻撃以降、航空部隊を送り込んでこなかった。このことから、司令部は、甚大な損害を与えはしたものの日本軍もまた多数の艦載機を失って追撃できないのだと判断した。

 だが、追撃してきた。砲戦部隊で。

 おそらく敵は、快速部隊(金剛級高速戦艦と水雷戦隊で編成された快速部隊だと判断されていた)でリーの戦艦部隊を突破し、お家芸の夜戦を仕掛けようというのだろう。しかし、そうはさせない。

「想定会敵時間まで30分!」

 作戦参謀が、報告する。

 夜の帳が下りて視界は全く無かった。しかし、リーの艦隊にはレーダーがあった。前衛に駆逐艦を横列で4隻哨戒に出しており南北120キロ以上をカバーしているのだ。レーダーの目をくぐり抜けることは不可能なはずだった。


 しかし、想定会敵時間を30分過ぎても本隊はもちろん、前方に出している駆逐艦のレーダーも敵を捉えることはなかった。最新のSGレーダーは、相手が戦艦なら35キロ先から補足できるにもかかわらずにだ。

 一向に日本軍艦隊は補足できなかった。

「日本軍は、恐れをなして迂回航路を取ったのでしょうか?もしくは、反転したのかもしれません」

 日が暮れる直前までリーの艦隊は日本軍偵察機に接触をされていた。編成から進路まで筒抜けだったことは疑いがない。7隻の戦艦を含む25隻もの艦隊と知って反転、または迂回航路を取った可能性は決して少なくはないと思える。しかし、リーの艦隊から飛び立った水上偵察機が全機未帰還となりながらも決死の覚悟でもたらした情報では反転の兆候はみられなかった。

 であれば、迂回だが、迂回航路を取った場合、機動部隊本隊に日本軍艦隊が取り付くのが遅くなり、帰路が夜明けとなる。夜戦ならともかく昼戦で圧倒的優勢なリーの艦隊に補足される危険が大きくなる。

 ならば、鼻先を掠めようとするはずだった。

「反転はないだろう」

 リーは熟慮のうえ言った。「彼らは戦果の拡大を厳命されているに違いない」

「ですが、もう30分を過ぎ、40分になろうかとしています…」

「哨戒の駆逐艦をもう少し増やしては?」

「戦艦部隊を二分するという手もあります、コンゴウクラスであれば、戦力を二分しても大丈夫だと考えます」

 何人かの参謀が自分の意見を言う。

「いや、戦力の分離はだめだ」

 そう言いながらも、既に自分たちを透かした日本軍が手負いの味方へ驀進していくさまがリーの脳裏をよぎる。「もう30分前進しよう!それで会敵できなければ反転する!」

 その時だった。

「オーウェンより入電!敵艦隊捕捉したとのことです!」

「続いてミラーからもです、敵は正面やや右と思われます!」

 ほぼ同時に2つの報告が上がった。

 リーの艦隊が日本軍の艦隊捕捉に成功した瞬間だった。

「哨戒隊を後退させろ、艦隊速力26に増速!1隻も逃がすな!!」


「電測員より報告、敵小型艦発見、方位フタマル」

 その瞬間『大和』戦闘艦橋はどよめきとも思える歓声に沸いた。「続いてさらに小型艦を補足、敵の前衛と思われます」

 その30分ほど前に艦隊は、対潜警戒の輪形陣から砲戦準備の単縦陣に移行していた。

 前衛を捉えたということはその後方に本体がいるのは間違いないと思われた。

「速力そのまま、進路そのまま!」

 艦長が命じる。

「電測員より報告、後方に敵大型艦捕捉、32000!」

 接近とともに後方からやってくる米軍の戦艦が1隻また1隻と捉えられ始めた。最終的に航空偵察と同じ7隻が捕捉できた。

「艦隊進路、340!」

 敵艦発見時に取り決められた方位へと変針を命じる。

「長官!」

 顔を興奮で紅潮させた参謀が促す。

「よろしい、砲戦準備!大和、敵一番艦!武蔵、敵二番艦!信濃、敵三番艦!長門、敵四番艦!陸奥、敵五番艦!…」

 山本自信も顔面を紅潮させながらそれぞれの艦に目標を割り振っていく。先のガダルカナルを巡る戦いで『霧島」を撃沈され『比叡』を撃沈一歩手前まで大破されて以降、もう戦艦が実戦で砲戦を交えることはないと言われていた。しかし、今それが実現しようとしていた。

 新型の電探は、明瞭に敵を捕捉していた。会敵時間も、ほぼ想定通りだった。

「砲戦距離、30000!撃ち方用意!」


 このときの日本海軍の戦艦部隊の編成は『大和』を先頭にし第一戦隊の大和型戦艦3隻、その後方に第二戦隊の『長門』『陸奥』続いて重巡洋艦4隻。第2水雷戦隊というものだった。大和型戦艦3隻『大和』『武蔵』『信濃』が揃って出撃するのはもちろん初めてだった。

『信濃』は、ミッドウェイでの母艦兵力の大量喪失を受けて空母への艦種変更が検討された。しかし、向こう側の技術者たちは、もともと戦艦として建造されつつある艦の艦種変更が如何に非効率化を説いた。それよりも、後に『雲龍』型と呼ばれることになる『飛龍』の簡易型で揃えるほうが効率的であると説いたのだ。

 この提案は、特に大艦巨砲主義者にとって受けが良く、実際に工程を変更したとしても完成が1944年以降だということも相まって艦政本部に受け入れられた。

 このことは、1943年以降、海上護衛隊の働きによって南方からの資材がほぼ滞りなく本土へ届けられるようになったこと、対中停戦によって兵力に余剰が生じ本来招集されて労働力が減るなど生産現場に生じていた生産力の低下が起こらず逆に生産現場への適切な労働力投下が可能になったこと、向こう側からの生産現場の機械化支援を受けられたことなどが相まって、生産性が飛躍的に伸びたことによる。

 特に、生産現場のベテラン工員が招集されず現場に居続けたこと、勤労が認められたものは戦場に送られないという噂が流布したこと、は生産性や現場の改善に計り知れない効果を及ぼした。

 また『大和』を始めとする各戦艦は、射撃管制装置、揚弾装置、装填装置が一新され特に砲塔内の機械化が格段に進歩していた。その結果、各戦艦の発射間隔は最短30秒を記録することになったが実際の戦闘では30秒毎の射撃が実施されることはないため砲員の疲労による砲戦継続時の装填遅延解消のほうがより大きな改善とされた。


 日本軍は、ほとんど錯誤がなかったが、米軍は緒戦より大きな錯誤を犯していた。

 それは、偵察活動の時点から生じていた。

 1つ目は、大型艦を『コンゴウ』型と判断したことだ。ガダルカナルで『コンゴウ』型の1隻を撃沈しており、残りが3隻だったことを踏まえ、足の速い部隊で襲撃を行ってくるという想定と相まってアメリカ軍は『コンゴウ』型に率いられた高速挺身部隊と判断していた。

 2つ目は、日本軍が損傷艦の殲滅を狙ってくるという想定だった。損傷艦には多数の空母が含まれており、これが攻撃対象と判断したのだ。空母の重要性を日本軍は高く評価していることからもそう帰結されていた。しかし、日本軍の攻撃対象は最初から損傷艦などではなかった。リーの戦艦そのものだった。

 これらのことからリーをはじめとする艦隊司令部は、日本軍の進撃速度を高く見積もった。そのため、想定会敵時間になっても日本軍を補足できない結果になり、このことは首脳部はもちろん、艦隊全体に無駄な緊張を長時間強いることになった。

 リーの部隊は、哨戒隊の駆逐艦を除けばアイオワを先頭にニュージャージー、サウスダコタ級各艦、ノースカロライナ級がそれに続き、巡洋艦以下が続航していた。

 リーは、最初、日本軍艦隊の頭を抑えようとしたがそれに先んじて日本軍艦隊が向かって右へ回頭したため追随する形で右80度回答を命じた。日本軍艦隊に振り切られる恐れを感じたが、レーダー見張員からは「敵の速力24ノットないし25ノット」との報告があり、敵は誘っていると考えた。30ノット以上の速力を出された場合、最悪アメリカ側は戦艦部隊のうち5隻が戦場から取り残される可能性があったからだ。

「最大戦力!27ノット!このまま同航戦で行く!砲戦距離25000!アイオワとニュージャージーは、敵一番艦!インディアナ、サウスダコタ、2番艦、アラバマ、ワシントン、3番艦!ノースカロライナは4番艦!」

 リーは、2隻一組で戦艦を早い段階で叩きのめし、一気に勝負をつけようと思った。もう少し遠い位置からでも射撃開始は可能だったが敵は14インチ砲戦艦であり、高速戦艦という性格上防御力はさらに低いことが知られている。より確実に命中弾が得られる位置から射撃を行い一気に沈黙させてしまうとの目論見があった。

「敵情知らせ!」

 リーは下命した。海上が闇を支配している現状では、敵を知るにはレーダーの目に頼る以外はなかった。

「敵の動向変化なし!速力25、直進中!距離30000!敵の位置真横!」

「各艦、射撃諸元入力急げ!交互射撃!夾叉、または直撃を得た艦から各自斉射に移れ!」

「閣下!」

 参謀の誰かが大声を上げた。振り替えると艦橋の外を指差している。

 指の方向を見ると遥か彼方がやや赤らんでいた。

「なんだ?あれは?」

 見ている間に先程の位置からやや下がったところが再び赤らんだ。

「敵艦発砲!」

 信じられない言葉が見張員から発せられた。

 敵は、30000m先から先に撃ってきた。こちらが、優勢だと知って慌てたのだろうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ