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第15話(遥かなるガダルカナル)-1942.08.08〜-

「衣笠は、天龍、夕張とともにツラギ方面の敵を撃滅せよ!他は、これより敵輸送船団殲滅のため突入す!」

 三川は、無線電話で、各艦の状況を聞き取ると直ちに命令を発した。

 作戦開始に当たって山本長官からは「これは連合艦隊の作戦である、たとえ1隻になろうとも泊地に突入し、1隻でも多くの輸送船を沈めてもらいたい」との厳命を受けていた。

 しかし、現状は損傷艦を出したものの全艦が戦闘続行可能であり山本長官の命令を実行するのになんの齟齬もなかった。特に『鳥海』艦長早川大佐は、意気盛んであり、参謀長の若干の消極的な撤退進言は却下されることとなった。

 ここまでの戦闘で三川率いる第八艦隊は、連合国艦隊の、巡洋艦を6隻以上撃沈破しており、乗組員の戦意も高いままだった。

 全艦突入も考慮されたが『天龍』と『夕張』は、最大速力が遅く『衣笠』は若干の浸水があることから現海域から近いツラギ攻撃にあてられた。

「泊地突入隊各艦回頭最大戦速!33ノット!続航せよ!突撃!」


「一体、どうなったんだろう?」

 ローランドは、再び静けさが支配を取り戻した暗い海の彼方を見ながら言った。20分程前までは断続的に水平線の向こうに閃光が走り、砲撃の音なのか低い爆発音が海を渡って聞こえてきていた。それは、始まったときと同じように唐突に終わった。

「粗方ジャップのフネは沈んだのさ」

 同じく甲板の上に出て北西の方を見ていたエドモンドが、応えた。だが、艦は揚陸を中止したまま東へと移動していた。日本軍の戦艦がやって来たとパニックになるものや味方の船が全て沈んでしまったと騒ぐものもいた。

「だと、良いがな…」

「まあ、巡洋艦が6隻も向かったんだ、それにこっちにはまだ2隻余分にいるんだから余裕さ」

「まあそうだが」

 たしかに負ける気遣いはないと思えた。昼間には戦闘機の援護もあった。おかげで、ほとんど損害はない…空襲のたびに揚陸作業は滞ったが。「それにしてもまだ東に進むなんて、そろそろ停船するか踵を返しても良いんじゃないか?」

 船団は、重装備や食料、弾薬をほとんど降ろせていなかった。まず、兵士を降ろして占領、その後に残った物資を揚陸という手順だったが、日本軍の反撃は予想以上に早かった。

 昼間には戦闘機を中心とする攻撃隊が幾度となくやって来て小型爆弾を投じていったのだ。投弾後は、直衛にやってきた戦闘機とほんの少し格闘戦をやって去っていった。爆撃は、嫌がらせ程度だったが、それでも数度にわたる攻撃で1隻が被弾して炎上した。

 また、航空戦は、贔屓目に見ても優勢ではなかった。幸い何人かのパイロットは味方に救助されていたが、戦闘機の数が減ったのには違いがなかった。

「空母の方に行くのさ」

 エドモンドは知っているかのように言った。「明朝になればまた空襲があるかもしれんからな」

「!」

 その時、またしても遠雷のように海の向こうが明滅し始めた。遅れてゴウンゴウンと音が轟いてくる。

「きっとジャップの残敵を掃討しているのさ」

 その明滅の中、輸送船とは反対の方向に向かう黒々とした船が見えた。ローランドが乗っている輸送船とは異なるシャープなシルエットだった。

 軍艦だった。


「速力最大!急げ!」

「モンセン後続します!続いてホバート」

 ツラギの輸送船から攻撃を受けているとの連絡を受けてスコット少将は、直ちに反撃を決定した。既に味方が大きな損害を受けたことは分かっていたが、攻撃を受けている味方を放っておくわけにはいかなかった。それに、今ならツラギを攻撃している敵を背後から不意打ちにできるかもしれなかった。

「ホバートに前に出るよう命令しろ!」

「言ってはいますが、奴らの英語はひどくて!」

「くそっ!駆逐艦の後ろじゃ有効な攻撃ができんぞ!」

 スコット少将は、大声で叫びながら半分は罵った。

(だから言わんこっちゃない!豪軍と合同なんてできるわけがないんだ!)

 艦がグングン加速していくのを感じながらスコット少将はジリジリしていた。敵を有効な射界に捉えるにはもう10分から15分必要だったが、ほとんど防備されていなツラギの部隊がそれまでに持ちこたえられるとは思えなかった。敵は、まとまった戦力を有していたクラッチレー少将の部隊をあっさりと打ち破ったのだ。

 焦燥するスコット少将が地団駄を踏みそうになったとき、それは不意にやって来た。

 突然、ズシンと衝撃が襲いかかり増速していた艦がぐいっと押し止められた。時を置かず、もう一度。そして、耳を聾する爆発音が襲いかかってきた。投げ出されそうになりながらスコットが見たものは、千切れかけたサンファンの艦首だった。一瞬ぐいっと持ち上がったかに見えた艦首は、そのまま海水に飲み込まれていく。

 何が起きたか理解できないうちに、耳に地響きのような爆発音が後方からも聞こえてきた。

「何が起こっているんだ?」

 スコットは、横転していくサンファンの艦橋で呆然と考えた。


「敵甲巡に魚雷命中2、続いて後方の乙巡に1命中!」

「よろしい、左砲撃戦用意!撃てる砲は何でもいい、ドンドン撃て!撃ち方始め!」

 三川は、炎上する巡洋艦に照らし出される敵輸送艦を認めて命じた。海軍にドンドン撃てなどという命令は存在しなかったが、この場にはそれがふさわしいと思えたのだ。

 照らし出された輸送艦はざっと20隻を数える。

 これだけの輸送艦を一時に撃沈されたらさしもの米軍も堪えるに違いない。

 先程の魚雷は、レーダーに捉えた輸送艦に向けて放たれた残余の魚雷攻撃だった。それに、反転攻撃を掛けようとした米軍の戦闘艦が自ら突っ込んできた形だった。

 4隻から残っていた魚雷13本を発射し、自ら飛び込んでくる形になった敵艦に2隻に合計3本が命中したのだ。

 また、先に述べたように2番艦は駆逐艦だったが優れた見張員であっても誤認は避けられなかった。

 更に1隻続いていた敵艦は、前方で味方艦が被雷するとそれを避ける形で逸れていき、そのまま戦場から去っていった。

「本艦、照明弾撃ち方始め!探照灯照射始め!」

 最初の照明弾が、あたりを照らし、探照灯が海面をなめると三川は武者震いした。敵は輸送船ではあったが海面を埋め尽くすようだった。輸送船ではあってもこれだけの数の獲物に興奮せずにいられなかった。見える範囲が全部獲物という感覚だった。ここまでの戦闘で多くの弾薬を消費してはいたが、新式の隊内無線は明瞭であり目標の割り振りをしっかりすれば撃ち漏らすことは殆どないはずだった。


「くそったれ…」

 ローランドは、偶然に目の前に流れてきた板切れに掴まって岸に向けてゆっくり足をばたつかせながら罵った。もうどれぐらい足をばたつかせているだろう。既に夜が明けつつあった。

 岸の方も、猛煙が上がっていて無事ではなさそうだったが、全員が死んでしまったわけではないだろう。

 酷い戦いだった。

 一方的に輸送船が撃沈されていくのが戦いというのならだが。日本軍の巡洋艦は4隻ほどいてそれらが30門以上の主砲の他にありったけの火砲を撃ち込んできたのだ。もっとも、ローランドの乗っていた輸送船は砲撃が命中する前に魚雷を一本食らって船尾から沈み始めた。

 エドモンドは、その時の衝撃で海に投げ出された。それっきりだ。

 沈むまでに15分以上かかったので幸いなんとか巻き込まれずに済んだが、ローランドの乗っていた輸送船が波間に姿を消す頃には日本軍は反転をしており、海上を避退していた輸送船は次々に炎上し、あるものは静かにまたあるものは松明のように燃えながら波間に消えていった。

 更に、文字通り帰り掛けの駄賃に上陸地点を砲撃して帰ったのだ。

 最初の魚雷で巡洋艦が吹っ飛んでから20分ほどのことだったが、地獄のような被害を輸送船部隊は受けた。

 昼間の混乱のことを思えば、上陸地点も酷い被害を受けたに違いない。

 いやいや、とローランドは思い直す。

「兵隊でもないのにこんなところで泳ぐ羽目になっちまった俺が一番惨めだぜ」

 このあとローランドは、無事に岸まで辿り着いて海兵隊と合流するのだが、このときのバタ足が遥かにマシだったと思うほどの悲劇と飢餓に見舞われるとは想像だにしていなかった。


 10000名以上の兵力をほぼ重火器なし、予備弾薬食料なしの状態で上陸させた米軍にとってガダルカナルの維持は、予想を遥かに超える難易度の高いものとなった。

 一時に20隻以上の輸送船と多数の護衛艦艇を失ったこと

 予想を上回る頻度で日本軍が襲撃を繰り返したこと

 戦艦による艦砲射撃が繰り返されたこと

 西海岸〜ハワイ〜ニュジーランド〜ガダルカナルを結ぶラインで通商破壊が活発化したこと

 これらのことが重なって万単位の兵力を維持するのに充分な物量を運ぶことがほとんどできなかった。何しろハワイからでも6000キロ近く、西海岸からでは10000キロを超える距離があるのだ。日本軍が、通商破壊を始めた以上これはいかにアメリカ軍でも簡単なことではなかった。

お盆休みも終了してしまいました。また、更新速度落ちると思います

よろしくお願いいたします

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