歴史改変 -2019-
「ちっ、もうちょっとマシなもん履いて来りゃあ良かったぜ」
記者の楢谷新一は愚痴った。記者といってもネット専門のバイト程度なもんだったけれど。一応アクセスはそれなり、いいねも結構もらえている。もっとも、それで食ってはいけないけれど小遣い程度にはなっている。
そのサイトのアクセスを増やすために楢谷は、最近聴き込んだ自衛隊が何かおかしなことをやっているらしいと言うのをスクープしてやると土日を潰してやってきたのだ。ネットで日々情報収集していると本当かどうかは別としていろいろな情報がそれこそ際限なく転がっている。
自衛隊管理地に入っても横須賀のちょっとさき、カジュアルな出で立ちでも全然構わないと思ったが少しばかり自然というものをなめていたらしい。
「おわっ!」
思わず、足を滑らせて声を上げる。
もう少しですっ転ぶところだった。手にしたアクションカムがどこかへ飛んでいったら探すのに苦労する。足元を確認して視線をフッと上げたとき、楢谷は、思わずひっくり返りそうになった。視線の先には、迷彩服を着た自衛隊員がいつの間にか2人いたからだ。
「い、いや〜、道に迷っちゃったみたいで…」
立ち入り厳禁の看板を無視し、有刺鉄線を一部切断して入ってきたのがバレたらちょいと説教入れられそうだったので言い訳をしてみた。「ホントだって、ちょっとサバゲーの場所を探しててさ」
しかし、2人の自衛官はなんの反応も示さなかった。
(やべぇな)
楢谷は、本能的にヤバさを感じた。
「一人か?日本語わかるか?」
2人の自衛官のうち、前の男が短く訪ねた。もう1人はあたりを見回している。
「そりゃあわかりますよ、ええ、まあ、下見なんで1人ですけど」
「本部、侵入者1、仲間は見られず。カメラ所持。日本人のようです」
こいつは本格的にやばいぞ、何かが警告してきた。実際問題、色々ネットで騒がしくなるようなことを投稿してきたが警察やなんかに関わったことはなかった。
(逃げちゃえ!)
楢谷は、くるりと踵を返すと一目散に走り出した。走り出したというと聞こえはいいが、足場が悪いから駆け足程度なもんだ。幸い追いかけてくる気配はない。
(やれやれ、やばいやばい…)
次の瞬間、鈍器で二度立て続けに思い切り殴られた…ような気がした。あまりの激痛に息ができない。そのままの勢いでつんのめって雑草の中に倒れ込む。
(な、なん…だ…?)
何が起こったのか?楢谷がそれを知ることは永遠になかった。
「侵入者、逃亡を図ったので排除。これより所持品を調べる」拳銃を構えたまま楢谷だったものに近づきながら自衛官はどこかへ報告を続ける。もう1人の自衛官は自動小銃を構え周囲に注意を払っている。
「日本人を殺したんですか?」
清潔なオフィスのような場所でPCモニターからを顔を上げながら神島陽子は驚いた口調で聞いた。聞いたというよりは詰ったという方が近かった。
「まあ、ちょっとした手違いだったんです、先生」
バツが悪そうに自衛隊の制服を着た男が答える。だが、事の重大さとは違ってその口調は軽々しい。
「中国や北朝鮮の人間ならまだしも無抵抗な日本人を殺すなんて…聞いていませんよ!」
「まあまあ、怒らないでください。神島先生はまだこのプロジェクトに加わって間もないんですから理解していただけないかもしれないんですが…そんじょそこらの国家機密じゃ済まないです」
間の悪いときに、と思う。「まあ、二度と起こらないようにします。彼のご家族には十分な保証もしますし、これは事故だったんです」
新しく来た学者の先生が基地の中を見学したいというのでちょうど基地の建物の監視体制を説明しているときだった。侵入者を探知したところですぐに先生を部屋から出すべきだった。
「せめて、お願いします。それだけは。私、仕事に戻ります」
先生と呼ばれた女性の顔面は蒼白になっていた。無理もあるまい、電磁工学には長けているかもしれないがこんなことに関わるまでは平和な生活をしてきたに違いない。人が死ぬのはネットニュースだけの出来事だったのだろう。そして、それは彼女とはなんの関わりもない遠い世界での出来事だ。
(たった一人じゃないか?先の大戦じゃあ一体何人の日本人が死んだと思ってる?)
うつむき加減で足早にセキュリティードアを出ていく先生の後ろ姿を見送りながら渕田健吾は、ひとりごちた。(300万人なんですよ、300万)