07 成長と、決意 心も、逞しゅうなったな、センナナちゃん…
トモエちゃんのあらすじ
「魔王テラスは、いたいけな乙女の柔肌を覗きよる最低の変態野郎やった。もう、こんな奴にさん付けはいらへんね。これからは、テラス、で行こうな、センナナちゃん」
魔王テラスの精神攻撃魔法を逆利用したハッキングで、ウチらのいる場所が正式には謁見の間とか呼ばれる場所やっちゅうことが判明した。ウチらの電脳回路から放り出したったテラスが、腕組みしてあぐらをかいてどかりと座り、センナナちゃんを見上げとる。千切れた身体は難なくくっつけたみたいやけど、電子弾であちこち石壁やら床やらがえらいことになっとるな。誰がやったんや? って、ウチらやね。
「俺様の処遇について、聞かせてもらおうか」
ふてくされた表情で、テラスが言うた。ちょい前まで、お婿に行けへん、とか騒いどったわりには、覚悟の決まったええ顔しとるやん。こういうの、ギャップ萌えとか言うんやったっけ? それとも、虚勢やったか。
『どうしよう、おねーたん?』
『センナナちゃんの思うとること、そのまんま伝えたりな』
『あい!』
短いメッセージのやり取りをして、センナナちゃんが口を開く。聴覚にリンクしとるから、ウチもばっちり話の中身は判る。
「汝、悪事より身を引くべし。魔物の暴走を止め、乱れた世に平穏を齎すべし」
センナナちゃんの言葉に、テラスが目ぇをぱちくりとさせよる。何や、理解できへんことでもあるんかいな?
「……お前らの中身を見たあとだと、違和感しか無ぇな、その口調。もっと普通に喋ってくれないか……いや、ください。お願いしますから」
どうやらテラスは、この状況でセンナナちゃんのバリトンボイスに文句があるようやった。さすが魔王、肝の据わり方だけは大物やね。
『どうしよう、おねーたん?』
再び、困惑したセンナナちゃんがメッセージを送って来る。
『うん。めんどいから嫌やって、言ってみて?』
『あい』
「汝の願い、叶え難し。故に却下とする」
「……面倒だから、嫌だってことか?」
半眼になったテラスが、こっちを見上げて言いよった。うん、結構鋭いな。さすが魔王以下略やね。
「是、也」
『肯定してどないすんねん! そこは、もうちょい上手く誤魔化すとこやでセンナナちゃん!』
「やっぱりじゃねえか! おい……って、何でもありません、はい」
ウチとテラスがほぼ同時に突っ込むけれど、センナナちゃんの右手がプラズマハンドガンを構えて照準するとテラスは引き下がる。
「……我の制約也。汝、詮索する勿れ」
「はい、口調の件に関しては諦めますので、死なないけれど痛い攻撃はもうやめてください。心が折れそうです」
『これでいい? おねーたん』
どや、とばかりにセンナナちゃんがメッセージを送って来る。字面の外からにじみ出てくるどや顔に、ウチは不覚にもほっこりとしてもうた。ああ、サイボーグ兵士のセンナナちゃんも、ついにどや顔的表現が出来るようになったんやね。
『うん。立派になったな、センナナちゃん』
『えへへ』
「それで、俺様の処遇なんですが……」
そろそろと挙手をして、テラスが感動のメッセージに水を差して来よった。
「汝、我の判断に疑問在りや?」
「ああ……はい。疑問ってか、悪事っていうのは、どういう事か、と思いまして」
「魔物を操り、魔境の外へと侵攻せしむる事。これ即ち悪事也」
「なるほど……魔物たちを、魔境へ引き上げさせろ、と言いたいわけですね?」
『なあ、センナナちゃん。テラスに、丁寧語やめさせるよう言うてくれへん? なんか、気色悪いわ』
『あい』
「汝、自然に言葉を繰るべし」
「へ? それが、お望みならそうしますが……するけど、無礼なり、とか言ってその武器で撃ったりしねえか?」
「諾。我、鷹揚也」
「それなら、普通に話すよ。そんで、魔物たちを引き上げさせるのは、出来ねえことは無いけどよ、そうそう簡単には行かねえんだよ」
テラスの目ぇが、真正面にセンナナちゃんへと向けられる。テラスの記憶をハッキングしたウチと、そのデータを受け取ったセンナナちゃんには、その視線の意味は良うわかる。
『まものさんがいないと、まそのこゆいこのばしょを、ねらってくるひとたちのじゃまができないんだよね』
センナナちゃんの言う通り、テラスの魔物たちはここを守るためには必要ということやった。かつて魔法の実験を繰り返しよった連中が、この土地を魔素の多い、いびつな土地に変質させてしもうたから、ここいら一帯はそういう危険な研究をするにはもってこいの場所になってしもうたんやね。テラスは、自分の身ぃに降りかかった不幸を、繰り返さへんために戦い続けとるみたい。人を仰山殺し過ぎて、魔王、と呼ばれるくらいになるまで。
『せや。魔物を繰り出すんは、その人らの動向を探るんと、先制攻撃の意味合いもあるんや。無関係な土下座のヒトらが巻き込まれとるんは、痛いとこやけどね』
『それなら、ぼくたちでこのばしょをまもるのはどう?』
『センナナちゃんは、それでええの? 魔王がおっても諦めへんような人らが相手や。十年やそこらじゃ、終わらへんよ?』
『ぼくは、たたかうことがおしごとだもん。それに、ぼくがたたかいつづければ、どげざのひとたち? もまものにおそわれなくってすむんでしょ?』
『せやね。代わりに、土下座のヒトらに、会いに行く暇が無くなるかもやで? あのヒトらと、仲良うなりたいから、センナナちゃんはテラスをやっつけに来たんよね?』
しばしの、沈黙が流れる。二秒ほどの、長い、長い沈黙やった。
『……いいよ、それでも。ぼくは、どげざのひとたち? も、それから、テラスさんも、たたかいたくないひとたちが、たたかわなくってすむようにしたいの』
『センナナちゃん、そこまで……決意は、固いんやね。わかった。そんならウチも、賛成や。全力で、センナナちゃんをサポートしたる。出来るトコまで、やってみようやないの』
『おねーたん……! ありがと!』
歓喜のこもったメッセージに、ウチは文字通り無い胸がグッと詰まるような感じになった。テラスの魔法で、変に感覚を目覚めさせられたからやろか? 随分、感じやすくなってしもうとるみたい。まあ、悪くはない感覚やけどね。
「案ずる勿れ。我が、魔物に成り代わり侵略者を討つ剣とならん」
センナナちゃんの言葉に、テラスが驚いたふうに目ぇを大きく開く。
「い、いいのか? お前らは、神兵で……俺様は、魔王、なんだぞ?」
「委細、関係無し。全ては、我の望み也。汝は、汝の為すべきことを為すべし」
「おお……何て、頼もしいんだ! 無敵の神兵が、俺様の手下になるなんて……ぶぎゃっ!」
変なことを言いだしよったテラスの顔面に、プラズマハンドガンの電子弾が六発撃ち込まれる。もちろん、ウチがセンナナちゃんの右手にリンクしてぶっ放した。調子に乗ると、ほんまにあかん子やね、こいつは。
「我、手下に非ず。汝と我は……友、也」
「死ぬほど痛え……お前は、友達の顔にえげつない攻撃叩き込むのかよ?」
「我の意思に非ず。ゆえに汝は友也」
破裂した頭を魔素によって再生修復したテラスが、顔をしかめつつぼやきよる。そんなつもりやなかった、とセンナナちゃんが少ぉし非難めいた信号を飛ばしてくるけど、ウチはしれっと受け流して右手のリンクを戻した。ええやん。その阿呆は、それくらいやっても死なへんのやし。
『おねーたん、めっ』
『はーい』
こつん、とセンナナちゃんが自分の頭を叩いてメッセージを飛ばしてくる。いつもと、立場が逆転してもうたね。嬉しいやら、ちょい寂しいやら……複雑な気持ちやわ。
そんなことをしとる間に、センサーに反応があった。
『センナナちゃん。城の入口に、早速侵入者や』
『いりぐちに? どうして?』
センナナちゃんの質問は、入り口に来る前にわからへんかったのは、何でかっちゅうことやね。
『周囲の魔素が、大きく乱れとる。高確率で、空間転移が行われた痕跡があるね。テラスの記憶と知識によれば、一度行ったことのある町や村に転移できるっちゅう、勇者特有の魔法みたいやわ』
『ゆーしゃ? ゆーしゃって、なあに?』
『あー、そっからやねんな。勇者っちゅうのは、まあ、正義の味方やね。悪者やっつける仕事しとる、ちょい暇なヒトらのこと』
少ぉし雑な説明やけど、大体合うてるやろ。実際、勇者って何してはるヒトらなのかは、ウチにもよう判らんしね。
『ふうん? でも、ここにはわるいひと、いないよ?』
『魔王って呼ばれとる阿呆がおるやろ? そこで胡坐かいとる奴が』
『テラスさんは、もうわるいことしないっていってるよ?』
『それは、ウチらにだけ判っとることや。今、猛スピードで城ん中走っとる勇者さんらには、伝えても理解してもらえる可能性は、数パーセント、っちゅうとこやね』
テラスの記憶から起こした城のマップに、勇者らしき反応を示すセンサーの光点を合わせる。城にはいくつかトラップもあるみたいやけど、あんま効いてへんね。我が道を行く、っちゅう感じで突き進んで来よる。
『十分後には、ここに到着するわ。どないする?』
『いっしょうけんめい、おはなしする』
『了解や。ほな、ウチはサポートに徹するから、まずはセンナナちゃんの好きなようにやってみ』
『あい!』
力強いメッセージを返すセンナナちゃん。そして、勇者の侵入を感じ取ったんか青い顔して震え出すテラス。そんでもって、周囲の魔素を吸収して万一のエネルギーに変換してくウチ。長いようで短い十分間は、あっちゅう間に過ぎてった。
足音が、近づいて来よる。いよいよ、勇者さんとのご対面、やね。電脳になる前に読んだ、数々のラノベを思い浮かべてウチはわくわくと、勇者の訪れを待っとった。
やがて、謁見の間の扉が開いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回も、お楽しみいただけましたら幸いです。