05 到着と、開戦。 覚悟はええか? ファンタジー
トモエちゃんのあらすじ
助けた女の子に連れられて、土下座のヒトらからクエスト受けることになった。センナナちゃんがやりたいって言うたからやけど、これって……素敵なことかも、知れへんね。
抜けるような青い空と、万博記念公園よりも広い森に挟まれてウチらは空を飛んでいく。レーダーに感無し。順風満帆な空の旅やね。
『おねーたん、あっちに、なにかとんでるよ?』
『なんや、鳥かいな?』
センナナちゃんのメッセージに、ウチは姿勢制御の傍ら視覚にリンクする。ウチらの右手側、北に進んどるから、東側やね。そっち側に、翼をはためかせて空飛んどるものを見つけた。
『あれが、とりさん?』
『んー、鳥っちゅうには、少ぅしごつい感じやね。恐竜かも知れんね』
『きょうりゅうさん?』
『ウチらの世界で、ずーっとずーっと昔に滅んだ、爬虫類の子ぉらのこと。ちょい形はちゃうけど、こんなんやで』
センナナちゃんに、プテラノドンのデータを送る。
『わー、すごいねー』
暢気に歓声を上げるセンナナちゃんやったけど、恐竜さんの方はウチらの姿に大慌てしとるようやった。音速超えて飛んどるから、気流をちょい乱してしもうたみたいやね。十数匹の群れのうち、何匹かが墜落していきよった。
『あー、きょうりゅうさんがー』
『こっちの恐竜さんは、頑丈そうやから大丈夫やろ。それより、前、見てみ?』
ウチの声に、センナナちゃんの視界が前方に戻る。森が途切れ、険しい岩山が姿を現し暗雲が見え始めとった。太陽の光を遮る雲が、岩山のこっち側と向こう側をくっきりと色分けしとる。あれが、土下座のヒトらの言っとった魔境やね、きっと。
『くらいとこだね』
『うん。魔境っちゅうくらいやもんね。突入する前に、ちょい速度緩めよか。大気の成分とか、分析ときたいし』
『あーい』
木の一本も生えとらんような岩山の上空で、センナナちゃんは前傾姿勢から直立姿勢へと移行する。脚部のバーニアから噴かす魔素由来のエネルギーは、センナナちゃんの身体を問題無く空中へと留めた。
調査用の、ナノマシンを散布する。向かわせるのはもちろん、暗雲の垂れ込める魔境の内側。大気の成分や重力なんかが違えば、高速で飛び込むんは危険やからね。
『どう、おねーたん?』
『ん、ちょい魔素が濃すぎるみたいやけど、それ以外に問題はあらへんね。取り込んでエネルギー化しとけば、延々飛び続けられそうやわ』
戻って来たナノマシンらの収穫してきた魔素を、エネルギーに変換しつつ答えた。うん。純度が高うて、ええ感じやね。せやけど、普通のヒトらはこんな濃度の魔素の中にいたら、危ないかも知れん。目ぇから常時ビームくらいは、出てまうかもやね。
赤外線を中心に、精査してみる。森で会った熊もどきみたいなんが、仰山おったら危ないから、ちょい間引いといたほうがええかも。そう思うたけど、こっちはハズレやった。高エネルギーを持つ生物も、何にもおらん。少なくとも、半径一キロメートル以内くらいには、やけどね。
『ひとまずは、安全やね。お待たせ、センナナちゃん』
センナナちゃんに調査完了のメッセージを送り、飛行を再開する。ちなみに調査にかかった時間は、五秒ほど。ちょい、慎重になりすぎやろか?
稲光を孕んだ分厚い雲の下を、ぎりぎりの高さで飛行する。時折、魔素が過密状態になり雷さんが落ちて来るんやけど、これはウチの指示やない。
『ぴかぴかって、きれーだね』
雷光に魅せられたセンナナちゃんが、間近で光を見ようとした結果や。たまーに雷さんに打たれてまうんやけど、少々の電流で駄目になってまうほどセンナナちゃんのボディは柔やないから、好きにさせとくことにした。それに、生体センサーにたまーに引っ掛かりよる魔物っぽい反応を避けるには、ええ高度やしね。
魔物を避けるんは、別に怖いとか面倒やとか、そんなんやない。魔物らの一匹一匹に、細い糸みたいな魔素が繋がっとって、それが行先に向かって伸びとるから。たぶん、その中心におるんが、魔王やね。魔物らの活動は、魔王からの魔素が原因みたいや。せやから、大本を絶つのんが、一番ええって訳やね。
『うん? センナナちゃん、前方三キロほどに、高エネルギー反応アリや。何か見えるか?』
『あい。おっきいたてものが、みえるよおねーたん』
センナナちゃんの報告に、ウチは視界をリンクさせる。音速超過から、徐々に速度を緩めてみると、確かにでっかい城みたいなもんが見えた。
『あそこに、まおーっていうのが、いるのかな?』
『間違いなさそうやね。備えも、しとるみたいやし』
稲光に照らされるレンガ造りのお城の目前、五十メートルの距離でスラスターの角度を調整、空中に静止する。
『おそなえ?』
『それは墓にするもんやね。せやなくて……センナナちゃん、ちょい、ハンドガン出すから撃ってみてくれへん?』
『あい』
センナナちゃんの右腕に、搭載火器のプラズマハンドガンを展開する。照準システム、作動。狙いは、お城の天辺にある尖塔でええか。
『ふぁいあー』
無邪気な掛け声とともに、ハンドガンから電子弾が射出される。弾丸はもちろん、魔素から作ったプラズマエネルギーや。地球のもんよりも、自然の力なぶんエコって言えるんやろか?
射出されたんは、六発の弾丸。一秒フラットで六回の射撃を可能とするセンナナちゃんの右腕の機構と、ウチの照準サポートの力もあって弾丸は綺麗に六発並んで飛んでった。どや。
尖塔へ向かって飛んでいった弾丸は、石造りの壁の数センチ手前で弾かれる。魔素による、不可視の壁を張ってたみたいやね。
『かべがあるね』
『うん。それは、予測通りや』
メッセージをやり取りする間に、二発目、三発目と着弾していく。不可視の壁に、ヒビが入りよった。ありゃ? 案外、脆いねんな。四発、五発と着弾する電子弾に、壁がぱりんと砕け散った。視覚情報からは見えへんけど、センサーにはきっちりとそれがわかる。
『あっ』
そして、六発目。割れた壁の間から入った弾が、白い石レンガの壁に到達する。壁は呆気なく、向こう側に崩れていきよった。
『ありゃ、ちょいやりすぎたみたいやね』
『あな、あけちゃったね』
センサーを使わんでも、もう目ぇで見てわかるくらいに壁は破砕されてしもうたみたい。
『どうしよう、おねーたん?』
『とりま、入ろか。せっかく入口こさえたんやし』
『あーい』
ハンドガンに新たな電子弾を装填しつつ、センナナちゃんは崩れた壁に向かって飛行する。体当たりを受けて、壁の穴はさらに拡がったからセンナナちゃんのボディは何事もなく中へと入り込めた。
リンクしたままの視覚に赤外線やら色々のっけて、内部を精査する。中におるんは、生物が一体。何や高価そうな椅子に腰かけとる、浅黒い肌と白い頭髪が特徴的な兄ちゃんやった。
「………!」
ちょっと椅子から腰を浮かして、びっくりした顔の兄ちゃんが何か喋りかけてきよった。聴覚ログに送られてきたそれを、ウチは分析してく。土下座のヒトらとは、言葉が違うみたいやね。それでも、言語は言語や。ウチの手にかかれば、翻訳はあっちゅう間やね。
「よ、よくぞここまでやってきた! 勇者よ、俺様が魔王、テラス様だ!」
頭悪そうな名乗りやったけど、ウチも本気で頑張ったんよ? でも、この訳が限界やね。もしかすると、あんまり賢そうなこと言ってへんのかも知れんね。
『どうしよう、おねーたん』
『うーん、とりあえず、名乗り返したったらええんとちゃうか? あ、それから勇者っていうのは、否定しとこか』
『あい!』
「否。我、勇者に非ず。DW1007、我を表すもの也」
「その口調……てめえ、神兵ってやつか」
兄ちゃん……魔王テラスさんの顔に、苦いものが混じる。恐怖、というのとは違って、厄介で、面倒やとか、そんな感情やね。体温とか脈拍、発汗からそう計れた。
「帰れっつっても、聞き分けるわきゃねーよな。てめえの目的は……やっぱ俺か」
「是。汝を誅滅し、世に平穏を齎さんと欲す」
「へん、神の尖兵が……調子に乗ってんじゃねえぞコラあ!」
ばさり、とマントみたいな布を翻し、テラスさんが立ち上がる。口の端で、何かぶつぶつ言っとるね。聴覚も、一応リンクしとこか。ログだけやと、僅かなタイムラグがあることやし、ね。
「我が力よ炎となりて敵を撃て……! ファイヤーボール!」
いきなり何を言うてんのやろ、このヒト? そんなウチの感想は、二秒後に飛んで消えた。テラスさんの言葉に反応したんは、彼の体内にある濃度の高い魔素。それがこっちに向かって突き出された右手のひらに、しゅっと集まった。
『センナナちゃん、迎撃や』
『あい』
集まった魔素が変化して、まあるい火ぃの玉を形作る。観察を続けてみたかったけど、とりあえずでウチはセンナナちゃんに迎撃を指示する。ハンドガンを持ったままのセンナナちゃんの右手が跳ねるように上がり、ウチのサポートで銃口がまっすぐに火ぃの玉のほうを向いた。
直後、六つの轟音が鳴り響く。聴覚のリンク、切ったら良かったかな? 少ぅしばかり、うるさい銃声やった。
「馬鹿め! どんな小細工かは知らねえが、魔王の魔力をそうそう簡単に、うわっと!」
一発目の電子弾が、火ぃの玉をあっさりと撃ち抜いた。勢いもそのままに、弾丸がテラスさんの腕に着弾する。
「がっ! ぐあっ! 痛っ! ぎゃああ!」
大仰に身体をのけぞらせたテラスさんの腕が、千切れてくるくると飛んでいく。六発のうち、有効弾は四発くらいやったみたいやね。
『うで、ちぎれちゃった?』
『違う。あれは、自分で千切ったんや』
リンクした視覚にテラスさんを捉えつつ、ウチは分析の結果を伝えた。同時に、ハンドガンへ次の弾倉を装填しとく。
テラスさんが、にっと不敵な笑みを浮かべるんが、見えた。
「な、中々やるじゃねえか……だが、これはどうだ! 影渡り!」
宣言とともに、テラスさんの身体が黒く染まり、ゆっくりと足元の影の中へと消えていく。
『うったほうがいい? おねーたん』
『いや、ちょい様子見で』
『あい』
影に溶けてくテラスさんは隙だらけやったけど、追撃はやめとくことにした。二、三十発くらいは撃ち込めそうな時間をかけて、テラスさんの身体は完全に影に溶けて無くなった。
『きえちゃった』
『魔素で、平べったくなって移動しとるだけや。近づいて来とるみたいやから、今のうちに武装ちょい変えるで』
『あーい』
地面の影と同じくらいに平べったくなったテラスさんが、近づいて来よる。速度は、あんまり早く無いみたいやね。五秒もあれば、武装変換しても御釣りが来るんとちゃうやろか。ゆるゆると接近するテラスさんを見下ろしながら、センナナちゃんの左手を変換、近接戦闘向きのショットガンに変えといた。ハンドガンのままでもいけそうやけど、色んな武装を使うたほうがええ経験になるやろし。
「獲った!」
センナナちゃんの聴覚が、背後からのテラスさんの声を捉えた。一秒くらいの待ち時間を経て、平べったい影になっとったテラスさんがむくむくと身体を膨らませ、千切れた右腕の付け根から影の槍みたいなもんを突き出してくる。鋭さといい、速度といい、申し分ない技やね。分厚い鉄板くらいやったら、貫けそう。ただし、ウチのセンサーにはばっちり映っとるし、センナナちゃんにもすでに指示は出しとるけども。
センナナちゃんの左肩の関節が、くるりと回る。旋回したショットガンの銃口が、刺突に近づくテラスさんを真正面に捉えた。
『ふぁいあー』
間髪入れずショットガンの銃口から吐き出されるんは、百二十発ほどの電子散弾。一発の狙いも違わず、それはテラスさんの全身へと命中する。
「ぶげらっ!?」
変な悲鳴を上げて、テラスさんは黒い影みたいなもんを撒き散らしながら吹っ飛んでいく。しゅうしゅうと煙を上げて体表面が焦げとるところを見ると、効果はそこそこのようやね。
『やった? おねーたん』
『それはフラグになるから、やめとき。ダメージはあったみたいやけど……ふーん?』
『どしたの、おねーたん?』
『いや、思うたより、頑丈やねんなって』
衝撃で床を数回バウンドして倒れ伏したテラスさんの映像に、ウチはテラスさんのデータを更新していく。熱源を見るに、今のんでも致命傷になってへんみたい。どないなっとるんやろね?
疑問があったら、即座に分析が今のウチの性分や。調べてみると、テラスさんは身体を魔素で構成しとって、ある程度は自由に組み替え出来るみたいやね。昔のゲームで言うとこの、物理耐性? いや無効かも知れん。電子弾丸で着弾点の魔素を少ぅし削った程度では、応えとらんね、これは。
「ククク、まさか、神兵がこれほどの性能とはな……神も、今度は本気、というわけかよ」
生まれたての小鹿さんみたいに、足をぷるぷるさせてテラスさんが立ち上がる。周囲の魔素を集めて、足を再構成したんやろな。
『どうする? おねーたん』
『分析も終わったし、対策はもう出来たから、ちゃちゃっと倒してまおか』
『あーい』
左腕を武装から通常形態に戻して、かわりにナノマシンを射出する。目ぇに見えん小さなマシンたちが、テラスさんに取りついてその身体から魔素を奪っていく。
「ぐ、おおおっ、な、なんだ、この力は……魔力が、抜けて……うわあっ!」
ナノマシン一体一体の奪える魔素は、見た目通り大した量やあらへん。せやけど、数千、数万のマシンたちが一斉にそれをやったら、どうなるか。結果は、みるみるうちに身体の縮んでくテラスさんを見れば、一目瞭然やね。このまま魔素を奪い尽せば、問題無くテラスさんは処理出来る。そう、確信した直後やった。
『やめろ! 俺から魔力を奪うな!』
声が、聞こえた。それはリンクしとるセンナナちゃんの聴覚とは、別のとこから。どこから? わからへんままに、ウチの視界がブラックアウトする。
『! センナナちゃん!?』
視界リンク、切断。
聴覚リンク、切断。
脳波リンク、切断。
リンク再試行……エラー。
真っ暗闇の中、一斉に情報がシャットダウンされてもうた。何やわからんけど、これって……やばいやつやあらへん? そない思うて、つうっとほっぺを冷や汗が落ちていく。そんな感覚があって、ウチは慄然とした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
次回は、来週……もしかすると、遅れるかも知れません。なるたけ、頑張ります。
今回も、お楽しみいただけましたら幸いです。