04 理解と、進展。 クエスト受注? 任しとき!
トモエちゃんのあらすじ
勢いで、ヒト助けしてもうた。ちょこっとオーバーキル気味やったけど、堪忍な、熊もどきはん。ほんでもって、謎のエネルギー物質を発見。こんなもんが漂っとるとか、危ないとこやね、ここは。
助けたカメに、連れられて。昔話やったら、竜宮城へ連れてかれるんやろうね。別に、助けたんはカメやなくて女の子やねんけど。
「こっちに……付いてきてくれますか? 助けてくれた、お礼をしたいので」
熊もどきを撃退し、危険な物質を吸い取ったウチらに女の子は手ぇを差し伸べてそんなことを言うた。
『どうしよう、おねーたん』
『うーん、まあ、他に行き所もあらへんし、ついてったらええんやないの? うん、って言うて、センナナちゃん』
『あーい』
短い時間の脳内会話で、結論は出た。センナナちゃんは女の子の目線に合わせて屈んだまま、重々しくうなずく。
「承知。汝に追従せん」
「あ……ありがとう、ございます。こっちに、私の村があるんです」
女の子は少ぉし難しい顔を見した後、ぺこっと頭を下げる。こう、難しい言葉の意味を、一生懸命に考えとる感じやね。言語プログラム、ちょいミスったかいな? もうちょい、フランクな感じのがええかも知れんね。せやけど……女の子の口調をそのままコピったら、外見的に、なあ? スキンヘッドのマッチョな中年男ボディの女の子言葉、誰が聞きたい? っちゅう話やね。
些末事に思考を割いとる間に、センナナちゃんは女の子について森の中へと入っていく。木々に調査用のナノマシンを飛ばして、ウチはしばらく分析にかかることにした。そこかしこに漂っとるエネルギー物質、魔素っちゅうやつも取り込んで除去せなあかんし。しばらくは、センナナちゃんの好きなようにさせとこか。
『ちゅうわけで、センナナちゃん。ウチ、しばらく黙るさかい、上手い事やっといたってな』
『あーい』
センナナちゃんの素直な返事を聞いて、視覚や聴覚、外部情報の取り込みをいったんシャットダウンする。何か異変があれば、センナナちゃんが言うてくるやろ。幼いけれど、聡い子ぉやから。それに常時リンクしとったら、エネルギーを結構喰うんよ。補給のきかへん今となっては、省エネは大事やからね。
ナノマシンが持ち帰ってくるデータを、ウチのデータベースに照合していく。木ぃの一本一本でも、気候やらの環境が違えば特性も変わってくる。ここが地球やあらへんとしても、植物の性質を知れば大まかな環境がわかってくる。そう思うて調べてみたんやけど、謎のエネルギー物質、魔素がここでも引っ掛かりよった。
このエネルギー物質は、生物の生命活動に融和していきよる性質があるみたいやね。草木も、光合成やら呼吸やらするからか、魔素がふんだんに含まれとった。ちなみに、こっそり調査したら女の子の身体ん中にも、魔素は仰山あった。爆発とか、せえへんのやろか?
生命から切り離されると、魔素は散っていくみたいやった。倒木や、熊もどきの駆けた跡にある踏み散らされて千切れた草なんかには、魔素はほとんど残っとらん。空気中に、それは不安定な状態で漂ってくみたいやね。ほんまに、危ないこっちゃ。
取り込んだ魔素を、センナナちゃんのエネルギーに変換でけるかも、試してみる。純粋なエネルギー物質なんて、生身のときも電脳になってからも、取り扱うたことはあらへん。せやけど、数千回に及ぶ地道な試行の結果、ついにウチはやってのけた。どやっ。
これで、活動時間が飛躍的に伸びる見込みが出来たで。まあ、魔素が尽きたらあとは太陽はんに頑張ってもらうしか、あらへんのやけども。
『ねえ、おねーたん』
エネルギー物質の兵器転用を試行しとるところへ、センナナちゃんが声をかけてきた。
『ん? どないしたん。何か、異常でもあったか?』
『うん。その、ぼくじゃなくって、まわりがちょっとたいへんなの。どうしたらいい?』
『……とりあえず、状況見せてえな』
試行を中断し、ウチはセンナナちゃんの視覚へリンクする。魔素を混ぜた電気信号によるやり取りは上手く出来たみたいで、もうセンナナちゃんがこそばがることはあらへんかった。
視覚に映るのは、折り重なって背中を見せよる十人くらいのヒトたちやった。
『……なんで、このヒトらは土下座しとるん?』
『わかんない』
センナナちゃんに聞いても、埒は開かへんみたいやね。センナナちゃんの記憶領域にアクセスしたウチは、ちょい前の映像を呼び出してみる。
ナノマシンで魔素の採集をしとるんを、十人くらいのヒトらが眺めとる。目ぇを見開いて、びっくりしてはるみたい。しばらくして、そのヒトらが口々に「神兵様!」とか叫びながら土下座を始める。んで、現在に至る……わけやね。
『うん、わからんね、これは』
『うん。あのね、あのこにあんないされて、あのこのなかまがいっぱいいるところにつれてってもらったの。たすけてくれてありがとうって、みんないってた。そのときに、なのましんがえねるぎーをあつめてって……それでみんなおどろいてこうなったの』
リンクしとるんが視覚だけやから、聞こえては来ぉへんけれどもこのヒトらの神兵様コールはずっと続いとるみたい。ちょっと、不気味やね。
『ウチらは、神兵様っちゅうもんやない。そない、伝えてみ?』
『あーい』
とりあえずのウチの提案に、センナナちゃんは素直に応じた。リアルタイムでの反応を見るために、ウチは聴覚にもリンクをしとく。
「我、神兵に非ず」
「おお、神兵様が言葉を下さった!」
「ははーっ、邪悪のものに知られてはいけないために、正体は明かせぬことは重々承知でございます!」
「神兵様ーっ!」
熱の篭った瞳で、土下座のヒトらは口々に言う。ちゃうねん、って言うても、通じへんみたいやね。
『どないしたもんやろな、コレ……』
『おねーたん、しんぺーって、なあに?』
センナナちゃんの問いに、ウチはリンクした聴覚から集められるだけ情報を集め、分析をしてみる。
『たぶん……めっちゃ強いロボット、みたいな存在なんやね。このヒトらが言うてるんは』
『すごく、つよいの? ぼくたちの、てきさんみたいに?』
『どないやろ? 無人兵器がおるんやったら、このヒトらはたぶん生きておられへんと思うけどな』
土下座のヒトらの細胞を、ナノマシンでこっそり集めて分析してみる。姿かたちは、ほとんど人間と変わらへんみたい。地球の一般的な人間に比べて、少ぉし耳が尖がっとるのと、身体にエネルギー物質が仰山蓄えられとるのが、地球の人間と違うとこやね。こーいうヒトら、どっかで見た気がするんやけど……映画か何かやったっけ?
思索に耽っとる間に、土下座のヒトらの中から一人のヒトが膝を器用に使うて進み出てきた。
「神兵様! 我らの同族の少女をお救いいただいたこと、まずは感謝申し上げます! 我らの領域、魔の森に踏み入った不届きなる熊の魔物を討滅していただいたことも、重ねて御礼申し上げます!」
そう言って顔を上げたんは、すらっとした顔の美形のお兄さんやった。じゃらじゃらと木の実で出来たネックレスなんかしとるところを見るに、このヒトが代表みたいやね。
『別に、大したことあらへん、って言うて』
『あーい』
「造作無き事也」
「おお、流石は神兵様です! その、強大なお力を見込んで、お願いしたい儀がございます!」
代表のお兄さんの顔が、きゅっと引き締まる。綺麗なエメラルドグリーンの瞳に見据えられるっちゅうのは、何やらどきっとするもんがあるね。自前の心臓は、もうあらへんけれど。
『お願いしたいことかぁ……何やろ?』
『きいてみるね』
「何事を」
「はい! 少し前に、この地より遥か北の魔境に、魔王が顕現いたしました! それからというもの、この魔の森には強い魔物が現れ、我らは徐々に居場所を奪われつつあるのです! 神兵様に、伏してお願い申し上げます! どうか、魔王を討伐してはいただけぬでしょうか!」
ごつん、と音立てて代表のお兄さんが頭を地面に勢いよくぶつける。痛そうやけど、大丈夫かいな? それに合わせて、後ろのヒトらも、さっき助けた女の子も同じように頭をぶつけ始めよる。ああ、あかんって。左端のヒトなんか、血ぃ出とるよ?
『ねえ、おねーたん』
軽く引ける光景を前に、センナナちゃんがメッセージを飛ばしてくる。
『ん、ちょお待っててな、センナナちゃん。右腕に、リンクするで……』
『あーい』
センナナちゃんの右腕を上げさせて、土下座のヒトらの無茶を止める。生身の身体やったら、地面と喧嘩しても勝たれへんからね。唐突なセンナナちゃんの動きに、土下座のヒトらはぴたっと動きを止めよった。せやけど、縋るように見つめてくるんは、堪忍してくれへんかな? 断りにくい流れに、なってしもうたわ。
『お待たせ。どないしたん、センナナちゃん?』
『うん。あのね……まおーって、なあに? それから、まものって?』
『ああ、そっか。センナナちゃんは、そのへんの事ようわからんもんね。ええか? 魔王っていうのは、何やよおわからんけど、強ぉい力を持ってヒトに迷惑かける奴のことや。一言でいえば、悪い奴ってことやね。魔物っていうのは、多分魔王さんの手下みたいなもんで、これも多分悪い奴やね。さっき倒した熊もどきも、魔物やったみたい』
随分ざっくりファジーな説明になってもうたけど、これは仕方ないねん。何しろ、マザーとのリンクが断たれとる今、ウチには検索をかけるべきデータベースがあらへんのやもの。まあ、マザーに質問しても、多分正確な答えなんて、返って来えへんとは思うけどね。ウチに解るんは、精々が生身やった頃読んだラノベやらの知識くらいやもの。
『ふうん……ねえ、おねーたん』
『何や、センナナちゃん』
『ぼく、まおーをやっつけたい』
『却下や。それは、マザーの指示やあらへんもの』
センナナちゃんのメッセージに、ウチは否定を返した。目ぇの前のヒトらが困っとるんは確かやけど、相手の戦力もようわからんし、何よりマザーの指示はあくまで無人兵器の殲滅やからね。
『でもでも、おねーたん』
『デモもストもあらへんよ。ウチらはあくまでマザーの』
『おかーさんと、れんらくとれないよね? もしかしたら、おかーさんならいいよって、いってくれるかもしれないよね?』
『…………』
なかなか、痛いところを突いて来よる。確かに、それはそうや。ウチらが無人兵器を殲滅するんは、再び地球をヒトの住める土地にするためやもの。ヒトがおって、困っとるんやったら、助けたほうがええかも知れん。それに……センナナちゃんのメッセージが、少し気になる。
『センナナちゃんは、魔王をやっつけたいんか?』
『うん! だって、みんなこまってるんでしょ? だったら、まおーをやっつけて、ぼくはみんなともっとなかよくなりたい!』
それは、センナナちゃんの意思、と呼べるもんやろか。マザーとのリンクが無うなった今、ウチらには明確な目的、命令も無うなっとる。となれば、事を決めるのは……
『……ええよ。センナナちゃんが、どーしてもやりたいっちゅうんやったら、ウチが全力でサポートしたる』
『ほんとう? やったー!』
造り物の身体に宿った、仮初めの魂。そんなもんに身を任せてみるのも、悪くはあらへんかもね。
『ほんなら、このヒトらに言うてあげて。ええよ、って』
『あい!』
元気の良いメッセージを返し、センナナちゃんは腕組みをして重々しくうなずく。ちなみに、右手出してからのやり取りにかかった時間は二秒ほど。そないに待たせてはおらん、と思うんやけど。
「諾。我、魔王を誅戮せん」
センナナちゃんの声に、土下座のヒトらの顔にはぱあっと明るいもんが広がった。
「おお、引き受けてくださいますか! ありがとうございます! 魔王はこの地より遥か北、不毛の大地である魔境に居を構えております! 長い旅になるでしょう。準備が必要ならば、村の物資を融通させていただきます!」
「否。我、即時出立せん。物資、不要也」
感激しとる代表のヒトにそう答え、センナナちゃんは建物の外へ出る。玄関を抜けると、まばらにログハウスの建っとる集落に出た。
『おねーたん』
『うん。わかっとる』
集落の広場まで歩いたとこで、センナナちゃんから装備使用の要請が入る。
背部ジェットブースター……許可。
脚部スラスター……許可。
レーダーも、一応つけとき。何が飛んどるか、わからへんから。
準備を終えたセンナナちゃんは、膝を曲げて腰を落とし、体勢を整える。細かいバランスや、方角の調整は、もちろんウチの役目や。センナナちゃんを追いかけて集まったヒトらが、遠巻きに見守ってくれとる。これは、格好ええとこ見せな、あかんね。
『前方、及び周辺、クリアや。いつでも行けるで、センナナちゃん』
『あい! いこう、おねーたん!』
気合十分、センナナちゃんが曲げた膝を伸ばし、スラスターを作動させる。地面を削り、センナナちゃんの身体は大きく空へと跳び上がる。
「おお、伝承にある通りだ! 光の神兵、空を切り裂き宙を飛ぶ! まさに……」
ハイテンションな代表さんの叫びを置き去りに、ジェットブースターの加速でセンナナちゃんは空を飛んでいく。魔素があるから、燃料の問題もあらへんね。眼下に流れる深い森の緑を舐めるように、北へ向かってウチらは進んでいった。