03異世界と、襲撃。 お約束とか、ちょお待ってえな。
トモエちゃんの前回のあらすじ
「DW1007ことセンナナちゃんと無事にリンクでけました。せやけど、どうやら不運な事故があったらしくウチらは見知らん世界に。精密機器は、叩いたりしたらあかんね」
一秒ほど、ウチは途方に暮れてた。見知らん場所に、いきなり転送された上にマザーとの接続が解除されて、どないせえっちゅうねん。マザーへ向けて通信波を飛ばしてみたけど、あかんかった。色んな周波数を試したけど、どれも繋がらへん。はて、この地球上に、電波の届かん場所なんて、あったかいな? ウチが生身やった頃の、ケータイやったらともかく……
『おねーたん、なにか、ちかづいてくるみたい?』
センナナちゃんのメッセージに、ウチは現実逃避の思考を並列処理へと送り込む。せや、まず、せなあかんことがあったわ。
『センサー起動。センナナちゃん、戦闘準備や』
優秀な補助脳たるウチともあろうもんが、ぼけーっと突っ立ってたんは痛恨のミスや。まずは、外部の情報を得るとこから始めんと。
センナナちゃんの言うとるんは、足音やな。確かに、徐々に近づく音があるようやった。距離は、五十メートルくらいやろか。森の中から、小道へ向けて駆けてきとるみたい。
『熱源探知……うん? おかしいな』
ウチに首があったら、傾げとるところや。探知されたんは、無人兵器の熱源やなかった。
『これは……生物? 阿呆な。地球上の生物は、とっくにみんな滅んどる筈やで』
並列処理しとる現実逃避思考が、絶好調に働いとる。
『どうしたらいいの、おねーたん?』
『ひとまず、武装をせなね。手始めやから、ハンドガンあたりでええやろ』
伝えてから、センナナちゃんの右腕にアクセスする。
『あはは、くすぐったい』
『我慢せえ。緊急時や』
くすぐったがるセンナナちゃんから何とかアクセス権を奪い、センナナちゃんの右腕にコマンドを送る。右腕に搭載されとるちっちゃいサイバーアームが展開して、センナナちゃんの右腕にはあっちゅう間に大型拳銃が握られた。この間、コンマゼロ二秒。どや。
『プラズマハンドガン、セーフティ解除。ターゲットシステム、リンク完了。これで、どんな下手でも当たる鉄砲の完成や』
『ありがと、おねーたん』
ちょっとした皮肉を込めてみたけど、センナナちゃんは素直にお礼を言いおった。幼い言葉遣いとは裏腹に、センナナちゃんの右手が大型拳銃の照準を近づいてくる生物に向ける。
『まだ、撃ったらあかんで、センナナちゃん』
すぐに引き金を引こうとするセンナナちゃんを、ウチは止めた。その理由は、ひとつ。前方の生物からは、高熱源反応を感じられへんかったからや。哺乳動物並みの体温で、心臓みたいなもんがばくばくと動いとるみたい。荒い呼吸音も聞こえるけど、こんなんが無人兵器なんやったら、脅威でも何でもあらへんね。
がさり、と茂みを揺らして出て来たもんを見て、ウチは一瞬反応に迷うた。ほんの、コンマゼロゼロ二秒ほどやけど。
『あれは……にんげん?』
『せやね。お耳はちょい尖がって見えるけど、人みたいやね』
データベースにはあらへんけど、赤外線やらエックス線やらで観察しよったところ、人間らしい。お目目ぱっちりの、可愛い女の子や。あと十年くらい育ったら、センナナちゃんにお似合いかも知れんね。
女の子は、ハンドガンを手にしたセンナナちゃんの元へまっすぐに駆けてきよった。たまに後ろを振り返っとるとこ見ると、何かに追われてるんかいな? センサーを女の子の駆けて来た方、森の奥へ向けるとその答えはすぐに出た。
『センナナちゃん、おっきい生物が来るで』
『おっきいおんなのこ?』
『男か女かはわからんけど……四つん這いで走ってきよるね』
こっちに向かって走り寄って来る女の子を前に、ウチが告げたその時。がさりと茂みが揺れて、森の小道にそれが姿を現しよった。
『おねーたん!』
メッセージと一緒に、センナナちゃんが武装の準備を求めてくる。びっくりしとるんやろなあ。刹那の思考の最中で、ウチはひとつひとつの要請に目を通す。
左腕搭載の大型バーナー……不許可や。女の子ごと、焼き殺すつもりかいな?
同じく左腕搭載の、多弾頭ミサイルランチャー……不許可。綺麗な森の小道が、でこぼこなってまうやん。
戦術核弾頭搭載りゅう弾砲……ここを焦土にするつもりかいな、あほ。不許可や。
左腕搭載の、ヘビィマシンガン……ま、ええやろ。許可や。左腕にアクセスして、内部構造を組み替えていく。内臓弾数には限りがあるから、無駄撃ちは控えてな。
左腕の変形に、一秒近くかかってしもた。走り寄って来てた女の子が、センナナちゃんの変形を見て足を止めようとしとる。身体能力は、普通の人間とそう変わらんみたいやね。
『センナナちゃん、もうちょい引きつけてから、前に出て撃とか。女の子に、薬莢当たってまうから』
『う、うん』
ウチの指示に従うて、センナナちゃんが大股に一歩、足を踏み出した。リンクした視界が、ぎゅんと動く。動いた風圧で、女の子がころんと転がった。
『そっちは見たらあかんよ、センナナちゃん』
『はあい』
女の子の短い丈の服の裾がまくれて、ちょっと教育上よろしゅうない姿になっとった。センナナちゃんにはまだ早いかも知れん気遣いやけど、やっぱ男はレディに優しゅうせなあかんもんや。
センナナちゃんの視界は素直に、女の子を追いかけてやってきた大きな熊みたいな生物に向いた。ウチもこうなる前はごく普通の中学生やったから、熊くらいは見た事はある。鮭咥えてふんぞり返っとるようなやつやけど。ともあれ、センナナちゃんの視界に映る熊もどきはそんな可愛らしいもんやなかった。
シャープな顔つきに、赤くぎらつく目ぇをしとる。涎がだらだら垂れとる口元には、鋭い牙が仰山あった。そして極めつけに、熊もどきは全長十メートル近くあって、胸元の毛皮には何やら赤く光る字ぃみたいなもんがあった。アルファベットや漢字、象形文字なんかとも照合せえへん、不思議な文字や。熊もどきの熱源と繋がってるとこ見るに、アレは何かの生体器官なんやろな。
『お、おねーたん、もう、撃ってもいい?』
二秒ほど、熊もどきを観察しとったらセンナナちゃんから焦ったメッセージが来た。そうこうしとる間にも、熊もどきはこっちに向けて駆けてくる。
『ええよ。ただし、体組織の分析したいから、あんま散らかさんといてな』
メッセージを返しつつ、ヘビィマシンガンのセーフティを解除する。フイイイン、と甲高い音が、重火器になったセンナナちゃんの左腕から上がった。熊もどきが、弾かれたように顔を硬直させとるけどもう遅い。砲身を右腕で支えるセンナナちゃんのサポートをして、熊もどきに秒間百発の銃弾を叩きこんだった。
ぱぁん、と風船が割れるように、銃弾を受けた熊もどきが弾け飛ぶ。おっきな胴体は、三百発めあたりで見る影も無うなってしもた。あちゃー、やっぱ過剰火力やったか。四散する熊もどきの手足を眺めつつ、ウチはセーフティを掛けなおす。
『おっ、おねーたん、撃てないよ!』
『落ち着き、センナナちゃん。もう、終わりや』
流れ弾を受けて、森の木が二、三本へし折れよった。ああ、貴重な木ぃが……とか思うてるウチのセンサーに、変なもんが引っかかりよった。
熊もどきの、弾け飛んだあたりの空気に、何かが漂っとる。それは、未知の気体やった。センナナちゃんの左腕を元の形状に戻しつつ、ウチは探査用のナノマシンでそれを採取してみた。
『成分……不明。少しの加工で、高エネルギーを放出しよるんか……うわ、危な』
窒素や酸素、二酸化炭素に混じってその物質は空気の中に飛散していきよるみたいやった。ウチは慌てて、それを可能な限りナノマシンで回収する。
隣で転けとる女の子が、半身を起こしてこっちを見とった。呆然としたまま、よう判らん言葉を口にしとる。母音と子音、アクセントの強弱で分析を試みたウチは、それが英語でもロシア語でも、まして日本語でも無いことを理解できた。言語のサンプルがあれば、後は簡単や。コンマ以下の時間で言語データベースを作り、センナナちゃんの脳にそれを転送する。
「魔素を……食べてる?」
女の子が言うとったんは、そんな感じの言葉やった。さっきの気体は、魔素、っちゅうらしいね。
『センナナちゃん、女の子に、大丈夫やった? って声かけたりいな。言語は、さっき送ったので多分通じる思うから』
『うん、やってみるね』
女の子が無意識にかスカートの裾を直したのを確認してから、ウチはセンナナちゃんに指示を飛ばす。素直に従ったセンナナちゃんが、女の子に身体を向けた。
「汝、息災也や?」
声かけられた女の子が、きょとん、としとる。
『へんじがないよ、おねーたん』
問いかけてくるセンナナちゃんに、ウチはおっきいバツ印を見せた。
『そら、あかんよセンナナちゃん』
メッセージを添えつつ、ウチはセンナナちゃんの下肢にアクセスする。何度もアクセスしとるうちに慣れたんか、センナナちゃんはくすぐったがりもせずにウチを受け容れた。
片膝をつかせ、胸の前に右手を当てて女の子の視線を正面からとらえてやり直す。おっきい図体しとるんやから、怖がってまうのも無理あらへんよね。
『この姿勢で、もう一回言うてみい?』
『うん』
脳内会話の直後、センナナちゃんが再び重々しゅう口を開く。
「我、汝の敵に非ず。汝、息災也や?」
最適な環境でリトライしたにも関わらず、女の子はよおわからん、っちゅう表情のまま固まっとった。言語は合っとるはずなんやけど……文化が違うんかいな?
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
次回は来週の投稿になります。