02 覚醒と、転移。どこや、ここは?
トモエちゃんのあらすじ
平和に暮らしとったウチやけど、病気にかかって倒れてしもた。せやけど、何かおかしい。ウチ、まだ生きとるんやろか?
目覚めは、スッキリせんもんやった。そら、そうや。難病抱えた少女の身体は、ちっぽけな一枚のチップになり果ててたんやもの。何ちゅうことをしてくれるんや、政府のおっさんは。ウチの意識は今、電子になってチップの中におって、補助電脳としてサイボーグ兵士さんの脳味噌にくっついとる。
感覚的には、小一時間程意識がぶっ飛んだわ。思考処理がリセットされて、再起動入ったお陰さんでコンマ数秒程度のロスで済んだみたいやけど。
『補助電脳、起動成功。DW1007、続けて起動します』
メカメカしい声が、頭ん中に響いた。ちゅーか、今のウチは頭もあらへんけどな。ちなみにDWっちゅうのはデストロイウォーリアとかそんなんの略語らしい。インストール時に見たデータやと、筋骨隆々の禿げたおっさんっぽかった。
とと、意識を他所へ向けてる暇はあらへん。ウチは、急いで補助電脳としての役目を果たす。この長ったらしい名前のサイボーグは、生まれたばかりの赤さんや。ウチの補助があらへんと、まともに歩くこともでけんっちゅーわけ。神経にアクセスして、二本足で立って歩行するためのバランスをこっちで取ってやる。これが上手くでけへん場合、ウチは廃棄されて新しいウチがインストールされ直す。ウチは目ぇ覚めたばっかりでまだ消えたく無いから、必死に神経にアクセスを試みた。
立って歩くのが、やたらと辛いんはこの身体が重すぎるせいや。身体のあちこちに武装があって、重量は一トン以上もある。視神経にアクセスするついでに、物騒なモンにはセーフティかけとこうな。
『直立二足歩行、成功。次のプロセスに移行します』
あんよは上手、と本体の脳を励ましまくったせいか、覚束ない足取りでこの身体、番号で呼ぶのも愛想無いからセンナナちゃん、とでも呼ぼか。ともかく歩き出したセンナナちゃんの脳にアクセスを試みる。
『おはよー、センナナちゃん。ウチのこと、わかる?』
語り掛けて、言語プログラムがインストールされるまでしばらく待つ。
『あい』
返ってきたのは、幼い声色だった。がくり、と崩れ落ちそうになるのを、ウチは何とか堪える。神経中枢にアクセスしている今、そんなことをすればセンナナちゃんがひっくり返ってしまう。せやけど……
『おっさんがんな声出すなやああ!』
悲しいかな、元の身体は関西人。ツッコミは義務なんや。虚空に、ずびっと手刀を繰り出してしまう。ウチの動きに合わせて、センナナちゃんの身体が動いて何かをぐしゃりと破壊した。ああ、あかんあかん。この身体は、他愛ないツッコミにすら破壊力が上乗せされてまうんやった。
『ごめんね、おねーたん。おこってる?』
怯えたような返答が、センナナちゃんからあった。
『だっ……大丈夫、ウチは怒ってへんから……うん、アクセス成功やね』
危うく第二のツッコミを放ちそうになるが、何とか堪えた。勘弁してほしいわ、ホンマ。
『ほんならセンナナちゃん。マザーに信号、送ってみよか』
『おかーたんに? うん、わかった!』
元気の良い返事とともに、センナナちゃんがピコンピコンと信号を放ち始めよる。送り先は、マザー。仰山おるウチのような電脳や、センナナちゃん達のの産みの母やったりする存在や。元になっとるんは、崩壊前の文明で、冷凍されとったウチのオリジナルさんやね。
実は今は、西暦やあらへんのよ。暦の概念すら、無うなってしもうとる。なんでもちっちゃな国が使うた核兵器が種火になって、世界中でどかどかやらかしてしもたんやね。地球は、もう人の住めへん星になってしもたんや。廃墟になってもうた世界のあちこちで、無人兵器の子ぉらが仰山暴れとる。攻撃プログラムを施しよった人間は居のうなってしもうたけど、命令は律儀に守っとるみたい。恐ろしいけど、ありふれた話やね。そんな中で、奇跡的に見っけられたんが、ウチのオリジナルさんの脳やねん。
人工知能さんに、興味っちゅうもんがあったんかわ判らへん。もしかすると、何とか三原則、みたいなやつで人間見かけたら助けなあかんプログラムがあったんかも知れん。ともかく、ウチのオリジナルさんは駄目になってた生体部分を切り捨てて、電子化されて再び陽の目を見たっちゅうわけや。
オリジナルさんは、荒廃しとる地球を見て、考えた。せめて、何とかして元の綺麗な地球に戻されへんか、その方法をや。そのためには、まず世界各国で暴れとる無人兵器を、何とかせなあかん。無い頭振り絞って考え付いたんが、現状を利用することやった。生み出したサイボーグ兵士で、兵器を破壊する。制御を失うたりせんために、ウチみたいな電脳をサポートに付けとるんやね。あんまり賢うないやり方かも知れんけど、堪忍したって欲しい。なんせ、ウチはまだ中学卒業前の普通の女の子やったんやから。
ちっちゃなチップになって、便利になったこともある。思考速度の加速っちゅうやつやね。益体も無いこと考えとる間に、マザーとの信号は上手くやり取り出来たみたいや。コンマ以下の速度で、返信があったわ。休みの日のお父んに送る帰るメールより、早いんやもん。二千年ちょいで終わってもうた人間の科学も、馬鹿にならんね。
そんなわけで、ウチはセンナナちゃんに目標地点を伝える。字面だけなら昔の映画にあったっちゅう、物質転送装置のトコへ。金属の輪っかをくぐったら、ウチとセンナナちゃんの身体は電子に分解されて、戦場へひとっ飛び。交通渋滞の心配なんて、あらへんのよ。
センサーに、センナナちゃんと同じ反応がいくつもある。皆無事に、コンタクト出来たみたいやね。ぞろぞろと、装置へ向けて歩いとるんやろな。ウチらも、ぼーっとしとられへん。
『ねえ、おねーたん』
センナナちゃんが、メッセージを飛ばしてきよった。
『うん、何や? 身体各部に、異常はあらへんよ?』
不安そうなニュアンスやったから、念のために全身をサーチしてみる。ホンマに、異常は見当たらんかった。
『ぼくのてんそうそーち、へんじゃない?』
メッセージと一緒に、視覚がリンクする。ばちばちと、何やら火花を上げる装置があった。
『普通やないかな? よお判らんけど』
『でも、みんなのはもっとしずかだよ?』
きょろきょろとリンクした視界が動く。確かに、ウチらのだけばちばちしとるみたい。
『うん……変やね。とりあえず、いったん足止めよか。マザーに、聞いてみたるから』
『ありがと、おねーたん……あれ?』
かくん、と視界が傾いた。首を傾げとるんかな、これは?
『どないしたん、センナナちゃん?』
『あし、どうやってとめたらいいかな?』
センナナちゃんの無邪気なメッセージに、ウチはコンマ数秒ポカンとしてもうた。視界はその間に、装置の中へと入っていく。
『う、運動中枢にアクセス! センナナちゃん、ちょっと身体借りるで!』
『あ、まって、おねーたん、そこ、こそばゆいよ』
慌ててアクセスを試みるけど、センナナちゃんにガードされてしもうた。これ、あかんやつかな?
『転送開始……エラー。転送先の座標が不明です。実行します』
『エラーやったら実行せんといてえなあああ!』
『わあああああ!』
センナナちゃんの絶叫と、リンクした視界から流れる眩しい光。成す術もなく、ウチらは不明な座標へ向けて転送されてゆく。ああ、さいなら。オリジナル以上に、短い人生やったわ。出来れば、太陽さんのとこに転送されたりしてくれへんやろか。死ぬなら、一瞬の方がええわ……
ぐらりと、激しい揺れがあった。やかましいアラート音が、鳴っとる。どうやらウチらは、電子の粒から無事に実体化出来たみたいや。即座にウチは、アラートの詳細を確認する。マザーとの、接続が解除されたみたいやね……
『んえ? えええええ!』
思わず、変な声が出てしもうた。
『おねーたん、どうしたの?』
センナナちゃんが、ウチの声に反応した。
『どうしたも、こうしたもあらへん……』
まずいことになってしもうた。マザーとの接続が外れたっちゅうことは、エネルギーの補給も出来へんっちゅうことになる。どころか、センナナちゃんの他の同期のサイボーグ兵士さんに見つかったら、敵認識を受けてあっちゅう間に蜂の巣や。いや、他のウチがついとるんやから、ワンチャンあるかも知れんけど……
『ねえ、おねーたん』
『うん? 何や。ウチ、今必死に考え事を』
『ここ、どこかわかる?』
メッセージを寄越しながら、センナナちゃんが視覚をリンクさせて来よった。浮かび上がる映像は、森の入口らしい小道と、草の生い茂る平原やった。センナナちゃんの疑問に答えるべく、ウチはデータベースの中から合致する地形を探る。
『……どこやろ?』
おかしい。ウチの中には、地球上のあらゆる地形がインプットされとる筈なんや。グー何とかマップも真っ青の、ナビが出来る筈なんやけど……現在位置は、不明やった。
『みて、おねーたん』
ぐりん、とセンナナちゃんの視界が、上を向く。真っ青な空に、太陽さんが浮かんどる。それも、二つや。
『太陽さんが、二つ……なんやねん、それ』
コンマ以下の思考速度が、困惑で埋め尽くされてまう。
『すごいね。きちのおそとって、こんなせかいだったんだね』
のんびりと、センナナちゃんが感想を漏らす。
『んなわけ、あるかーい!』
ウチのツッコミは、センナナちゃんの脳内に空しく響き渡っていきよった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
続きは来週くらいになるかも知れません。よろしければ、お楽しみにお待ちください。