01 こんにちは、そしてさようならやね。
※第一話には、鬱展開が含まれます。ご注意ください。
人生ちゅうものは、長い短いで計るもんやなく、どう生きてきたか、で決まるもんやと先生は言うとった。短こうても悔いの無い人生であれば、それは素晴らしいもんなんや、と。でも、十六年めにして寿命を迎えるっちゅうのは、あんまりにも短すぎる気がするんやけどな、ウチは。
中3の冬に、ウチは倒れた。別に、転けたっちゅうわけやあらへん。その日は体育の授業もあって、仰山ハードル飛びまくったんは、覚えとる。頭を打ったわけでも、あらへんかった。
せやけど、放課後になってふらーふらって眩暈がして、ウチは倒れた。だあれもおらん教室の中で、カバンの中身を盛大にぶちまけて。たぶん、先生が見つけてくれはったんやろね。次に意識を取り戻した時には、病院におった。
仰山の管が、そん時には身体中に繋がれてた。うっすらと目ぇ開けてみたけど、眩しかったからすぐに閉じてしもうた。
『トモエさんは、残念ながら、もう……』
『そんな……! 何とか、なりませんの!?』
ドラマとかで聞くようなセリフが、ぼんやりした頭ん中に流れてくる。どこか他人事みたいに聞いてたんは、今から考えると現実逃避やったのかも知れんね。
それから眠ったり起きたりを繰り返しとるうちに、だんだんと、眠る時間が長うなってきた。起きてる時には、強張った笑顔のお母んがゆっくりと優しゅうに語り掛けてくれる。りんごが食べたい、とかタコ焼きが食べたいとか、わがままを言うてもよお聞いてくれた。せやけど、ウチが何の病気なんか、いつ退院できるのか、それを聞けばお母んは泣き出してもうた。この時点で、ウチは悟ったんや。仰山の管に繋がれてたときに、聞いたんは幻聴やなくて、現実なんや、って。
年明けからしばらくして、タカちゃんが見舞いに来てくれたんは、覚えとる。受験で忙しい時に、わざわざ来てくれたらしかった。けれど、ウチは半分寝てしもうてて、何を話したんかは覚えて無い。早よ、元気になってな、って、別れ際に言ってたくらいしか。それ以来、見舞いに来た人はおらん。少なくとも、ウチの意識がある内に来たんは、誰もおらん。
夢か現か、混じり合ってよお判らんことになってきた。あんまり寒う無いから、ウチの誕生日は、もうとっくに過ぎてしもうたんやと思う。夢の中で、お父んとお母んが泣きながらハッピーバースデーを歌っとった気がする。あれは、ホンマの出来事やろか。それとも、夢なんやろか。
黒い背広でびっちりと固めたおっさんが、お母んと真面目な顔して話しとった。政府の組織がどーとか、十年とか五年とか、おっさんは必死に何かを訴えかけとった。
おっさんとの話を終えたお母んが、じっとウチの目ぇを見つめてくる。疲れ切った唇が、動くのが見えた。耳はすっかり遠なってしもて、良く聞こえんかったけど、何を言うてるのかはよお判った。
『生きたい?』
全身の力を込めて、うなずく。かすかな動きやったけど、お母んには充分に伝わったみたいやった。安楽死でも、勧めに来たんやろか。けったいなおっさんや。憤然とするウチの前で、お母んがにっこりと笑う。ほっぺに、涙が伝ってた。泣かんとって、お母ん。そう言いたかったけど、口はよお動いてくれへんかった。
それから目ぇを覚ますたびに、黒い背広のおっさんを見かけるようになった。ウチの身体には、また仰山の管が繋がれ始める。目覚めるたびに、おっさんはお母んと話をしとった。説得しても、無駄やでおっさん。ウチは、生きられるだけ、生きるんや。お母んに貰うた、大事な命やもん。
そして、ついに、最後の日がやってきたんやろな。ぼんやりとした視界に、お父んとお母んの姿がおった。あと、背広のおっさんも。白衣着た先生は、おらんかった。
『トモエ』
『トモエちゃん』
お父んとお母んが、名前を呼んでくれる。ウチはほとんど力の入らん身体やから、代わりに瞼を動かして応える。
『………』
背広のおっさんも何か言うたみたいやけど、よお判らんかった。せやからウチは、お父んにまず目を向ける。忙しいやろに、仕事休んでまで来てくれて、ありがと。それから、不出来なムスメで、ごめんなさい。歯を食いしばって涙するお父んに、視線だけで伝えてみる。でも、目ぇつぶって泣いてるから、見えてへんのかも知れへんな。
頬を撫でてくれるお母んに、目を向ける。産んでくれて、ありがと、お母ん。先に逝って待っとるから、ゆっくりおいでや。お父んに、あんまり厳しゅうせんといたってな。貧乏でも仲のええ両親が、ウチの自慢なんやから。お母んは判ってくれてるみたいで、大粒の涙を流しながらもにっこりと笑うてくれてる。うん、綺麗や。お父んも、惚れ直すんやないかな?
眩しい視界が、少しずつ暗うなってくる。ああ、そろそろやねんな。全身の感覚が、痺れが無くなっていく。痛みも息苦しさも、全部、全部。もう一度、両親の顔を見とこか。今までウチを育ててくれた、最愛の人の顔を。そない思うてみるも、瞼が重くなって閉じていく。待って、ウチは、まだ……
闇の中に、落ちる感覚があった。それからすぐに、ぷつん、と何かが繋がるような感覚も。
『冷凍休眠、解除。データをインストールします』
不思議な文字が、真っ暗な視界の中に流れてくる。直後、ウチの頭ん中は膨大な文字で埋め尽くされた。何や、これは!? 痛い! やめて! お父ん! お母ん! たすけて! ぴりぴりと頭の奥に痛みが走り、ウチは声にならん叫びを上げる。せやけど、文字は止まらんかった。
『インストール、完了』
その文字が流れたとき、ウチは全てを理解できた。