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星読みの王女  作者: 白藤結
第1部
7/8

1章-5

(冷たくしすぎたかな……?)


 リズは馬車の中で一人きり、書類を片手に毛布にくるまっていた。

 思い返されるのは、昼間のウィルフとのこと。結局あの後何も会話をせず、……間もなく一日が終わろうとしていた。

 もしかしたら、明日もこのままかもしれない。そんな不安がリズに絡み付いて、眠れそうになかった。


(話をしよう……)


 そう思って、リズは立ち上がった。書類と毛布は置いて、馬車のドアを開ける。

 キィ、という小さな音に反応して、近くにいた兵士二人が勢いよくリズを見る。数瞬後、浮かべるのは安堵しきった表情。


「王女殿下、どうなさったので?」


 兵士の一人が言った。


「少し、ウィルフと話したいの。会えるかしら?」


 兵士たちは眉を寄せて、お互いの顔を見た。どうやら難しいらしい。

 兵士たちが口を開きかけたところで、別の声が入り込んだ。


「それくらい大丈夫ですよ。俺がお供します」


 そこにいたのは筋骨隆々なものの、人が良さそうな表情を浮かべる男性。手にはカンテラを持っていた。これから、どこかに行くよう。

 その男性を見て、慌てて二人の兵士たちが姿勢を整えた。


「は、ハインズ大将! ですが、王女殿下に何かあっては……」


「だから俺がついて行く。不安ならどちらかがついて来い。何か咎められたら、俺の命令だって言えばいいからさ」


 そうして気安げに兵士たちの肩を抱くハインズ大将。その後ぼそり、と彼が何やら呟くと、二人の兵士は頷き合った。

 リズの位置からは何を言ったのか聞こえない。けど、どうやらそれは渋る二人を納得させるようなものらしかった。


「分かりました。俺がついていきます。──ここは頼んだ」


 兵士の一人が言って、もう一人に頼み込んだ。もう一人も頷く。その様子を見て、ハインズ大将は嬉しそうにしていた。満面の笑みで頷いている。

 そして、ハインズ大将は笑顔のままリズに手を差し出した。


「では、参りましょう、王女殿下。この俺、イートン・ハインズがお送りします」


「ええ、お願いするわ」


 そう言いながら、リズは目で手を引っ込めるよう伝えた。けれども、ハインズ大将はニコニコと手を差し出したまま。

 伝わっていないのか、伝わっていながらも敢えて無視しているのか。

 ……しばらく見つめ合って、仕方なく、リズは彼の手を取った。


「では参りましょう」


 ハインズ大将がリズをエスコートして歩き出した。触れる手のひら。何か、むずむずする。振り払いたくなるのを我慢しながら、リズはゆっくりと歩き始めた。



 ……しばらく歩くと、見えてきたのは多くの木々。森だった。


「……ハインズ大将、さすがにこの先に進むのは……」


 森には多くの獣がいる。一応この軍の指揮を任されているのはリズだ。そんな彼女が万が一獣に襲われては……。

 ハインズ大将はにっこりと笑みを浮かべた。


「大丈夫。この命に代えても、俺が王女殿下を守りますから」


 そう言って、ハインズ大将はぐい、とリズの手を引いた。チラリ、とリズが後ろからついて来ているはずの兵を見ると、彼もまた緊張した面持ちだった。……もしかしたら彼は、この森に入ることを分かっていて反対していたのかも。申し訳ない……。

 リズは表情筋を強ばらせて、森の中へと足を踏み入れた。


 木の葉に遮られ、まだら(・・・)に差し込む月明かり。ハインズ大将の持つカンテラがやけに眩しかった。

 ドレスが草に触れる音を聞いて、少しリズは不安になる。


(汚れ、取れるかな……?)


 行軍中にも関わらずドレスの汚れを気にするあたり、リズはやはり王族だと言えよう。


 ……しばらく歩いて、何やら音が聞こえてきた。キィン、という金属同士のぶつかり合う音。リズは何の音だろう? と首を傾げるばかり。

 ハインズ大将は悠々と、兵士はほんのりと緊張の色を見せて進む。


 少しずつ音は大きくなっていき……やがて、開けた場所に出た。キラリ、と一瞬光が目に入って、リズは思わず目を閉じる。

 目を開けると、中央にある小さな池を中心に、人が三人ほど縦に連なって寝そべれるほどの空間ができていた。

 そして、その場所で、見覚えのある二人が剣を交えていた。


「ウィルフに……クレスウェル将軍?」


 ぽつり、とリズの口から驚きが零れ落ちた。二人はどうやらリズたちがやって来たことに気づいていない様子。今なお剣をぶつけ合って……否、ウィルフが剣を振り、それをクレスウェル将軍が受け流していた。

 二人の間には素人目でも分かるほど圧倒的な実力差がある。だけど、ウィルフはひたすら剣を振り続けた。


「軸がぶれてる! 一太刀浴びせたら終わりだぞ! そんなんでできるのか!」


「はいっ! やってみせます!」


 そう会話している間も金属音が止むことはない。

 すっ、とハインズ大将が腰をかがめ、リズの耳元に口を寄せた。


「あいつは、行軍が始まってからずっと、毎晩、クレスウェル将軍に稽古をつけてもらってたんですよ。最初は剣を持ち上げることすらできなかったし、ほかの兵たちにもバカにされていたけれど、あいつはずっと頑張って……今や、みんなの弟分みたいな存在ですね」


 知らなかった。ウィルフがそんなことしていたなんて。

 リズはぽかん、とウィルフを見つめた。


「これも全てあなた様のためですよ。……いい侍従を持ちましたね」


 ──全てあなた様のため。

 その言葉が嬉しくて、たまらなくて、胸が痛い。涙がこぼれ落ちそうになるのを、必死に堪える。


(ウィルフに、ありがとうって伝えよう。それと、昼間はごめんなさい、とも)


 そう思って、リズが一歩踏み出した時だった。


「っ! ハインズ! 殿下を!」


 突如クレスウェル将軍が叫び、ウィルフの剣を受け流してからリズたちの方へ走ってきた。その間にハインズ将軍と兵士は抜刀する。

 リズがよく分からなくて首を捻っていると、突然金属音が。それも、リズの真後ろから。

 リズが振り返ると、黒衣を着た人物の剣をハインズ大将が受け止めていた。


 ──暗殺。


 その二文字がリズの脳内に浮かび上がる。

 どうしよう。どうすればいい? 何をすればいい?

 もう、何が何だかよく分からなかった。


「えっ、王女様!?」


 ウィルフの声が、遠くから聞こえた。リズは慌ててそちらに走り出す。よく分からないけど、そうしたかった。


「殿下!」


 太く、低い声が辺りに響き渡った。クレスウェル将軍か、ハインズ大将か。分からない。ただリズはウィルフの元へ向かうだけ。

 シュッ、と音を立てて、何かが耳の横を走った。耳環が鳴る。


(アルヴィン……)


 リズは足を止めて、耳環に手を伸ばす。しゃらん、とまた耳環が鳴った。

 ……その音を聞いて、少し落ち着く。ずっとずっと共にあった耳環。大丈夫だよ、と言われてるような気がした。


「王女殿下」


 目の前にクレスウェル将軍がいた。いつの間にか、金属音も止んでいる。

 クレスウェル将軍は怒ってるのか、安心しているのか、よく分からない表情を浮かべていた。多分、どっちも。


「……そうですね、襲われたとき、どのような行動をすれば良いのか、も明日教えましょう」


「……はい」


 先ほどの行動が良くないことは、リズにも何となく分かっていた。だから攻撃を受けそうになったのだ。素直に反省する。


「王女様、お怪我は!?」


「ウィルフ……。大丈夫よ」


 そう言って、リズは微笑む。……少し、ぎこちない笑顔。

 ウィルフはそっと、リズの頬に自らの右手を添えた。


「……無理に笑わなくていいですよ。初めてのことでしたしね」


 鼻の奥がツンとする。理由は分かっていた。罪悪感だった。

 リズは目を伏せて、小さく「ありがとう」と言った。


「さっきの言葉もだけど……こんな私のために、剣を握ってくれて、ありがとう。それに、昼間もごめんなさい」


「こんな、なんて言わないでください。あなた様は素晴らしい方です。こんな僕でも、そばに置いてくれてます。だから、あなた様を守りたくて、剣を手に取りました。僕が勝手に始めたことです。お礼はいりません。それに……昼間は、僕も悪かったです。すみません」


「……ありがとう」


 ぽたり、と零れ落ちた言葉。泣いているかも、と思い、ウィルフは自然と下がっていた視線を上げる。けれども予想に反して、リズは泣いてなかった。その強さはかっこよくて、……脆い。そう、ウィルフの目には映ったのだった。

1章は残り1話です。

明日更新できなかったらすみません。

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