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星読みの王女  作者: 白藤結
第1部
2/8

序章-2

 それからアルヴィンの少しだけ変わった日々が始まった。牢にいるのは変わらない。けれど、アルヴィンの生活にリズが増えた。毎日やって来て話をするリズのおかげで、憂鬱な日々はどこへやら。とても楽しくて、輝かしい時が続いた。


 この日々は、国に戻った後も、死ぬまでずっと、アルヴィンの二つ目の宝物になった。

 もし、リズと会わなければ……そう思うことは決してなかった。




 アルヴィンがリズと出会って半年ほど経ったある日。その日も、いつもと変わらない日のはずだった。


「アルヴィン」


 降ってきたリズの呼びかけに、アルヴィンは顔を上げた。


「リズ」


 アルヴィンはリズの顔がよく見える位置に移動する。リズは降りてきて近くで話したいようだったが、アルヴィンがそれを拒否した。牢の中にいるのを見られたら、おしまいだから。……外から見られても同じことだけど、外にいるのなら、まだリズには逃げられる可能性があるから。

 歩く度にジャラリ、と足枷が鳴るけれど、アルヴィンの表情は変わらない。足枷は彼の体を縛り付けることはできても、もう彼の心を縛ることはできなかった。


 アルヴィンはいつもの位置で座り込んだ。少し顔を上げると、リズと目が合う。アルヴィンがじっとリズを見つめていると、彼女は笑った。とても美しい笑顔。その笑顔を見るのが、アルヴィンの密かな楽しみだった。


「じゃあ、アルヴィン、あなたの話を聞かせて?」


 リズの言葉に頷いて、アルヴィンは話し始めた。話すのは、故郷にいた時のこと。例えばテーブルマナーの教師に仕掛けた悪戯や、いつもフードを被って顔を見せない歴史教師のフードを取ろうとしたこと。

 これらを話すのには、理由があった。


 ──お互いを知っていきましょう?


 そう、リズが言ったから。だから毎日、ぽつりぽつりと、二人は互いのことを交互に話した。夜のたった三十分しか話せないため、一晩のうちに語れることは少ないけれど、日を重ねるにつれ、互いのことをよく知るようになってきた。

 アルヴィンは戦略を練るよりも実際に戦う方が得意だとか、リズは母である側妃のことが大事だとか。些細だけど、当人にはとても大切なことを知っていった。


 今日アルヴィンが話したのは、馬術の訓練のことだった。


「僕は馬術が好きなんだ。よく無理を言って遠乗りに行ったし、例え皇子らしくなくても、自分の馬は自分で世話をした。僕の愛馬はユーフィットって言って、七歳の誕生日プレゼントで、陛下からいただいたんだ。その時からずっと一緒に育ってきたけれど……」


 そこで、アルヴィンの口が止まった。口を開いては、何も言わずに閉じる。そんなことを繰り返していた。

 リズは首を傾げる。けれど、アルヴィンは続きをあまり話したくない、ということは分かった。


「言いたくないのなら、言わなくていいのよ?」


「……ううん、言うよ」


 そう言って、アルヴィンは大きく深呼吸をした後、ぽつり、と話し出した。


「……ユーフィットは、殺されたんだ。遠乗りに出てる時のことだった。いきなり襲われて……ユーフィットも、矢を射られて……倒れた。付き添いの兵士たちも頑張って僕を逃がそうとしたけど、ユーフィットが倒れたから逃げられなくって……。それで、気絶した後、目が覚めたらここだった」


 思い沈黙が満ちる。アルヴィンは顔を上げてリズを見た。……顔を伏せているため表情は分からないけれど、肩が震えていた。何を思っているのだろう? とても、不安だった。もし、リズが自国を馬鹿にされたと怒ったら……それを受け入れよう。そう思った。けれど……。


(離れるのは……嫌だな)


「……あなたは、悪くないわ」


 ぽたり、と降ってきた声。まるで泣いているよう。けれども、顔を上げたリズの瞳に浮かぶのは、涙ではなく怒りだった。


「悪いのは、あなたを売った(・・・)人たちよ」


 リズは立ち上がって、くるりと踵を返した。


「……そろそろ戻るわ。おやすみ、アルヴィン。また明日」


 感情を押し殺した声に、アルヴィンは少しだけ嬉しくなった。彼女が自分のために怒ってくれている。それがたまらなく嬉しかった。


「……うん、おやすみ。また明日」


 返事はなかった。アルヴィンはリズの足音に耳を澄ませる。

 ……足音が止まって、「ひどい」というリズの声が聞こえた。



△▼△



 翌晩。いつもの時間にリズは現れた。だけど、その表情は浮かない。


「どうしたの?」


「……何でもないわ」


 そう言って、リズは笑顔を浮かべた。だけど、いつもよりぎこちない。

 アルヴィンは首を傾げて、リズに元気のない理由を尋ねようとした。

 しかし、その前にリズが口を開く。


「……今日は、私の話ね」


 ぽつり、とした声に、アルヴィンは胸が締め付けられた。何で? 分からない。けど、胸が痛い。

 そんなアルヴィンに気づかないまま、リズは話し始めた。今日の話は、母と自身のこと。


「私の母様が側妃だっていうのは、前に話したよね?」


 アルヴィンが頷こうとしたとき、リズはまた口を開いた。


(……どうしたんだろう?)


「実はね、母様は『星の一族』なの」


 ひゅ、とアルヴィンは息を呑んだ。

『星の一族』は、世界各地に散らばる謎の多い一族だ。分かっているのは、星を読んで未来を予測することと、決して表舞台に出てこないこと。それだけ。

 そんな一族の一人がアドゥリス王国の側妃……。


「といっても、勘当されてるけどね。……だけどそれは機密事項で、知ってるのは父様とか国の重鎮たちくらい。だから私は平民の側妃の娘って思われてるわ」


 アルヴィンはぽかん、とリズを見つめていた。何しろ、今まで話してきたのは互いのプライベート。国の重要機密に関しては互いに避けてきた。なのに彼女は、国でも最高機密であろうことを話した。敵国の皇子に。

 だけど、アルヴィンにはある確信があった。


(多分、あまり元気がないことに、関係あることなんだ……)


 実際、そうだった。


「……だから、私も半分だけ『星の一族』の血を引いてて、……星を読んで、未来も母様ほどじゃないけど、分かるの。それで……」


 リズは黙りこくった。昨夜のように、重たい沈黙が二人の間に降りる。

 アルヴィンは俯く彼女を見て、今すぐ抱きしめたくなる。だけど、二人の距離は遠いままで……それは不可能だった。


 すっ、と息を吸う音が静寂を裂く。それと共に、リズが顔を上げた。瞳には覚悟と、その後ろに不安が漂っていた。


「……私は、あなたがここに来ることを知っていたの。そう、星が告げたから。……正直、初めてそれを知ったとき、どうでも良かったわ。だって、私の世界にあなたはいなかったもの。だけど……」


 リズは一旦、言葉を区切った。そして息を大きく吸い込み、口を開く。そうでもしないと、言えないようだった。


「私の世界の外にも、世界が続いているんだって、あなたと会って知れたわ。……ありがとう、アルヴィン」


 はっきりとした言葉。だけどどこか不安定さが感じられて、アルヴィンは気がかりだった。

 ──抱きしめて、隣に立って、……彼女を守りたい。そんな思いがアルヴィンの心の内に生まれる。

 けれど、二人の間には明確な差があった。王女と囚人。アドゥリス王国の王女と、敵国のマクリガーテ帝国の皇子。けして、隣に立つことはできない。


(だけど、だけどっ!)


 暴風雨のように、感情が荒れる。どうにかしたかった。どうにかして、彼女の隣に立ちたい。守りたい。

 ……ふと、アルヴィンの心中にある考えが現れた。けれど、それを実行に移すのは憚られた。だってそれは、リズの日常を壊すことだから。だけど……。


(これしか、ない。僕が彼女の隣に立つには、これしか……)


「アルヴィン?」


 不安げなリズの声に、アルヴィンは現実に引き戻された。まずは、そう、彼女に伝えなきゃ……。


「リズ、下りてきてくれる?」


 その言葉に、リズはゆっくりと頷いて、ロープを垂らしてから降りてきた。

 アルヴィンは降りてきた彼女の傍に立って、瞳を見つめた。深い青の瞳は、不安げに揺れている。それが堪らなく愛おしくて、アルヴィンはそっと口付けを落とした。

 ぴくり、と跳ねるリズの体。数秒の後、アルヴィンは顔を離して、自らの右耳に手をやった。しゃらり、と揺れる黒と青の耳環。……まるで、僕らみたい。


「これ、あげる」


 そう言って、アルヴィンはリズの右耳に耳環を付けた。一つ目の宝物。それをリズにあげた。

 リズは驚いた表情でアルヴィンを見た。彼女に、この耳環が大切なものだと話したことがあったからだろう。

 アルヴィンはクスリ、と笑って、リズを抱きしめた。


「だから、待ってて。迎えに来るから」


「どういうこと……?」


 リズの問いかけに、アルヴィンは何も返事をしなかった。ただ、笑顔でリズを見つめていた。




 翌日の夕刻、リズは兵たちによって凶悪な犯罪者(アルヴィン)が逃げ出したことを知った。




「言えなかった……」


 ぽつり、とリズの口から公開の言葉が零れ落ちる。小さく、後悔に満ちた声は、聞く者に悲哀の感情を抱かせた。


「ごめんなさい、アルヴィン。私、知ってたの。あなたが──……」


 そう言って、リズは顔を覆った。申し訳なくて、辛くて、悲しくて、……彼が哀れだった。

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