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星読みの王女  作者: 白藤結
第1部
1/8

序章-1

1章終わりまでは毎日更新です。

 シャラリ、と鎖の音が闇に響く。少年は膝にうずめていた顔を上げた。漆黒の髪に、やせ細った体。苛烈な色を秘めたエメラルドの瞳が、やけに印象的だった。

 少年はそうっと立ち上がる。しゃらん、と耳元で鳴り響くのは、青と黒の宝石でできた耳環。彼のたった一つの宝物。

 動く度に、足枷が鳴る。ジャラリ、という音は、少年にとって忌々しいもの。……屈辱の証だった。

 少年の向かった先は、この地下牢で唯一の窓の下。足枷をあまり鳴らさないようにして、床に寝そべる。

 夜空は相変わらず美しかった。零れ落ちそうなほどの満天の星は、故郷と何ら変わりない。


 それが、とても辛かった。

 故郷と違ったら、諦めることができたかもしれないのに。


 頬を熱い涙が伝う。悲しみや憎しみ……色々な感情が混ざりあって、溢れ出して、止まらなかった。



「どうしたの?」


 少年が涙しながら空を眺めていると、声をかけられた。いつの間にか、少女が窓から顔を出していた。


(……妖精みたい)


 あまり働かない頭で、少年はそう思った。

 事実、少女はそれほどまでに美しかった。長い金髪が月光を受けてキラキラと輝いていて、青の瞳は、まるで吸い込まれそうなほど、深い色をしていた。

 ぼうっと少女を眺めていると、少女は少し不機嫌になったようで。


「ねぇ、どうしたのって言ってるでしょ」


 ぷくっと頬を膨らませるその姿は、とてもあどけない。

 ふと、少女ともっと近づきたいと思って、体を起こした。ジャラリ、と鎖の音が鳴るけれど、気にしない。


「……君は?」


 少年は言葉を絞り出した。それだけを言うのがやっと。喉がカラカラに乾いて、声が出しづらかった。

 少女はきょとん、と少年を見つめていた。どうして少年がそう言ったのか、分かっていない様子。


「……私が質問したんだけど?」


 少し、威圧的な言い方。けれど、少女はただ疑問に思っただけだった。


「え、あ、……ごめん」


 少年はちょっぴり困惑しながら、謝った。あれ、何で謝ったんだろう?

 それを聞いて、少女は破顔した。まるで、花がほころんだよう。


「いいわ。じゃあ自己紹介してあげる」


 そう言って、少女は窓枠に座った。ふんわりと揺れる、水色のドレス。

 少年は思わず見惚れてしまった。頬が紅潮する。

 少女はゆっくりと、はっきりと言葉を紡いだ。少年にとって、屈辱となる言葉を。


「私はリズ。リズ・アドゥリスよ」


 リズ・アドゥリス。その名前に、少年は聞き覚えがあった。有難くないことに。

 ゆっくりと、少女の名前を噛み砕く。甘くて苦い。そんな名前。


「リズ・アドゥリス? アドゥリスの第三王女の……?」


「ええ、そうよ」


 認めて欲しくなかった。けれど少女は認めた。……屈辱だった。

 少年はそっと立ち上がった。ジャラリ、とした鎖の音が、やけに耳障り。窓が少年の身長よりもうんと高い場所にあるために少女に見下ろされるのも、癪だった。


「ねぇ、あなたの名前は? どうしてこんなところにいるの?」


 何も知らない、少女の問い。ぷつん、と何かが切れる音がした。

 少年はキッと少女を睨んで、叫ぶ。


「僕の名前はアルヴィン・マクリガーテ。マクリガーテ帝国の、第二皇子だ!」




 それが、後に将軍として名を馳せることとなる、アドゥリス王国第三王女リズ・アドゥリスと、彼女と敵対することになる、マクリガーテ帝国第二皇子アルヴィン・マクリガーテの出会いだった。



△▼△



「アルヴィン!」

「……」


 アルヴィンは頭上から降ってくる明るい声を無視した。そちらを向くことすらしない。だって……とても腹立たしいから。リズではなく、敵国の王女に見惚れてしまった自分が。


 あの日以来、リズは毎晩アルヴィンのいる牢にやって来るようになった。けれども、まともな会話はしてない。アルヴィンが無視をするからだった。

 けれども、リズは毎晩やって来る。そのことに、アルヴィンはほんの少しだけ……胸が痛んだ。


「いくよー!」


 そんな声が降ってきた数瞬後、ぽて、と頭に何かが当たった。アルヴィンはそれが床に着く前に取る。彼女が来た証拠を消すために床に落ちたパンを食べるなど、プライドが許さない。

 しぶしぶ、といった体を装って、アルヴィンはリズの落としたパンを口にした。……固い。それでも、貴重な食料だから、文句は言ってられない。「腹が空いては戦はできぬ」とも言うし……。


 アルヴィンの食事は、かつては一日一回運ばれてくるスープのみだったけど、いつからか、リズがパンを持ってくるようになった。多分、アルヴィンの食事量を察して、彼女の朝食に出るパンをこっそり持って来てくれてるんだと思う。アルヴィンは少しだけ、リズに対して申し訳なかった。

 ……だけど、それを伝えることはしない。


 彼女は敵国の王女だから。


 その事実が、重くアルヴィンにのしかかる。敵国の王女に施しを受けるなんて、屈辱だった。


「……ねぇ、アルヴィン。そんなに私が嫌い?」


 アルヴィンはそっと目を閉じて、心を空にする。そうしなきゃ、思わず言ってしまいそうだったから。──違う。僕が嫌いなのは、僕自身だ、と。


「私が王女だから?」


 震えた声に、心がぐらつく。


「……そう、分かったわ」


 何かを決心した声。きっと、彼女はこのまま去るのだろう。アルヴィンが、何も言わなかったから。


(これは、食料が減るのが不利益になるから……だから……)


 そう言い訳をして、アルヴィンは決めた。彼女の言葉に返事をして、君のことは嫌いじゃない、と伝えよう、と。

 勇気を振り絞って口を動かした矢先、ドサ、と音を立てて何か(・・)が落ちてきた。それ(・・)は何事もなかったかのように立ち上がり、ドレスの裾をはたいて汚れを落とす。

 アルヴィンはぽかん、と口を開けたまま固まった。だって、有り得ない。


「──……リズ?」


 リズはアルヴィンの方を見て、にやり、と笑った。まるで為政者が浮かべるような表情だった。


「ええ、そうよ。正真正銘、あなたの嫌いなリズ・アドゥリスよ」


 アルヴィンが必死に現状を呑み込もうとしている間に、リズはカツカツ、と音を立てて彼に近づいた。そして、アルヴィンの腕を引っ張って立ち上がらせる。


「私、あなたと仲良くなりたいの。だから、まずは話をしましょう? 例えあなたが私を嫌いでも、私のことを知らずに嫌われるのは癪だわ」


 リズは少し不機嫌そうにアルヴィンの腕を離し、半歩後ろに下がってから右手を差し出した。

 その時になってようやく、アルヴィンは現状を理解した。リズが身長の倍程度の高さにある窓から飛び降りて、牢に入ってきた。たったそれだけのこと。だけれど、本来なら有り得ないことだった。


 アルヴィンは幼い頃から、例え誰かの命を見捨てることになっても自らの身を守れ、と言われて育ってきた。皇帝の血をなるべく絶やさないために。きっと、そのことは他国でも変わらない。この国でも王族の血を絶やさないよう、王族は教育されているはずだった。

 なのに、リズは下手したら怪我をしてしまう高さから飛び降りた。今回彼女が一切怪我をしなかったのは、ただ運が良かっただけ。

 王族として考えられない行動を、彼女はとったのだ。


(何なんだ、いったい……)


 アルヴィンにとって、リズはよく分からない存在だった。何故か、敵国の皇子である自分と親しくなろうとするから。それが今回のことで、更に分からなくなった。

 けれど同時に、とても興味深く思えた。分からないから知りたい。至極単純なこと。



「──……ねぇ」


 不機嫌な声が、アルヴィンの思考を遮った。リズがいつの間にか手を下ろし、思いっきり眉を寄せてアルヴィンを見ていた。……いや、睨んでいた。


「そんなに、私のことが嫌いなの? 握手もしたくないほど?」


「そ、そうじゃない!」


 思わずアルヴィンは叫んでいた。


「ただ、君のことがよく分からなくて……」


 そこまで言って、アルヴィンは口を抑えた。それと共に、無意識のうちに言葉を発していたことに心底驚いた。こんなこと、今まで経験したことがなくって……。

 アルヴィンの言葉を聞いて、リズはクスリ、と笑った。


「私もよ。私も、あなたが何でそんなに私を嫌うのか、分からないの。だから、お互い知っていきましょう?」


 そう言って、リズは改めて手を差し出した。

 アルヴィンは熱に浮かされたように、笑う彼女を見ていた。思い起こされるのは、彼女を初めて見たときのこと。


 ──……妖精みたい


 そう思ったことを、改めて認識した。彼女の笑顔はとても美しい。顔が動くのに合わせて揺れる金髪も、細められる青い瞳も、弧を描く唇も、全て。


「……ねぇ」


 リズの低い声を聞いて、アルヴィンは思考の海から浮上した。せっかく笑顔を浮かべていたのに、また不機嫌そうな表情をしていた。

 アルヴィンは慌てて彼女の手を取った。


「うん、よろしく」


 誤魔化せたのか、ちょっと不安。だけどリズがへにゃり、と笑顔を浮かべて……安堵した。どうやら、彼女に見捨てられることはなさそう。


「よろしく、アルヴィン」


 その言葉に、アルヴィンは頬を真っ赤に染めて頷いた。

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