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その二

 江戸の夜は暗い。暗い道を、「かさね屋」の名入り提灯をぶら下げて辰馬が行く。昼間の雑用を片付けた後に晩飯もそこでいただいたので、提灯を借りての帰り道だ。

 ただし、ひとりではない。


「ごめんなさいね、辰馬さん」

「いや。大丈夫かい? お加奈ちゃん」


 彼の後をちょこちょことついて来るのは、同じ長屋に住んでいるお加奈。年が明けると十五歳になる、親孝行な少女である。

 「かさね屋」の近くにある茶店で働いている彼女が、今日は忙しかったらしく仕事が終わると暗くなっていた。何しろ『血吸妖』の噂でもちきりな昨今、年頃の娘が夜に独り歩きは危なくてたまらない。

 それで困ったところに「かさね屋」で晩飯を食っている辰馬を見つけ、お加奈は長屋までの同行を頼んだのである。


「平気よ。辰馬さんが『かさね屋』にいてくれて助かりました」

「いやいや。さすがにここんところ、夜は物騒だからな」

「そうなのよねえ。楽三さんの瓦版見ちゃったところだし」

「妖が相手じゃなくても、無宿者とかがふらついてたら危ないのは同じだろ」


 肩をすくめた辰馬の袖を、お加奈の指先がつまんでいる。万が一お加奈の身に何かあっても、すぐに辰馬が気づけるように。

 とは言えそうそう厄介事がやってくるわけでもないのか、お加奈は無事に長屋の中ほどにある自分の家の前にたどり着いた。母親であるお角が出てきていて、辰馬と連れ立って帰ってきた娘の顔を見たところで顔がほころぶ。


「お加奈、遅かったじゃないか。相川様、お手数おかけしたみたいで済まないねえ」

「ごめんなさい。お店がちょっと立て込んでて」

「いや、同じ長屋なんだし大したことじゃありませんよ。役に立ってよかった」


 親子との会話をふと止めて、辰馬はお角の背後を伺った。普段なら、このくらいの時間にはお角の亭主、お加奈の父親に当たる平吉も家にいるはずなのだ。大工であるから、暗くなってしまっては仕事にならない。


「平吉さんは?」

「あー。あのボンクラ、また飲みにでも行ってるんじゃないかねえ。帰ってきたらうるさくなると思うけど、ごめんなさいよ」

「また?」


 お加奈がせっせと働く理由がこれ、である。

 平吉は仕事の後、時折仲間と飲みに行く。それ自体は悪いことではないのだが、酔うと気が大きくなって店中のお勘定を全部持ったりしてしまい、その日の稼ぎが吹き飛ぶことがある。

 お角も繕い物などの内職をして日銭を稼いでいるのだが、店一軒の飲み代ともなるとさすがに。


「帰ってきたら、空っぽの頭を下駄ですこーんと張ってやるんだけどねえ」

「おっ母さんが怖くて帰ってこないのかも」


 威勢よくぽーん、と頭を平手で叩く真似をしたお角に、お加奈が肩をすくめる。「お前も言うねえ」と苦笑してから、お角は辰馬に向き直って頭を下げた。


「相川様、本当に助かったよ。また今度、焼き魚と漬物でも持っていくから」

「あ、いつもすみません。ありがとうございます」


 長屋で一人住まいの辰馬のために、お角に限らず長屋の住人たちはいろいろと気を使ってくれている。食事の準備もそうだが、着る物を持ってきてくれたり洗濯をしてくれたり。お角も他の皆も、自分たちの生活でひいひい言っているはずなのだ。

 もちろん辰馬も、その御礼なり何なりで用心棒や荷物持ちなどできることは引き受けているけれど。今宵のように、若い娘さんを自宅まで送るのだってそうだ。

 そうして無事に送り届けられたお加奈は、ほっとした顔で母親とともに頭を下げた。


「おかげで心強かったわ。辰馬さんちは近いけど、気をつけてね」

「はは、そうします。それじゃ、おやすみなさい」

「おやすみなさあい」

「おやすみなさい。相川様も」


 お角とお加奈が家の中に入るのを見届けてから、辰馬はその二つ隣りにある自身の家の戸を引き開けた。それから、手にぶら下げている提灯をひょいと顔のそばまで持ち上げる。


「お仕事ご苦労さん。かずらさんと親父さんによろしく言っておいてくれ」

『コチラコソ、マイドアリガトウゴザイマス』


 それまでおとなしく明かりを灯していただけの提灯が、真ん中ほどでぱくりと口を開けてかたかたと答えた。それから辰馬の手を離れ、ふわりと宙に浮く。


「また食べに行くよ。おやすみ」

『オヤスミナサイ、タツマサマ』


 青年の笑顔に見送られて、お化け提灯はふわり、ふわりと闇の中を漂うように消えていく。自身の家である「かさね屋」に戻るのだろう。

 お加奈は知らないことだが、夜遅く外を歩く客のために「かさね屋」が貸してくれる提灯は全てがお化け提灯である。暗い道を照らし、客人が目的地までたどり着くのを確認して店に戻るのが役目の、おとなしい妖。

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