その十四
「……あらまあ」
かずらが、状況にはふさわしくない声を上げた。
妖の男は辰馬の足元に崩れ落ち、既にぴくりとも動かない。だが、彼女の興味はそちらにはない。
「……かずら」
「良かったわ。あなたが無事で」
ぱたん、とふさふさの尾を一つ打って、かずらは辰馬の頬を軽く撫でた。ひどく柔らかい笑顔は、危機が去ったのだということを彼に教えているように思える。
と、辰馬の懐からひょこっとお化け提灯が顔を出した。ふわりと浮かび、こちらも何となく嬉しそうである。
『タツマサマ、カズラサマ』
「お前は大丈夫なのか? あ、治ってら」
「妖は人より治りが早いから。それに、辰馬坊の懐にいたんでしょ」
提灯の破れがなくなっていることに気づいて目を見張った辰馬に、かずらが説明してみせる。ん、と青年が首を傾げたのは、その言葉の意味を測りかねたからだ。
「この妖ほどじゃないけど、人の血や気をもらって生きる妖は多いわ。この子も、提灯として使ってくれた人からちょっとだけ気を頂いて生きてるの」
「あ、それで俺の気で治った、と」
『アイ。アリガトウゴザイマシタ』
さらに説明されて納得した辰馬に、お化け提灯が礼の言葉を述べる。それから、ふわふわと飛んでいって何やら地面に転がっているものを照らした。
『タツマサマノ、カタナノサヤデスカ』
「え、あれ」
刀の鞘。砕けて飛び散ったはずの簡素なそれは、何事もなかったかのように元の姿のままでそこにあった。かずらが歩み寄り、拾い上げる。
「直ってるわよ。この子と同じかしら……便利ねえ」
「あ、ありがとう」
片手でお化け提灯を持ち上げるようにしながら、拾った鞘を辰馬に渡す。そこに収められながら、刀はゆっくりと光を鎮めていった。
「……千の字」
「同類、だろうな」
彼らのやり取りを見ていた大介と村井は、互いに顔を見合わせて頷く。それから、村井の方がほんの僅か笑みを浮かべた。
「俺と違って、人に使われたいんだな。あれは」
「使われたい? 使いたい、じゃなくて」
「そ」
大介の疑問に、村井は小さく頷く。
「人に振るわれて敵を斬るのが刀の務めなんだから、きっちり振るってもらえりゃそれでいい。なんて考え持ってるのがたまにいてね」
「のんきな刀もいるもんだ」
「まあねえ。でも、人に振るわれる刀ってそのくらいのほうがいいと思わねえ?」
ぴくぴく、と大介の耳が動くのが、村井には面白いらしい。そこに視線を止めたまま、彼は肩をすくめて自らの本体を丁寧に鞘に収める。
「人なり妖なり斬りたいから、使い手を好きに操るなんてなあ俺はどうも」
「だから、自分で自分を振るってんでしょ。旦那」
「ああ」
だから、大介がちらりと伺った村井はほどほどに己から視線をそらせつつ、実は遠くを見ているような雰囲気を持っていた。
どうやら、村井が自分で動くようになった理由はそのあたりにある、らしい。