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1裏話

##ある宿屋にて

 

 寝起きのぼんやりとした頭で眠い目をこすりながら身支度を調えるその男は、屈強な体躯をした冒険者たちが多い中、ひょろっとした背と荒事には向かなそうな筋肉の薄い体つきをしていた。動きを制限しないように防御力の低そうなプレートの胸当てをつけ、腰には一応の細身の剣がぶら下がる。

 我ながら似合わないなぁと姿見を見ては唸りつつも、寝癖のはねた頭をわしゃわしゃとかき混ぜた後、手ぐしで整えていく。

 

 最後にギルドの冒険者ランクを表すプレートを首から提げて支度は終わりだった。


 この宿屋は1階が食堂になっており、食事を取るためには下に降りなければいけない。今日はそのままギルドへ向かってしまおうと考え、ついでにすっかり馴染みになった宿屋の女将に昨夜のことをちらっと聞いてみることにした。

 特に騒ぎになってはいなかったから大したことじゃないとは思うけど、昨日の夜中、階下からなんだか騒がしいような慌ただしいような気配がしていたなぁと思う。


 誰か新しくこの宿屋に来たのかも 


「あら、坊ちゃん。今日は早いのね」

「坊ちゃんはやめてよー…」


 階段を降りたところで丁度女将さんと遭遇した。手には沢山の野菜が入った籠を持っている。小柄だが冒険者たちの泊まる宿屋をきりもりしているだけあって、とてもしっかりしている。面倒見の良い性格は皆のお母さんといった感じだ。


 女将さんの呼びかけに苦笑しながら、今日の朝食はパンとスープかなと当たりをつける。


 1年前ここに来た時にギルドのことを何も知らない世間知らずな部分と、労働なんてしたこともなさそうな風貌にどこかの貴族の息子が家出でもしてきたのではないかと噂になって以来「坊ちゃん」と呼ばれるようになってしまった。

 

 冒険者なんてやったことなかったから、仕方ないんだけど。 

 本職は研究者である。国元にいたときは、資金は別のところから来ていたもので運用していたが、どうにも成果が出ないために、素材も何も他とは違うという噂を聞いてここに来た。たまたま空いていた宿屋に泊まることが出来たとはいえ、資金に若干の不安を受けたことと、ここでは小さな子供が森で薬草採取をしていると聞いて、つい冒険者として依頼を受ける方を選んでしまった。

 

 そもそも、それが間違いだったかもなぁ…。


「そういえば、女将さん。昨日の夜って何か変わったことでもあった?」


 ふと、気になったことを尋ねてみると、珍しく女将さんが困ったような微妙な顔つきで笑った。


「何か困ったことでも…?」

「いやね。そんなんじゃないのよ」


 頼りなさには定評がある自分だが、手伝えることがあるならばと重ねて問いかけてみると、慌てて女将さんは首を振った。その様子には、若干照れているような恥ずかしがっているような笑いも混じっていた。

 よいしょ、とテーブルの上に籠を置いた女将さんが奥に向かって声をかけると、厨房を取り扱っている女将さんの息子が取れたての野菜を持っていった。


「15分ぐらいで朝飯が出来ると思うけど食べて行く?」


 その問いかけに、勿論と頷いた。

 それじゃぁと、女将さんに促されるように椅子に座ると、女将さんもテーブルを挟んで真向かいに座って、先ほどの質問の答えと言わんばかりの昨日の夜の顛末を話してくれた。 


 曰く、日付も変わろうかという時分に新しい冒険者が一人宿に泊まりに来たこと

 曰く、その冒険者の風体がまるで夜盗か、賊にしか見えなかったこと


「街から村に来る定期馬車にも乗らず、あの距離を野宿しながら来たって言うのよ。最近の雨でぬかるんでいたところもあったのか、馬車に泥水を引っかけられたって言ってたわ」


 まさか、日も変わろうという時に新しいお客が来ると思っても居なかったし、その人相は凶悪な顔つきで、いつもは聞かない事情をついつい多く尋ねてしまって、その様子にまだ食堂にいた冒険者たちも只ならぬ雰囲気を持ち始めて空気が若干悪くなってしまったらしい。ただ、彼が自分の名前を名乗ったときに、その名前を知っているらしい冒険者が居たことで騒ぎにはならなかったそうだ。


「もう何年も沢山の冒険者の方を見てきたのに失礼な態度を取ってしまったと思うのよね」


 反省している風の女将さんが苦笑気味に笑う。


「顔で怖がられるのはよくあることだから気にしなくていいって言ってくれたんだけど、そのときの諦めてるような寂しそうな目がどうにも気になっちゃってねぇ。坊ちゃん。その方、ゴードナーさんって言うんだけど、ここについての情報を何も知らないみたいなの。もしどこかで見かけて困っていたらちょっと手助けしてあげてくれないかしら?」


 顔は怖いけど、常識的ないい人よ。

 にっこりと笑った女将さんの頼みに、まさか断るなんて選択肢があるはずもなく、他に人も居なかったからかちょっぴり豪勢になった朝食を目の前に差し出されて、はい…と頷くしかなかった。






##ギルド


 朝食を食べ終えて、冒険者ギルドへ向かってみると、なぜか入り口に人だかりが出来ていた。


 ??? 何だろう、中で乱闘騒ぎでも起きてるんだろうか。


 たまに血の気の多い冒険者が些細な拍子に喧嘩を始めてしまうこともよくあることだった。とばっちりを受けたくない者は我先に外に出て騒動が収まるのを待つ。

 中を伺うような形の冒険者は何故か、お互いに譲り合っていた。


「何か、起きてんの?」


 見知った顔もそこにはチラホラ居たから声をかけてみると、そこに居た全員が一斉に顔を向けてきた。

あまりの反応に近づこうとしていた動きが止まる。


 「マルケル! 良いところに来た!!」


 一番仲の良い冒険者が人並みをかき分けて、逃げる隙も与えずに腕をがっしりと捕まえてきた。勢いと気迫と腕の力の込め具合がちょっと強すぎ…てか強い強い。

 絶対に逃がすまいとでもいうように強力で腕をつかんでぐいぐい引っ張られ正直もげそうだ。こちとら自慢じゃないが筋肉なんて殆どついてないんだ。抵抗できない骨が若干の悲鳴をあげる。


「ルーカス! ルーカスちょっと痛いって!」

「お、おお。わりぃ! そういやお前ひ弱だったな」


 言葉では謝っても、握っている手から力は抜けない。絶対あざになってる。


 いったい何だって言うんだ。 


 あれよあれよと、集団の真ん前に連れられもとい引きずられ目の前にはギルドの扉があった。入り口で中を伺っていた他の冒険者が自分たちに気づいて場所を退く。ぐいぐい引っ張られて蹌踉けた体勢を目の前の扉を支えにして持ち直し、顔を上げると中の様子が一望できた。

 

「あれ? カサンドラじゃないか」


 遠くから見ても目立つその赤髪の女の子は、このギルドではなくてはならない人物だ。彼女を中心にギルドでも腕のあるパーティによって依頼書の真偽が問われ、持ち帰られた情報は何にも勝る冒険者の生存率へ直結していた。

 ただし、情報だけならば彼女がいなくても問題ない。彼女がいないと駄目な理由は…


「ルーカスよく見ろ。カサンドラの隣だ隣!」

「隣?」


 視線をずらすと、いかにも冒険者然と言った…いや、どこかで法を犯して逃げてきた犯罪者というか、目つきだけで人が殺せそうなほど凶悪な顔つきと、それに見合った傷だらけの体。持ち上げるには重そうな重厚な剣をぶら下げて、獲物を確認したかのような目をカサンドラへ向けている男が


 まさか、あれって…


「どう見てもやばそうな形でクエストを握りつぶしたままあそこから動かないんだよ」


「きっとここのクエストが簡単すぎて怒ってるんじゃないか」

「いや、誰かへの復讐で来たんだろ。すげー勢いだったぞ」

「何!?? じゃぁ、あいつが握りしめているのがその対象の一つってやつか?」

「いや、でも、ここは余所のギルドと違って未払いなんか一つもないぞ」


 ルーカスの声をかわぎりに、後ろでたむろっていた冒険者たちが好き勝手な憶測をしゃべり始める。見るからに凶悪な相手を前にしてどう出るべきかを悩んで一歩を踏み出すことが出来ないようだ。


「俺らが下手に向かって、乱闘みたいになるのはヤバいだろ? マルケルその点お前ならその貧弱そうな見た目と人懐っこそうな雰囲気で大丈夫だ。だから頼む!」

「いや、ちょっ、本当に凶悪な相手だったらどうするんだよ」

「その時はちゃんと助けに入るって」


 尻込み仕掛けている背中を容赦なくぐいぐい押される。この騒ぎに入り口に近いギルドの受付担当者は気づいているようだが素知らぬ顔だ。

 思い出されるのは女将さんの今朝の台詞と、目の前で繰り広げられるカサンドラとのやりとり。


 これで違う人物だったらどうしようと思いつつもマルケルは男の元へと向かっていった。


 彼の後ろではやんのやんのと喝采とともに「骨は拾ってやるからな」なんて不吉な台詞まで飛び出していた。揃いもそろってなんて奴らだ。



 早起きなんてするんじゃなかった。




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