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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第一章 葬列と少女
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夜半の邂逅

 その夜。

 アンヘルは大きな岩塊の影で野営していた。といっても、地面に薄いシーツを敷き、毛布にくるまるだけの簡単なものだ。随行ずいこうする棺屋たちも周囲に散開して足を止めている。だが、当初は二十を越える大部隊だったはずの彼らは、既に七人にまで数を減らしていた。


 原因は二つ。


 一つは島に生息する大型の魔物。冒険者がほとんど訪れない分、強力な危険種が島中にのさばっている。先ほどのベヒーモスがその好例だ。そしてもう一つの原因が――


「……!」


 バサバサという不穏な羽音が、林間に木霊した。続いて、腹の底を揺らす地鳴りにも似た低音が鳴り響く。跳ね起きたアンヘルの眼前に現れたのは、三メートルを越す奇妙な物体だった。


 多関節型の八本の脚と、丸みを帯びた迷彩色の胴体、そして、その中央に輝くアンヘルの顔よりもずっと大きな赤い眼球。パッと見、一つ目の巨大蜘蛛の如き外観だが、何よりも奇怪なのは、それらすべてのパーツが明らかに人工の金属で造られていること。


自律機構兵オートマトン』――‘第四旧世紀’特有の人造兵器にして、このフォレスタル島が「旧世紀の亡霊が彷徨さまよう島」と恐れられる元凶でもある。


 逃げるか、戦うか。魂の無い殺戮兵器を前にして、アンヘルは束の間逡巡する。


 この島に来てから、彼女は既に二度、自律機構兵と刃を交えていた。いかに古代文明のオーパーツといえど、長い年月の中で装備のほとんどにガタが来ている。どちらの戦闘でもそこを突いて撃破はしたものの、ひどく手こずったのも確かだ。できることなら戦闘は避けたい。


 けれど、彼女にはそもそも選択権など与えられてはいなかった。目玉に似た複合センサーで岩陰のアンヘルをとらえた自律機構兵は、ぎろりとその単眼をアンヘルに向けたのだ。


「くっ――《エインシェルツ(展開)》!」


 もはや是非はない。アンヘルが周囲に展開した光球は、魔獣と相対した時よりも多い十六。そして少女は、更に号令を加えた。


「《マルシュアールティヒ(整列)》」


 瞬く間に四分割された十六の光球は、それぞれの組で融合し四つの大きな光球へと姿を変える。

 だが、攻撃準備を整えたのはアンヘルだけではなかった。自律機構兵の搭載した機関砲が、激しく回転し始めたのだ。


 恐ろしい速度でばらまかれる白熱した弾丸。砲身に故障があるらしく、途切れ途切れで精度も悪い弾幕だったが、脅威であることに変わりはない。アンヘルは素早く森へ逃げ込むと、木々を盾にしながら反撃に移った。


「《シャル・シュタルク(極射)》」


 ばらばらの時とは比べ物にならないほど太い光線が、四つの光球から射出される。計算された角度から撃ち出されたその攻撃は、回避運動をものともせず正確に自律機構兵をとらえた。


 だが――


「くっ……」


 アンヘルは苦しげに顔をしかめる。

 四つの光線はいとも容易たやすく装甲に弾かれて霧散したのだ。


 ベヒーモスの鎧じみた皮膚でさえ易々貫く光の槍も、対光学兵器を想定した複合装甲の前には大きくその威力を殺されてしまう。それが、アンヘルがこの機械の蜘蛛に手こずる大きな理由。体内に光の精霊を宿す彼女は、光精霊術以外の魔法を一切扱えないのである。


 しかし、自律機構兵との二度に渡る戦闘経験から、アンヘルは対処の仕方を知っていた。


「《シャル・シュタルク(極射)》」


 再び放たれる四つの光槍。威力自体は同じだが、今度の狙いは本体ではなくその巨体を支える八つの脚部だ。機動性確保のために元々装甲が薄く、さらには長期の稼働により脆弱化した関節部は、自律機構兵にとって守ることのできない弱点となる。無論、わかっていても回避運動をとる自律機構兵の脚部を狙うのは至難の業。だが、アンヘルの光魔術にはそれを成し得るだけの精密な照準と速度があった。


「《シャル・ア()プゼッツェン()》」


 三度目の攻撃が自律機構兵の脚部を焼き切る。大きくバランスを崩した自律機構兵は、轟音を立てて木に激突した。


 こうして動きさえ止めてしまえば、あとはこっちのもの。


「《ゲナウ・シャ(一点)()・シュタルク(極射)》!」


 四つの光球から放たれる光線を、自律機構兵の真っ赤な一つ目――すなわち最も装甲の薄い複合センサー部に集中させる。照射を続けること数秒、目玉を食い破った光線はそのまま内側の機構部を破壊し、自律機構兵を完全に沈黙させた。


「アンヘル様、お見事でございます」


 戦闘を終えたばかりのアンヘルに、背後から声がかけられた。自律機構兵との戦いの間、どこかへ姿をくらましていた棺屋たちが戻って来たのだ。


 彼らはアンヘルよりもずっと早く敵の接近に気付いていた。にも関わらず一言の警告も発さなかったのは、それが彼らのルールだからだ。邪魔もしなければ協力もしない。彼らの仕事はあくまでアンヘルの遺体回収。少女の鼓動が完全に止まるその瞬間まで、棺屋たちは傍観者で有り続ける。


「この戦いぶりを見れば、御当主様もきっとおよろこびになられます」


 アンヘルは何も答えなかった。おざなりの賞賛に一々構う義理はない。アンヘルは乱れた呼吸を整えながら再び寝床へ戻る。無論、戻ったところで眠れるとは思わないが、それでも休まなければこの先の戦いで体がもたない。


 ただ、この魂無き亡霊の島は、束の間の休息すら少女に与えてはくれないようだ。


(……! また自律機構兵……?!)


 岩陰に戻り横になろうとしたその時、アンヘルは微かな駆動音をとらえる。けれど、今度は少し様子がおかしい。


(……通常の徘徊速度じゃない……交戦中……?)


 アンヘルが身を起こしたまさにそのタイミングで、森の奥から自律機構兵が飛び出て来た。

 装備自体は先ほどの個体と同じ。だが、やはり挙動が不自然だ。八本の脚部を慌ただしくばたつかせるその様は、まるで恐ろしい何かから必死で逃れようとしているような――


 次の瞬間、木々の合間から飛来した一本の短剣が装甲を突き破り、自律機構兵はいともたやすく沈黙した。


(嘘、この装甲を一撃で……?!)


 アンヘルは眼前で起きた事実に驚愕する。圧倒的防御力を有する多重装甲を、たった一本のナイフで突き通したのだ。並大抵の強化魔術では到底不可能な芸当である。


 そして短刀を投げた張本人は、アンヘルが見ている目の前で、今しがた破壊したばかりの自律機構兵の上にふわりと着地した。


 宵闇に溶け込む漆黒の髪と、紅玉を思わせる緋紅の瞳。あどけない顔立ちとは相反する不吉な黒衣。そして何より眼をく、背中に負った巨大な棺。――無表情でナイフを回収したその人物は、紛れもなく棺屋の少年だった。


「棺屋――!?」


 アンヘルの漏らした声を引き金に、二人の視線が交錯する。機械の残骸上からこちらを見下ろす赤い眼をとらえた瞬間、アンヘルの頭をよぎったのは『刺客』の二文字だった。


「《エインシェルツ(展開)》!」


 アンヘルの周囲に光球が展開する。その数は二十。そして寸刻の間断もなく叫んだ。


「《シャル・アヴ()シャーツェン()》!!」


 夜の森が、一瞬真昼と見紛うほどに照らされる。すべての光球から一斉に無数の光線が放たれ、少年に襲い掛かった。


 問答無用の先制攻撃。あれだけの攻撃力を前に、後手に回れば勝機はない。圧倒的実力を目の当たりにしてとったアンヘルの行動は、誰しもが持つ防衛本能。


 だが、この急襲に対して少年の反応は早かった。放たれた光線の合間を縫って身をかわすと、一切の迷いなく森の中に逃げ込む。その行動は最初から戦う意思などなかったようにも見えた。だが自分から敵対行為をとってしまった以上、アンヘルはもうひくことなどできない。


「《シャル・ア(全弾)ル・()ドローエン(追尾)》!」


 光球が再び無数の閃光を放つ。今度のものは直線的な軌道ではない。森に逃げ込んだ少年を追尾するように、宙空で自在に屈曲する光弾だ。だがそれだけの追撃をもってしてなお、少年をとらえることはできなかった。


 ――当てるどころかかすめることすらできないまま、少年は完全に闇夜に姿をくらませた。


 激しく跳ねる鼓動。自律機構兵と相対した時よりもずっと息を荒げながら、アンヘルは少年の消えた森の奥を見つめていた。


 もう横になる気にすらなれない。アンヘルは荷物をまとめると、そのまま歩き出した。幽鬼ゆうきの如き棺屋の群れが、静かにその後をついていく。


 月明かりに照らされた奇妙な葬列は、重く長く続いていた。


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