棺屋という仕事
遺体回収後、ナギは速やかに洞窟を後にした。
街に帰り着いてからは教会に立ち寄り、ネームタグの情報から故・ガレオス氏の住居を確認する。
そして教会から遺族の元へ向かう途中で、ナギはずっと後ろをついてきていた少女――コムギへ振り返った。
「……なんでついてくるの?」
と問われ、コムギはバツの悪そうな顔で口ごもる。
「……その、あんたのこと、死神扱いしちゃったし……」
「別に気にしてない。知らなかったなら仕方ないし、間違いってわけでもないよ」
「だから、その、ちゃんと知りたいのよ。あんたの仕事……」
単なる酔狂や興味本位とは違うその表情を見て、ナギはまた背を向けた。
「……面白いものじゃないよ」
それきり二人が足を止めることはなかった。まるで二人だけの葬式行列のように、静かに歩を進める。邪魔する者はいない。道行く誰もが、棺を背負ったナギの姿を見ると顔をしかめて距離を置いたからだ。
そんな二人が次に立ち止まったのは、一軒の民家の前だった。
「……はい……どちら様ですか……」
ノックに応じて扉が開く。生気の無い声と共に現れたのは、ぼさぼさの乱れ髪を伸ばした若い女性。顔の造り自体は美しいというのに、げっそりこけた頬と虚ろな瞳が、その女を妖怪めいた不気味な雰囲気に仕立てあげている。
狂人だろうか。
コムギがそう思いかけた時、女の胡乱な瞳がナギの担いだ棺に留まり――一拍の間もなく割れた唇から絶叫が漏れだした。
「いやああああああああ!!!!!」
断末魔のような悲鳴を上げながら、女はその場にへたりこむ。
「やめて! 何しに来たの! この悪魔! 死神!!!」
唐突に浴びせかけられる罵倒。だが、ナギは動揺することなく告げた。
「棺屋です――」
「やめて、やめてよ! 違うわ、あの人じゃない……!」
「どうぞ、ネームタグのご確認を――」
「いや、絶対にいやよ!」
「状況をご説明します――」
「やめてってば!」
女は狂ったようにナギの紡ぐ言葉を拒絶する。
「場所はポルタ洞窟下層――」
「もういい! 聞きたくないの!」
「遺骨と現場の状況から見て、死因は頭がい骨の陥没――」
「黙って! 黙りなさい!!!」
「――即死です」
その言葉を聞いた瞬間、女は床につっぷして泣き始めた。
「あああ……! どうして、どうして……!」
「……恐怖や痛みを感じる暇はなかったはずです」
「……いや……もう、帰って……お願いだから……」
嗚咽の奥から、絞り出すように懇願する女。ナギは静かに棺から骨壺を取り出すと、女の前にそっと置いた。
「……ご愁傷様です」
気づけば辺りがにわかに騒がしくなっていた。女の悲鳴を聞きつけて、何事かと人が集まって来たのだ。誰も彼もが状況を察し、憎悪と嫌悪に満ちた視線をナギの背中にぶつけている。無理もない。泣き崩れる女性と、死をもたらした棺屋。そこにあったのは、絶対的な善悪の光景なのだから。
その時、コムギはようやく理解した。棺屋と呼ばれる者たちが、何故こんなにも疎まれているのかを。
ナギは音もなく女性に背を向けた。周囲に弁明するでもなく、その背中に無数の辛辣な視線を浴びながら、目を伏せて歩いていく。
そんなナギの前に、家の裏手から二つの小さな影が歩み出てきた。揃って粗末なボロを着た二人の姉弟。どうやら泣き崩れた女性の子供らしい。
向けられた四つの幼い瞳を前にして、ナギは初めて慄きの表情を浮かべた。だが、立ち去る足を早めようとはしない。それどころか、ナギは姉弟の前で立ち止まった。……先ほどと同じだ。まるで遺族から罵倒されるのを待つかのように、少年はその場を動かない。
けれど姉弟が口を開くことはなかった。数秒だけ、じっとナギを見つめると、その脇をすり抜けて母親の元へ駆けていく。
ナギはまた目を伏せて、往来を去った。
――――……
――……
「あんなの、変よ……」
陽の光の届かない真っ暗な路地裏。
ようやく足を止めたナギの背中に向けて、コムギが呟いた。
「……だから面白いものじゃないって言ったのに」
答える声の調子は変わらない。だが、そこにははっきりと憔悴が滲んでいる。
「あんたを責めるのは……間違ってるわ……」
「……そうでもないよ。あの人は、わからないままを望んでいたかも知れない。少なくとも、僕が遺体を届けなければ、あの人の中で旦那さんはずっと生きたままでいられた」
「でも、あの子たちを見たでしょ! 父親が死んで、その上母親まであんな様子じゃ、子供たちが可哀想よ……」
「……それは僕が決めることじゃない」
懸命なコムギの慰めを、ナギはことごとく拒絶する。そしてなおも口を開こうとするコムギに向かって、ナギは静かに言うのだった。
「誰かが背負わなくちゃいけないことなんだ」
道化の赤鼻と同じだ――コムギは直感的にそう思った。
客から笑われるためにつけ鼻をするピエロの如く、棺屋は遺族から憎まれるためにあえて目立つ棺を背負っているのだ。
やりきれない死をつきつけられた遺族が、せめて誰かを憎むことで仮初の慰めを得られるように、と。
頭では理解できる。だがコムギにはそれが、どうしようもなく歪んだ自己犠牲に思えた。
「それが、棺屋っていう仕事だから」
自らを死の体現者とし、憎悪と嫌悪を一身に受け止める棺屋の少年。その脆く儚い緋色の瞳の奥で、押し殺された一抹の感情が、危うげに瞬いた気がした。