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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第二章 棺屋は死者の夢を見る
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蒼い瞳は求める

「……率直に言おう。軍を動かすのは難しい」


 その言葉を聞いた瞬間コムギはぽかんと口を開け……それから大声で叫んだ。


「……は? はあああ?!! どういうことよ、それっ!? まだ信じてないわけ!?」


「そうは言っていない。だが、実質的な軍隊の指揮権は軍部が握っているのだ。私ではない。勿論、動かせる範囲で兵たちには警戒させると約束する。けれど……軍全体を、というのは、実質的に不可能だ」

「いやいやいや、それじゃ戦争が起きちゃうじゃない!」


 コムギは鼻息を荒げて憤慨する。

 仮に少数部隊でネクロマンスを阻止できたとしても、二国間の戦争が起きれば結局多くの人間が命を落とすことになる。そうなれば、ダーラルエルヴィアは間違いなく疲弊した両国の隙をつき、第二第三の計略を仕掛けてくるだろう。


 ヴォルゴ台地から完全にあの老人を退けるには、大戦争を阻止し、両国の共同の元で追い払うしかないのだ。


「ええーい、あんたが駄目なら、同じ話を軍のお偉いさんにしてよ! 今回の大戦はあの爺さんの取り合いが原因なんでしょ?! あいつがとんでもない悪党だったって知らせればそれで済むじゃない!」


「そうもいかないのだよ。軍隊というものは、戦い続けねば死ぬ一己の生命体なのだ。故に、いつでも戦争を渇望している。……つまりだな、ネクロマンサーの存在自体、奴らにとっては戦うための口実にすぎないのだ。国民が疲弊し、水面下で反戦の機運きうんが高まっている今、奴らは生存のための戦争を見境なく欲している。この絶好の機会をみすみす見逃しはしないだろう」


 と、王はまたしても否定する。……もはや我慢の限界。コムギはとうとう爆発した。


「んもうっ! なんなのあんた、そんな他人事みたいに! あんた王様なんでしょ? 一番偉いんでしょ? この国のリーダーなんでしょ!?? ならなんとかしなさいよ! それが仕事でしょうがっ!」


「私とてそうしたい!」


 コムギの激昂を受け、エンサイドラは初めて声を荒げた。


「だが、我々が軍を退いたとして、敵国側はどうなる?! これを好機と襲ってくるのではないか?! 向こうが同じく和平を望んでいる保証がどこにある?! 迎え撃たねば、傷付くことになるのは私の国民たちだ!」


 いつになく激しい口調だが、エンサイドラは決してコムギに向かって怒っているのではない。己の無力さに苛立っていたのだ。


 ただ、苛立ちということで言えば、コムギも負けてはいなかった。


「はあ?! だったら、今の話をガルマギアにもすればいいじゃない! 向こうにも協力してもらってさ! あっちにとっても大問題でしょ!? あんたの口は飯食うためだけにあるんじゃないでしょうが!!!」

「ガルマギアがあっさり信じると!? ハッ、それこそ子供の戯言だ! 十中八九策略とみなされるのがオチだろう!」


「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない!」

「やってみて駄目だったらどうするのだ!? もし多くの国民の命が失われたら、責任は誰が取る?! この私の首だけで済むのなら、私は何度だって断頭台に立とう! だが、私が千度死んだところで、失われた者は誰一人として戻っては来ない! いいか、本当の責任とは、どうあがいても取りようのないものを言う! 私が背負っているのは、そういう類のものなのだ! 故に、私は、安易な決断をするわけにはいかないのだよ!」


 エンサイドラは断固としてそう言い放った。

 権力は既にその手を離れ、‘お飾り’とさえ揶揄やゆされる無力な王。それでも、統治者としての責務を、彼なりに背負おうとしてきたのだ。


 エンサイドラのそんな想いがわからぬコムギではない。けれど、いや、だからこそ、彼女は腹が立って腹が立って仕方がなかった。


「こんの~、わからず屋っ! あったまきた! あんたは一生そうやって逃げてなさい! 王冠かぶってふんぞりかえって、王様ごっこやってりゃいいわ! ……ふんっ! とんだ時間の無駄だったわね! ナギ、行くわよっ!」

「い、行くって、どこへ……?」


 ぷんぷん怒って歩き出そうとするコムギに、ナギはおっかなびっくり聞き返す。


「決まってるでしょ、あの爺さんのとこよ! だってこうなったら、直接止めるしかないじゃない! 爺さんをふん捕まえて魔術を止める! そんで自分が黒幕だって皆の前で吐かせれば戦争も止まる! もうこれしかないわ!!!」

「ま、待ってよ……ダーラルエルヴィアの所在まではわかってないじゃないか。水脈に接していて、それなりの人数と供物を運びこめる所……そこにいるのは間違いないだろうけど、条件に合う場所がまだ特定できてない。山をしらみつぶしなんて無理だよ……」


「んぐああああーもー!!! どこにいるってのよおおおお!!!」


 コムギはもどかしさに地団太じだんだを踏む。


 そんな彼女の苛立ちの叫びに、答えを持つ者が一人だけいた。


「――今お聞きした条件ならば、一つだけ心当たりがあります――」


 その言葉と共に扉を押し開け現れたのは、他でもないザウクリンだった。


「ざ、ザウクリン……!? なぜお前がここに……?」


 エンサイドラは誰よりも先に椅子から立ち上がる。


「ま、まさか……我々の会話、すべて聞いていたのか……?」

「申し訳ありません、王。ですが、今優先すべきは私のことではないはずです」


 立ち去ったように見せかけて、ザウクリンはずっと扉の向こうで聞いていたのだ。

 無論、ナギはその気配に気づいていた。それでもあえて話を始めたのは、王子が退出する間際に送った目配めくばせが理由である。『真実が知りたい』――青年の眼はそう語っていたのだ。


「コムギさん、あなた方の言う条件に合致する場所が、一つだけあります。戦前、水質調査で使われたジェコールという名の地底湖です。ザウクリン王子の蔵書のうち、ヴォルゴ台地に関する古い地理書の中に、その記述がありました。水流の向き、広さ、場所から考えて、恐らくは間違いないかと。ジェコール湖までの地図は部下に用意を頼んでおきました。城の正門であなた方に渡す手筈です」


 ザウクリンは王に一言も口を挟ませないまま、ナギたちに道を差し示した。そこに我が身の真実を知った衝撃は微塵も感じられない。


 そしてザウクリンは、最後に小さな声で付け加えた。


「どうか、国民の命を――我々を、お救い下さい」

「……王子、感謝します」


 それだけ言うと、ナギたちは駆け出した。二人には、礼より先になすべきことがある。それは王子の望みでもあった。


「ザウクリンよ……」


 二人が去った後、会議室に残されたエンサイドラは、腫物はれものに触るように語りかける。


「か、彼らの話が本当とは限らぬ……複製体など、単なる作り話やも……」

「そうでしょうか? 私は信用できると思いますが」


 王子がにべもなく言い放つと、エンサイドラは悲痛な嘆きを漏らした。


「おお……頼む、ザウクリン! そんなことを言わないでおくれ……! 私は、またお前を失うことになってしまう……」


 エンサイドラのその姿は、先ほどまでナギやコムギと相対していた時とはまるで違う。今の彼は一国の主ではなく、ただ苦悩する一人の父親。複製体の話を否定しなかったのは、王としての判断だ。一己の父親となった今、絶対に肯定するわけにはいかない。複製体の存在を認めることは、すなわち、我が子を二度殺すのと同義なのだから。


 そんなエンサイドラの姿を見据えながら、王子は静かに口を開いた。


「……城に戻ってからの数日、私は亡くした記憶を取り戻すために、ザウクリンの遺した手記や書物をすべて読みました。そして知ったのです。誰より国民を愛していた彼という人を。私は嬉しかった。彼であったことに喜びを感じました。心の底から……」


 つむがれるのは、紛れもない青年の本心。それを聞いて、エンサイドラは希望の色を浮かべた。


「そうだろう、そうだろう……! ザウクリンは私の唯一誇れる宝だ。私にはないものをすべて備えている。そして、それはお前のことだ、我が息子よ! 私にはわかるのだ。お前は私の息子。ザウクリンだ。記憶がなくとも気にすることはない。お前の分まで、私がお前を覚えている。そうだ、案ずるな。私はお前を偽物などと言ったりはせん。お前は私の息子だ。誰が何と言おうと、間違いなく――」


 けれど、そんなエンサイドラの必死の慰めを、王子は受け付けようとしなかった。


「――王よ。大切なことはそこではありません」

「ざ、ザウクリンよ……何を言って……?」


「私がどちらかなど関係ないのです」


 言い切る王子の顔に、表情はない。


「私が本物だとしても、偽物だとしても、あなたが本当に息子を愛しているのならば、守るべきは私ではなく、彼の遺した意思。あなたが本当に息子を守ろうと願うのならば、あなたが愛するべきは、あなたの息子が愛した者達。――違いますか?」


 王子の蒼い瞳はただ、何かを迫っている。

 それを察して、エンサイドラは恐れおののいた。


「ザウクリン、お前も彼女らと同じことを私に求めるのか――!?」


 王子はひざまずき、深々とこうべを垂れた。


「――王よ、御決断を」


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