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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第二章 棺屋は死者の夢を見る
36/42

開戦と王子

――――……

――……


 ルーシャ連邦王都・マスカヴァ。

 一昼夜いっちゅうやかけてダーラルエルヴィアの牙城から逃げ延びたナギたちは、ようやくその壁内へ帰り着いたところだった。


 けれど、悠長に休んでいる暇などない。ダーラルエルヴィアの危険な企みを、一刻も早くしかるべき人間に報告しなければならないのだ。


 ただ、使命のために急いでいたナギたちでさえ、街にあふれる異様な空気には気が付いた。


「ねえ、ナギ。なんていうか……みんなピリピリしてない……?」

「……そうだね」


 コムギの言う通り、道行く人々の表情がいやに険しい。つい先日まで、ダーラルエルヴィアの登場で浮かれていた街とは思えないほど。立っているだけで、肌がざわつくような緊迫感が漂っている。


 だが、街の異変に気付いたところでじっくり探る時間はなかった。二人は不穏な空気を感じつつも、足早に王城へ向かう。しかし、一番の関門は、その王城に待ち受けていた。


「――駄目だ、駄目だ。何度言われようと、入城は許可できん」


「――どうしてよ!? 何度も言ってるじゃない! あのネクロマンサーは危険なの! 死者蘇生なんて嘘っぱちよ! このままじゃ大変なことになるんだってば!!」


「複製体だの命の転移だの、そんなものは関係ない。俺の仕事は許可のない人間の立ち入りを防ぐこと。お前たちの与太話よたばなしに付き合っている暇はないんだ。たとえ本当だったとしてもな。……さあ、帰れ」


 と、邪険に言い放つのは、王城を守護する門番たち。彼らの役目は一般人の立ち入りを拒むこと。幾ら事情を話したところで、職務に忠実すぎる番兵たちは聞き入れようとしなかった。


 二人は、軍上層部のいる王城まであと一歩のところで、足止めをくらってしまったのである。


「こんの~、馬鹿! お役所仕事! 万年下っ端!」


 苛々(いらいら)と地団太じだんだを踏みながら、コムギはなおも噛み付く。ここまで言われては流石の番兵たちも腹を立て始めたらしい。


「ええい、黙れ黙れ! この国家存亡を賭けた危急ききゅうの時に、貴様は何と無礼な奴か!」

「だからやばいって言ってんじゃない! ……って、あれ? お国の危機って……ネクロマンサーのことじゃなくて?」

「何を言っている? まさか、お前たち、知らないのか?」


 コムギの質問に、門番は呆れ顔を浮かべた。


「ガルマギア皇国が過去最大級の大部隊を編制しているという情報が入ったのだ。無論、我らがルーシャも迎え撃つことになる。つまり総力戦だよ。恐らくはこの百年戦争に決着をつける最終決戦だ。……お前たち、本当に昨夜の政府通告を聞いていなかったのか?」


 ナギとコムギは互いに顔を見合わせる。どうやら街で感じた異様な雰囲気は、これが原因らしい。二人がダーラルエルヴィアの拠点に居た昨夜のうちに、戦況は大きく動いていたのだ。


「これでわかったか? 城にいる上官たちは貴様らの戯言ざれごとに付き合っている暇などないのだ。わかったら帰って疎開そかいの準備でもしておけ。もう明日にも戦端が開かれるとの予測だからな」


 門番は文字通り門前払いの構えを譲らない。実際問題、ナギとてアポイントもコネもない人間が易々入城できるとは思っていなかった。その上、近日中に決戦が行われるというこの情勢下では、どうあがいてもまともなやり方では不可能だ。


 ナギは深く溜め息をつく。


 突如勃発しかけた総力戦の原因には心当たりがある。十中八九、ダーラルエルヴィアの奪い合いだろう。ネクロマンスの力を敵国に取られた時点で敗北は必至。となれば、死力を尽くして先に奪おうとするのはある意味自然な流れ。


 そして同時に、そんな両国の動きさえダーラルエルヴィアの計画に織り込まれていたことを、ナギは確信していた。大戦が起きれば、それだけ新鮮な死体が増える。それはすなわち、彼の指揮する不死者の軍勢が増えることと同義なのだから。


 故に、こうなってしまった今、もはや手段を選んでなどいられない。気は咎めるが、力づくでも通してもらうしか――


 と、ナギが強行突破を実行に移そうとしていたその時、背後から男性の声がした。


「――何か問題ごとですか?」


 まるで少女のように、綺麗で良く通る声。その場にいた全員が振り返る。


 そこにいたのは、身なりの整った金髪の美青年だった。


「突然のお声かけ、失礼しました。ですが、言い争いのような声が聞こえたので」

「えーっと、誰……?」


 いきなり見ず知らずの人間に割り込まれたのだから、コムギの釣れない反応も致し方ない。

 ただ、門番たちの反応は、コムギのそれとは百八十度違うものだった。


「ざ、ザウクリン王子!」


 と、驚嘆の声を上げたかと思うと、背筋を正して敬礼をする。


 その仕草を見て、一歩遅れでコムギも驚きの声を上げた。


「お、王子っ!? それって、もしかして、フューラの言ってた……」

「はい。ルーシャ連邦王国国王・エンサイドラの息子、ザウクリンと申します」


 気品あふれる優しげな青年――ザウクリンは、柔和にゅうわ微笑ほほえみと共にお辞儀した。


「それで、どうしました? 何か問題ですか?」

「ハッ! こ、この者達が、ムスタファ様のことをペテン師であると申しておるのです。そればかりか、王に直接謁見させよ、とも。いやあ、全く、身の程をわきまえぬ下賤げせんやからです。王子の命の恩人であるムスタファ様に対して、このような戯言を……まったく信じられん……」


「ちょっと、嘘でも悪戯でもないって言ってるでしょ!」

「ええい、黙れ! いますぐひっとらえて牢屋に――」

「待ちなさい」


 たった一言で取っ組み合いを始めかけていた門番とコムギを制止すると、王子は黙ったままだったナギの元へ歩み寄る。そして、その眼を真っ直ぐ見つめて問いかけた。


「大切な、話なのですね?」

「……多くの人の命がかかっています。それも、この国だけの問題ではありません。ガルマギアや、他のすべての国々にとっても、大切な話です」

「お、王子、そんなものはただの嘘で――」


 という横やりを片手で制し、王子はじっとナギの瞳を覗き込む。ナギはただ、それを正面から見つめ返していた。


 そして沈黙のまま数秒が過ぎ去った後、王子は大きく頷いたのだった。


「……わかりました。私が取り次ぎます」

「お、王子っ!? い、一体、何をおっしゃって……?!」

「国民の声に耳を傾ける。それが統治者たるものの責務です」


 王子はそう言い切ってから、二人に向き直る。

 そうしてにっこりと微笑んだ。


「さあ、参りましょうか、お二人とも」


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