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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第二章 棺屋は死者の夢を見る
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潜入大作戦

 ヴォルゴ台地に連なる数多の尾根。そのうちの一つに、奇妙な一団の姿があった。全員が全員揃いの喪服に身を包んだ、ムスタファ教団の信者たちである。買い出しから帰る途中らしい。けわしい山道だというのに、みな楽しげに言葉を交わしながら歩いている。前線から遠く離れているとはいえ、彼らが平然と戦場を出入りできるのは、両国が教団に対して便宜を図っているからだ。


 そんな大行列の一番後方に、コムギの姿があった。


「いやー、今日はめでてえな! こんなにべっぴんな新入りさんが来てくれるとは!」

「帰ったらお祝いしなきゃだわね! 丁度食糧も買い込んであることだし、おばさんはりきっちゃうわよ!」

「よろしくお願いしますね、コムギさん!」

「あ、は、はい……」


 三人の男女に囲まれながら歩くコムギは、ひどくぎこちない返答をする。


 当人としては、『入信者を装っているだけ』ということがばれないよう演技をしているつもりらしいが、意識しすぎて逆に不自然である。が、幸いにも周りの信者たちは、単に緊張しているだけと思ってくれているようだ。


「まあまあ、そんな固くなりなさんなって!」

「無理もないわよ、弟さんが帰ってくるか心配なのよね?」

「大丈夫ですよ! 私たちもみんな最初は不安でした。でも、ムスタファ様のお力があれば、そんな心配なんていらないんです!」

「あ、ありがとう……」


 と、三人は肩を叩いて激励する。彼らとて家族を失っているからここにいるはずなのに、それでも明るく笑えるのは、絶対に家族を蘇生してもらえると確信しているからだ。


「ああそうさ! ムスタファ様に任せておけば絶対に大丈夫! まだその眼で見たことがないから信じられねえかも知れねえがな、運ばれてきた死人が一週間後にはぴんぴんして国へ帰っていくのを俺は何度も見てるんだ!」

「そうよ。必ず帰ってくるわ! それまで一緒に支え合いましょ!」

「みんな同じ痛みを分かち合える家族ですからね!」


 その言葉で、コムギはハッとした。


 この教団は既に、一種の相互慰安コミュニティとして成立している。『大切な人を失った』という共通の経験と、『故人を生き返らせる』という共通の目的。両方を共有しているからこそ、教団の連帯は恐ろしく強固なものになっているのだ。個人が抱く疑問や疑念を、軽々と押し潰してしまうほどに。


「おっ、こりゃ丁度いい! 俺たちの家が見えて来たぞ!」

「みんなでおしゃべりしながらだとあっという間ね! 早速歓迎会の準備をしなきゃ!」


 信者たちの指差す方向、谷底の開けた土地にくだんの集落が姿を現した。テントからは買い出し組の帰還に手を振る者もいる。コムギにとっては来るのは二度目だが、もちろん、そんなことは言わないでおく。


「どうだ、すごいだろう? 一般信徒は教会施設の周りにテントや小屋を立てて住むならわしになっているんだが……なに、心配はいらねえよ。余っているテントはいくつもある。あとで立てるの手伝ってやるからな!」

「ちょっとあんた、一人でかっこつけないでよ! あたしたちだって手伝うからね! 他の皆にも紹介しなきゃだわ!」

「みなさん落ち着いてください! まずはムスタファ様にご報告がルールですよ! コムギさん、私たちはいつも外出を終えたら報告のお祈りをするんです。一緒に教会へ行きましょうね!」


「あの施設の中に? ……え、ええ、是非ともお願いするわ!」


 そうして帰り着いた一団は、慌ただしく荷物だけ置くと施設の門をくぐる。中はステンドグラスが張り巡らされた豪奢ごうしゃな大聖堂になっていた。大きな祭壇やずらりと並ぶ信者用の長椅子など、内装の大部分は一般的な教会と酷似している。が、唯一、普通なら聖母像が立っているはずの祭壇奥に、ムスタファの彫刻が屹立きつりつしているところだけが違っていた。


「さあ、座って座って! できるだけ詰めてね。お祈りっていっても、難しいことは何にもないのよ。帰って来て欲しい人のことを思い浮かべれば、それがムスタファ様の力になるの!」


 説明しながら、女は横長の椅子へ座るよう促す。流れに乗せられついつい腰をおろしかけたコムギは、はっと自分の目的を思い出した。


「あ、えっと……私、ちょっとお手洗いに……」

「ああ、そう、ごめんね。気づかなかったわ。トイレなら、そこの通路の奥にあるわ。……でも、あんまりうろうろしないでね? 施設の地下はムスタファ様の大切なお住まい。一般信徒には立ち入り禁止だから」

「わ、わかりました。すぐ戻って来ますね……」


 そう言って脇の通路へと抜け出したコムギは、「うししし」と忍び笑いを浮かべた。


「何よ、ナギの奴。私はドジだから潜入は無理、とか言っちゃって! 全然いけてるじゃない!」


 そうして駆け足でトイレを通りすぎ、地下へ続く階段へと差しかかる。が――


「ふふふ……これは大冒険者コムギ様改め、スパイマスターコムギ様になれるレベルね! この調子でちゃっちゃと――」

「……おい」

「はひっ!」


 突然背中から呼び止められたコムギは、おそるおそる後ろを振り返る。


 するとそこには、しかめ面の衛兵が一人、ものすごくいぶかしげな顔でコムギを見ていた。


「ここで何してる?」

「えーっと、トイレ……?」


「……なぜ疑問形なんだ?」

「ト・イ・レっ!」


「怒鳴るな怒鳴るな……便所ならお前が今通りすぎただろう」

「あっれー、そ、そうですかー。私、今日きたばっかなのでわかんなかったんですー」


「あんなにでかでかとマークが書いてあるのにか? 怪しいなあ……」

「ほ、本当よ! 私、ほら、おっちょこちょいだから!」


「ほおん、おっちょこちょいねえ……でもそれだけで間違えるかなあ?」

「うぐっ……わ、私は、おっちょこちょいな上に馬鹿だから……」


「なるほど、確かに頭は良くなさそうだ。しかしなあ……まだ理由としては弱いなあ……」

「くうっ……私はおっちょこちょいで馬鹿な上に世間知らずな田舎娘です……」


「うーん、もう一声!」

「ひーん、勘弁して~~~!」


 そんな調子で幾度となく自虐を強いられた末、コムギはがっくりと膝を突いた。


「う、うぅ……わ、私は馬鹿で間抜けな鳥頭でおっちょこちょいな上に世間知らずのぐーたら田舎娘でおたんこなすなあんぽんたんのぽんぽこぴーのすっとこどっこいですぅ……」

「うーん、なるほどなるほど、よーくわかったぞ。それならトイレを間違えても不思議じゃないなあ」

「えっ! 信じてくれるの!? やったあ!!!」


 コムギは天高く拳を掲げて大喜び。これならば、散々自分をおとしめた甲斐があったというもの。ただしそのあと、守衛は喜ぶコムギの肩をポンと叩くのだった。


「……ああ、勿論だよ、()()()()()()()コムギ様」

「……へ?」


 一テンポ遅れて、コムギはようやく気が付いた。それは先ほど自分で呟いた独り言。最初から全部聞かれていたのだ。


「あ、あんた、まさか、はじめっから気づいて……」

「あんだけ大声でしゃべってりゃ当然だろ? 自虐のネタに『独りごとが大きい』を加えとくんだぞ」


「こ、こんの~! おちょくってたわけね! 人でなし! 悪魔!」

「ふんっ、怪しいスパイに言われる筋合いはない! 牢屋にぶち込んでやる!」

「うええええん!!!」


 こうしてコムギの潜入は、三分ともたず失敗に終わったのであった。


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