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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第二章 棺屋は死者の夢を見る
31/42

コムギ、発つ

――――……

――……


「うーむ……」


 王都一食事が旨いと評判の宿『熊の手亭』。その一番安い二人部屋にて、コムギは独りベッドの上に寝転んでいた。難しい顔でちらちら横を見ては、うーん、うーんと何やら悩んでいる。彼女の視線の先にあるのは、空っぽのベッド。そこを使うはずだった少年は、丸一日経ってもまだ戻って来ていない。


 宿に帰り着いてからかれこれ数時間、コムギはずっとこんな調子でナギの心配ばかりしているのだ。


「う~む~……」


 コムギの口から、またしても唸り声が漏れる。

 普段の彼女ならば、ここまで悩む前に何かしら行動を起こしているところなのだが、今回ばかりはそうもできないわけがある。


 『待ってるからね』――別れ際、コムギ自身が口にした言葉。


 そう、コムギは三日間待つとはっきり約束してしまった。あれだけ物語のヒロインっぽい台詞を吐いてしまった手前、のこのこ迎えに行っては格好がつかない。ヒロインとは、黙って主人公を待つもの。自分から打って出るなど言語道断。意地でもこの宿を離れるわけにはいかない。


……はずなのだが――


「ええーい! じれったい! そんなに待てるかってーの!!!」


 生憎あいにくこの少女は、我慢などまーったくきかない性分なのであった。


「よっし、行こう!」


 と、結論が出てからはあっという間だった。豪快に寝巻を脱ぎ捨て、ちゃちゃっと冒険の身支度を整える。いつもほとんど手ぶらなだけに、こういう時の準備は迅速そのもの。


 ただ、用意を終えたコムギは、少しばかり手を止めて思案を始める。


 先日は遺体回収という正式な名目があったからこそ、ヴォルゴ台地への立ち入りが許可された。けれどナギがいない今、同じ理由を使うのは難しいだろう。まずはどうにかして、施設まで行く手立てを講じなければ……


 と、珍しく頭を使っていたコムギの耳に、表通りから喧噪が飛び込んできた。窓越しに覗いてみれば、一昨日と同じくムスタファ信者たちの大行列が到着していた。どうやら今日はムスタファの付き添いではなく、単に食料や日用品の買い出しに来ただけらしい。


 ムスタファがいないのであれば、信者たちなどただの団体客。みながそう考えたのか、大通りではさほどの騒ぎにもなっていない。だが、その大行列を見つめるコムギだけは、にやり、と悪巧わるだくみの微笑みを浮かべていた。


「ククク……我に策あり! さあ、今行くわよ、ナギ! 首洗って待ってなさい!!!」

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