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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第二章 棺屋は死者の夢を見る
27/42

死体を追って

 戦場での一夜が明けた。


 朝食を済ませた三人は、荷物をまとめて出立の準備に取り掛かる。

 ナギたちにはまだ仕事が残っていたし、それはヒツギも同じ。束の間の再会が終わり、別れの時が来たのだ。


「……ごはんをちゃんと食べるんだぞ……寝る前にはトイレを忘れるな……悪い女に気をつけろ……それから、それから――」


 と、相変わらず過保護なヒツギは、別れ際にはナギを抱きしめたきり放そうとしなかった。そのせいでナギはあわや窒息寸前。コムギが無理矢理引きはがしたことで、どうにか事なきを得た次第である。


 そんなこんなで、二人の出発は少々慌ただしいものとなったのだった。


「あんたのこと大好きなのね、ヒツギさん。……まあ、ちょっと変わった人だったけど」

「……うん」


 そうして二人は、再び密林を歩き出す。

 幾分歩き慣れたお陰か、以後の道中は昨日よりもスムーズだった。ただ、目的地である最前線へ近づくにつれて、やはり兵士の数は増えていく。昼近くになってからは既に三度ほど、両軍の戦闘の音を間近で聴くこともあった。今のところは誰にも見つかることなくやりすごせているが、少しでも気を抜けばまた昨日のような目に遭うだろう。


 そんな緊張感の中で迎えた昼過ぎ、とうとうナギが立ち止まった。


「……多分、ついたみたい。この先が教えられた場所だ」

「ふう~、ようやくね。それじゃ、早いところ終わらせちゃいましょう!」


 そう言って歩き出すコムギ。その手をナギが掴み止めた。


「……待って」

「どうしたの? この先なんでしょ?」

「……うん、そうなんだけど……」


 と、ナギは歯切れ悪く口ごもる。


「……コムギは、見ない方がいいかも……」

「……ああ、そういうことね」


 ナギの言わんとしていることは、コムギにも確かに伝わった。しかしそれでも、コムギは少年の手を振りほどく。


「大丈夫よ。私は、あんたと一緒に行くわ」

「……わかった」


 そうして二人で踏み出した先、開けた樹林の間に広がっていたのは、想像を絶する凄惨せいさんな光景だった。


 ずたずたに切り裂かれたテントの残骸、踏み壊された食器の欠片、そしてそれらの合間に散乱した、三十余もの人間の死体。


 そこにあったのは、戦争というものを何より物語る、悲劇の具現だった。


「……ひどいわね……」


 コムギはただ絶句する。

 鼻腔を突く腐乱臭。鼓膜を揺するはえの羽音。今、目の前に散らばっているそれらが、ほんの少し前まで自分と同じ人間だったとはどうしても思えない。どれだけ理性で取り繕っても、心がそれをただの汚物として認識してしまう。


「コムギ、大丈夫? 離れて休んでても……」

「……言ったでしょ。私はあんたと一緒に行くわ。こんなこと、早いとこ終わらせてあげなくちゃ」


 これは真っ当な人の死に様ではない。だからこそ、生きている自分たちが正さなければならない。そして何よりコムギには、死体を前に蒼ざめる少年を一人にしてなどおけなかった。


 二人は死臭漂う死地へと足を踏み出した。


「レナート中尉……レナート中尉……」


 探す仏の名を呟きながら、コムギは遺体の首にかかっているネームタグを一つ一つ確認していく。事前に写真は見せられているが、とても顔だけで判断できるような状態ではないのだ。


 本当なら、すべての遺体を遺族の元へ届けられればそれが最善。けれど、全部回収しようとすれば、ナギの棺はあっという間に一杯になってしまう。故に、依頼された遺体だけを回収し、残りはここでとむらう予定だった。


 そういう意味では、今回依頼されたレナート中尉は、ある意味幸せ者だ。私的に棺屋を戦場へ入れることのできる者など、軍上層部のごく一握りだけ。一般の家庭では、子供や夫の遺体が帰って来なくても、それを弔うことすら許されないのだから。


「うーん、こっちにはいないみたい……」


 腰を上げたコムギは、別の方を探しているナギに声を掛ける。


「そっちはどう?」


 けれど、ナギはぴたりと止まったまま返事をしない。


「ナギ……?」


 と、不審に思ってもう一度問いかけたその時、ナギはあさっての方向に視線を向けた。


「誰か、来る……!」


 言うが早いか、ナギはさっとコムギの元へ駆け寄ると、その体を抱きかかえて遺体の散乱する駐屯地を離れる。間一髪、二人が木陰へ身を隠したところで、ナギたちとは別の一団が姿を現した。


(ルーシャ連邦兵……?)


 密林に合わせた深緑調の迷彩色に、肩部に刺繍ししゅうされた小さな国旗。現れた二十人ほどの集団は、皆確かにルーシャ連邦の戦闘服を着ている。けれど、息を潜めて盗み見ているコムギは、言いようのない違和感を覚えた。


 綺麗すぎる。


 明らかに先日襲ってきた兵士たちのそれとは違う。ゲリラ戦をこなしてきた本物の兵士ならば、纏った軍服にも相応の破損が見られるはず。そして何より、彼らが偽物の王国兵であることを確信させたのは、集団の中に見覚えのある顔があったからだ。


(あれ、まさか……レンカ……!?)


 間違いない。集団の先頭に立っていたのは、先日ナギが王都で声を掛けたレンカという少女である。


「ナギ……」


 と、すぐに教えようとするが、ナギも既にわかっているらしい。眼だけで頷くと、そっと唇に手を当てる。


 そうして二人が盗み見ている前で、所属不明の一団は辺りに散乱する遺体を回収し始めた。


(一体、何の目的で……?)


 持参してきた大きな麻袋に、手当たり次第死体を詰めていく男たち。指揮をっているのはレンカだ。その首尾の鮮やかさを見る限り、かなり手馴れているらしい。


 そして手際良く死体を回収し終えた一団は、いそいそと撤退を始めた。


「ナギ、どうする……?」


 コムギは唇だけで問いかける。けれど、そんなものは考える間でもない。ナギの仕事はレナート中尉の遺体回収。その遺体を持ち去られてしまったとなれば、やることは一つ。


「……追いかけよう」


 二人の追跡劇が幕を開けた。

 遺体を担いだ一団は、丸々半日かけて真一文字に台地を横断した。両国の丁度国境線上を歩く形だ。普通の兵士たちを警戒しながらも、レンカを先頭にして休みもとらずひた進む。そうして幾筋も存在する尾根のうちの一つを下った先、ゆるやかな谷間へと降下を始めた。


 ここまで来ると、もう主戦場からは大きくはずれているため、両国の兵士の姿は全く見られない。不気味なほどの静けさだけが根を降ろしている。


 二人の追跡が終わったのは、谷を下り始めて一時間ほど経った頃だった。不意に密林が途切れたかと思うと、その先には無数のテントや掘立小屋が立ち並んでいたのだ。


 どうやらここが、謎の一団が逗留とうりゅうしている場所らしい。


「うわあ……すごい……」


 木陰から身を乗り出したコムギは、思わず口を開ける。

 テントや小屋はどれも粗末なもので、特に目をみはるような代物ではない。だが、その数がとにかく凄まじかった。だだっ広い谷底一杯に並んだ雑居は、数だけ見れば中規模な街と同等。それだけでなく、乱雑に配置されたテントの群れの中央には、煌々と明かりの灯った巨大な建物がそびえている。周囲には壁が張り巡らされ、入口には衛兵と思しき人間まで立っていた。


「一体、ここって……?」


 コムギがきょろきょろとしている間にも、死体を抱えた一団はバラックを抜けて中央の施設へ歩いていく。そして守衛と何らや言葉を交わした後、塀の内側へ消えて行った。


「ふふ……なるほど、謎の集落に謎の施設ね……これは調査のしがいがあるってものね!」


 と、やたらテンションの上がっているコムギは、鼻息荒く意気込む。けれど、ナギはその肩を掴み止めた。


「……ここまでにしよう」

「はあ? あんた、ここまで来て何言ってんのよ!? 気にならないわけ?」


「だいたいはわかるよ。ここはあのネクロマンサーの根城だ。周りの小屋は、信者たちのものだと思う」

「ああ、なるほど……って、違う違う! あんた、あの中で何が行われてるか気にならないの!? 第一、遺体が回収できてないままじゃ帰れないじゃない!」

「だから探りはするさ。……僕はね」


 コムギはようやく、ナギの言わんとすることを理解した。


「あんた、一人でやるって言いたいわけ?」

「……だって、施設内への潜入は危険だし……」


 ナギが言い訳がましくそう言うと、コムギは眉根を吊り上げた。


「危険は同じでしょ! あんた、がきんちょの癖にカッコつけないで!」

「……コムギはドジだし……絶対見つかっちゃうだろ……」

「んなっ! 潜入ぐらい朝飯前だっての!」


 と、やったこともないくせに自信満々のコムギ。


「だいたいね、危険が何だってのよ! 私は冒険者よ! そんなの全然構わな――」

「……僕が構うんだよ」


 ぼそりと、呟くような声。


 さしものコムギも、そんな言い方をされては押し通すわけにもいかない。


「あ、あんたね……そういう言い方はずるいんじゃないの?」

「……三日。それだけ待ってて。……それでもし、僕が帰らなかったら……コムギはコムギの冒険を続けてよ」


 少年の眼には、絶対に譲らないという強い意思が見えた。


「――一秒でも遅れたら、先に行っちゃうんだからね!」

「……ありがと」


 それだけ言って、二人は別れる……かと思いきや、そこからナギはせわしなく喋り始める。


「帰り道はわかる? 昨日信者たちが使ったものがあるはずだ。あれだけの行列で歩いたなら、道を見つけるのは多分簡単だし、迷っても――」

「んもう、わかったわかった! ストップ! あのねえ、子供じゃないんだから、帰りぐらい一人で大丈夫よ! ……あんた、なんだかんだ心配性よね」

「そ、それは……! ……コムギが心配させるんじゃないか……」


 照れくさそうに頬を染める少年を見て、コムギはくすっと笑った。


 そんなに深刻になる必要などない。きっとまた、すぐに会える。


「……それじゃ、行ってくるね」

「うん……待ってるからね」


 その言葉を背に受けて、ナギは施設へと歩き出した。

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