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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第二章 棺屋は死者の夢を見る
26/42

二つの過去

 ぱちぱちとぜるたき火の上で、スープの入った大鍋がことりと湯気を吐いた。


 コムギは今、たっぷり野菜のスープを食している最中だ。じっくりと煮込まれた色とりどりの野菜と、琥珀色をしたコンソメスープの相性は抜群。まさに絶品と評すに値する味。


 だが、いつもなら「ぷはー! うまいっ!」とでも叫んでいる場面にも関わらず、コムギはむっつりと黙りこんだままだった。それどころか、口にしているスープの味さえよくわかっていない様子。その天変地異にも等しい異変の原因は、彼女の向かい側で腰を下ろしている二人組にあった。


「……ナギ、おいしいか……?」

「はい……」


「……ナギ、こっちに大きいお芋さんがあるぞ……」

「はい……」


「……ナギ、良く噛むんだぞ。喉につっかえたら大変だ……」

「はい……」


「……ナギ」

「……はい?」


「……ふふ、呼んでみただけだ……ふふふ……」

「は、はい……」


 と、なんともじれったい謎なやりとりを交わしているのは、白髪の女――ヒツギと、困り顔を浮かべたナギ。二人は並んで座っているのだが、まず距離感からしておかしい。ヒツギは肌が触れ合うほどにナギの横にぴったりとくっついて、その口元をじーっと見ている。なまじ身長差があるだけに、ナギとしては完全に上から見おろされている形。かなり食べにくそうにしている。


 一方、当のヒツギはと言えば、ご機嫌で少年を観察する傍ら、時折口元を拭ってやったり、パンを差し出してやったりと、まるで五歳児を相手にしているような感覚だ。ナギがどれだけ恥ずかしそうにしていてもおかまいなしである。


 これまでの観察結果からわかるのは、この謎の美女はとにかくナギのお世話を焼きたく焼きたくて仕方がないらしい、ということだけであった。


「……ナギ、熱くないか……?」

「大丈夫です……」


「……ナギ、おかわりはいるか?」

「いえ、いいです……」


「……そうか……口に合わなかったのだな……」

「や、やっぱりもらいます……」

「……そうか……!」


 と、一事が万事この調子では、ナギとしても拒絶のしようがなく、コムギも割って入る隙など見つけられない。結局コムギに発言の機会が回って来たのは、ナギが半強制的に大鍋を空にした後のことだった。


「あ、あの~」


 コムギは黙々と寝床を整える女に声をかける。ちなみに、三人いるはずなのになぜか二人分の布団しか用意されていないのだが、そこに突っ込むのはやめておいた。


「ヒツギさんとナギはどういう関係で……」

「……どういう関係に見える?」

「え……そ、そういう切り返ししちゃいます……?」

「ひ、棺屋の師匠だよ……!」


 と、横から慌てて答えるナギ。


「僕のことを拾って育ててくれたんだ」

「じゃあナギのお母さん代わりってこと? あっ、もしかして、ここへもナギに会いに?」

「……仕事だ。ガルマギアからの依頼で、戦死した将校の遺体回収に来た。……お前たちも同じだろう?」

「……はい。僕たちはルーシャ連邦からの依頼です」


 『そうか……』と答えはヒツギは、それから唐突に警告を発した。


「……なら、依頼をこなし次第、できるだけ早くこの地から去れ」


 きっぱりと告げられたその言葉。コムギは元より、ナギでさえ彼女の言わんとする意味がわからないといった顔をしている。


「どうしてですか、先生?」

「……‘歪んだ者’が、この地に来ている」


 その言葉に、ナギは心当たりを口にした。


「ネクロマンサーのこと、ですか……?」

「それって、昨日の……?」

「……やはり知っているか。なら、話は早い。……あれはガルマギアにも訪れている。――蘇った戦死者たちをつれてな」


 ナギとコムギは顔を見合わせた。マスカヴァで見たものとまったく同じ状況だ。どうやらネクロマンサーを名乗るあの老人は、戦争中の二か国双方に取り入っているらしい。


 そんな二人の反応を見て、ヒツギは不意に話を変えた。


「……ずっと昔の話だ。遠い南方の地に、ギアナ王国という強大な魔術国家があった。ギアナは多くの優秀な魔術師を輩出はいしゅつしているが、中でも群を抜いて卓越した才を持つ治癒魔術師の男がいたらしい。男は数々の魔術を開発し、たった一代で治癒魔術の基幹体系を創り上げた。彼がしるした治癒魔術の体系書は、数百年が経った今なお治癒魔術の完璧な教本として伝えられている。その男の名が――ダーラルエルヴィア」


「な、なにそれ、同一人物ってこと……?!」

「……有り得ないことではない。いいか、ナギ。もう一度言う。‘あれ’は危険だ。近寄るな」


 下される再三の警告。……けれど、ずっと大人しく従っていたナギが、今回ばかりは頷かなかった。


「……僕には、わかりません」

「……ナギ……」


「先生、死者は本当に蘇ることはないんですか?」

「……昔、お前は全く同じことを聞いたな」


 ヒツギは深く溜め息をつく。


「……答えは変わらん。死者が蘇るなどありえない。……もしそれを成し得る者が現れたとしても、それは決して許されない行為だ」

「……許されないって、誰にですか――!」


 ナギが珍しく声を荒げた。


「僕はレンカに会った! 記憶はなくなってたけど、あれは確かにレンカだった! 本当に生きていた! それに、あの人は言った。みんな生き返らせるって! 僕の、家族も……!」

「……ナギ。お前の感じた死は、そんなに軽いものだったか?」


 ナギはその一言で押し黙った。ただ、不服げに唇をとがらせている様子から、すねているようにも見える。


 そんなナギを見かねて、ヒツギはまたしても溜め息をついた。そして立ち上がったかと思うと、おもむろにナギを抱きかかえるのだった。


「せ、先生……?!」

「……こら、暴れるな」


 へそを曲げていたナギも、これには動揺を隠せない。赤面してもがきはするが、ヒツギはがっちりつかんで離そうとしなかった。男女は逆だが、所謂いわゆるお姫様だっこ状態である。


「……お前は疲れている。少し休め」


 そして有無を言わさず寝床へ運ぶと、ヒツギは自分ごと布団に一緒に潜り込んだ。

 添い寝……と言えば可愛らしくも聞こえるが、ぎゅっとホールドしている様は拘束という表現の方がまだ近い。ナギはどうにか呼吸を確保するのが精一杯だ。


「せ、先生……ちょっと、放して……」

「……なぜだ? いつもこうしていただろう?」


「そ、それは小さい頃の話で……」

「……? 何を言っている? 今も小さいぞ」

「し、身長の話じゃなくて……その……」


 ナギはもぞもぞしながら、恥ずかしそうに言った。


「こ、コムギが……見てるし……」


 瞬間、ヒツギの視線がコムギに向く。唖然あぜんとして眺めていたコムギは、反射的に目を逸らすと、わざとらしく伸びをした。


「あ、あー、私も眠くなっちゃったなー! さーて、もう寝ようかなー! うん! 眠いなー!」


 棒読みでそう言ってから、コムギはささっと寝床に入ってそっぽを向く。無論、ヒツギの視線がそうしろと命じていたからである。


「こ、コムギの裏切り者……」

「……ふふ……これでもう見てないぞ……」


「うう……」

「……ふふふ……ふふふふふ……」


 ヒツギは心底嬉しそうにナギを抱擁する。その姿は、まるでお気に入りの人形を抱きしめる童女のよう。


 ナギの方も、最初こそ恥ずかしげにもじもじしていたが、数分後にはとろりと瞼が落ち始めていた。一日中ネクロマンサーのことを考えていたせいで、精神的にひどく疲弊していたのだろう。母親代わりだった女性の胸に抱かれたことで、緊張の糸がほどけてしまったらしい。すぐに他愛ない寝息を立て始めた。


 そんな少年の寝顔を存分に堪能したヒツギは、不意にむくりと起き上がる。そして、タヌキ寝入り中のコムギに視線を向けるのだった。


「……食後のコーヒーが、まだだったな……」

「は、はひっ……!」


 コムギはもう従うしかない。そうしてあれよあれよと言う間に、気づけばコムギは、たき火を挟んでヒツギと相対していた。


「えーっと……あの……何か御用で……?」

「……それを聞きたいのはこっちだ」


「……へ?」

「……聞きたいことがあるのだろう?」

「え、ええ、まあ……」


 確かに、コムギには聞きたいことが山ほどあった。それは主にヒツギのせいなのだが……ともかく、コムギは今一番必要な情報を尋ねることにした。


「あの……死んだ人間が生き返るのって、そんなにあり得ないことなんですか?」


 それはナギが投じたものと全く同じ疑問。納得できていなそうなナギの代わりに、もう一度問うたのだ。


「――類似技術は、ある」


 ヒツギの答えは、先ほどよりもずっと丁寧だった。


「……治癒魔術の中には、自身の生命力とも言うべき源泉魔力を他者に分け与える術が存在している。肉体だけなら、複製を作る技術も研究されている。だが、いずれも‘治療’であって‘蘇生’とは違う。一度潰えた命を呼び戻す術ではない」


 知識の無いコムギのためにか、ヒツギはゆっくりと先へ進める。


「そしてもう一つ、治癒魔術とは別の系統だが、最も蘇生に近いとされている……というより、時には死者蘇生と混同されるのが、ネクロマンス――死体傀儡術だ。……もっともダーラルエルヴィアは克死術と名付けているらしいがな……」

「死体、傀儡術……」


 明らかに不穏な音の響き。コムギは顔を引きつらせる。


「……そうだ。ネクロマンスとは、元来蘇生とは最も遠い魔法。死体を媒体として利用しているだけの操作魔術だ。……けれど、魔法を知らぬ者は往々にして死者が蘇ったものと誤認する。術者の方から蘇生をうたって騙そうとするケースも多い」

「わざわざ死体を……悪趣味ね……」


「……そうだな。だが実利的な理由もある。人間の魔力を通す傀儡として、人体ほど優れた媒体はないんだ。言ってしまえば当然だが、人体はもともと人が動かすようにできている。動き方も知っている。木や岩からゴーレムを作り出す手間も無ければ、複雑な命令式を書き込む必要もない。一度傀儡として支配下においてしまえば、稼働コストは非常に安く済む。……ネクロマンサー一人で百万の死者を従えることすら可能だ」

「ひゃ、百万っ!?」


 魔術だの命令式だのといった単語は一切理解できていないコムギにも、百万の軍勢だけはよくよく想像できた。


「……だからこそ、ネクロマンサーは最も警戒される魔術師だ。ネクロマンス自体、ほとんどの国で学ぶことすら重罪に指定されている。……ただ、それを抜きにしても、ネクロマンスには障害が多い」


 そう言うと、ヒツギは指を三本立てて見せた。


「一つは魔力。操ること自体の燃費は良いが、傀儡化させる時には相応の力が必要となる。特にネクロマンスは死者を大量に操作するのが前提。必要量は当然多くなる。……同じ理由から、二つ目の障害は儀式に使う供物の準備だ。数十種類もの魔術品を大量に調達するとなれば、目立たずにことを起こすのは困難だろう。……そして最後が、死体だ」

「死体……?」


 コムギは意外な単語に首をかしげた。


「死体なら、墓場にたくさんあるんじゃ……」

「……そうだな。言い方を変えよう。‘まともに動かせる状態の’死体だ。……埋葬された死体の大半は、人型を保っていない。ネクロマンスは傀儡術。道具として扱う死体に欠損があるのでは意味がないんだ。……故に、ネクロマンサーにとっては死体不足が最大の悩みになる」

「へえ~、そうなんだ」


 と、雑学を仕入れたような軽い感想を述べてから、コムギはふと疑問を浮かべた。


「あれ……? でも、それならますます今回のお爺さんは本物ってことになるんじゃないですか? 確実に死んでいた人間だから治癒魔術じゃないってことですし、成長までしてるんだから操られた死体でもないですよね? 記憶を失ってること以外、本当に元のまま戻って来たって話ですし……」

「……そうだな、本当に記憶を‘失った’のであれば、良かったのだがな……」

「えっと……どういう意味ですか?」


 コムギは再度問うが、ヒツギはそれに答えなかった。


「……今回の蘇生者は確かに完全だ。記憶を除けば体も本人のもの。……ただ、問題は中身だ。精神、魂魄、心、源泉魔力……言い方は様々だが、個人を個人たらしめている魂というものは、一度消滅してしまえば決して戻らない。どんなに姿かたちが同じでも、それが一度死んだ人間であるなら――中身は別ものだ」


 そう言い切るヒツギの口調に現れているのは、‘確信’ではなく、ごく当然の‘事実’。


 鈍感なコムギにも、眼前の女が棺屋として想像もつかないほどの経験をしてきたことだけは理解できた。きっと、生や死について、この世の誰よりも深く知っている。だからこそ、『蘇生などあり得ない』と断言しているのだ。――たとえそれが、愛弟子の切なる願いを否定することになろうとも。


 と、そんなことを考えていたコムギは、突然の話題転換にぽかんと口を開ける羽目になった。


「……さて、次は私が聞く番だな」

「は、はい?」


「……お前、ナギとはどういう関係だ?」

「い、いきなりですね……」


「……いきなりではない。ずっと気になっていた。……口に出さなかっただけだ」

(そ、それをいきなりと言うんじゃ……?)


 かなり今更な質問ではあるものの、ヒツギの眼は真剣そのもの。下手をうてば恐ろしいことになるのは自明。といっても、それがわかったところで生憎あいにく咄嗟に誤魔化せるほど機転は利かない。


 なので、コムギはおっかなびっくり正直に答えた。


「ほ、保護者、ですけど……」

「……保護者、だと……?」

(えっ、怒った!? これ、怒っていらっしゃるの!?)


 びびるコムギだったが、ヒツギは少年そっくりの無表情のまま質問を続行する。


「……年齢は?」

「十六ですが……」


「……住所は?」

「不定です……」


「……職業は、何をしている?」

「冒険者ですけど……」


「……何が得意なんだ?」

「早食いですかね……」


「……将来の人生設計はどうなっている?」

「大冒険者、かな……」


 と、くどくどと質問攻めするヒツギ。まるで息子が連れてきた嫁を品定めするしゅうとめである。


 だが、ある質問に対する答えを聞いて、ヒツギは一瞬表情を変えた。


「……出身は?」

「カタリ村です……」


「……! そうか……なら、辛い思いをしたな……」

「あはは、全然、私はどうってことないですよ。……辛かったのは、あの子たちですから」


 そう言って、コムギは屈託くったくなく笑う。少女のそんな笑顔をじっと見ていたヒツギは、唐突に問いかけた。


「……あの子の……ナギの出自は、知っているか?」

「えーっと、柩鬼とかいう一族の出身で……ナギ以外はみんな、もう死んでしまったということぐらいしか……」


 コムギは正直に答える。無論、少年の過去に興味が無かったわけではない。ただ、それを尋ねてはならないような気がしていたのだ。


 そんなコムギの眼を見据えたまま、ヒツギは静かに語り始めた。


「……ナギの生まれた一族は、古来から殺しを生業としてきた暗殺一族の末裔だ。全員で放浪しながら、行き着いた先で殺しを請け負う。‘柩鬼’――『棺を担いだ鬼』という呼称は、殺した標的を収めるための棺を戦場へ担いで行く風習からつけられたものだ。その風習は既に廃れて久しいが、暗殺術に関しては今なお無類の強さを誇る。……いや、誇っていた、と言うべきか……」


 その言い方で、コムギには柩鬼の一族がたどった悲惨な末路に予想がついた。


「柩鬼は強すぎた。変革を望まない支配者層にとって、一族の存在は脅威でしかなかった。奴らは世界各地から傭兵を集め、柩鬼の一族討伐に乗り出した。投入された戦力は、一国を悠に滅ぼせるほどだったと言われている。結果、奴らの望み通り柩鬼は滅んだ。討伐軍すべての命と引き換えに。……それが八年前、ナギがまだ、六つだった頃の話だ」

「でも、ナギは生き残った……」


「……ああ。それが幸運だったかは別として、唯一あの子だけが、激しい戦火の中で死を免れた。私も一度ナギから話を聞いただけだから、詳しい状況はわからない。あの子が言うには、気を失っている間にすべてが終わっていたらしい。……ただ、生き残ったナギにとって、そこはもう地獄だった。敵味方合わせて千を超す死体の山。生まれた時からずっと一緒だった家族や友人が、骸となって転がっている。それが六つの子供にとって、どれほど恐ろしかったことか。……ナギは、最も仲の良かった姉の死体だけを背負って、その場から逃げ出したそうだ」

「ナギの、お姉さん……?」


 それは、コムギにとって初めて知る事実だった。


「……名前は‘ナミ’と言うそうだ。歳はあの子の二つ上……生きていれば、丁度お前と同い年だったろう」


 果たして少年は、自分に姉の面影を重ねていたのだろうか。

 コムギはふとそんなことを思うが、すぐに頭から追い出した。その答えは、少年以外の誰にもわからないのだから。


「……そこから先のことは知らない。あの子は話せる状態じゃなかった。だが少なくとも、戦いから五日後、私が山中で倒れているナギを拾った時、背中に姉の死体は無かった。代わりに、背中の部分だけがぐっしょりと濡れていた。……腐敗した人間の体液で、だ。……五日の間に何があったのか、今なら聞けるかも知れない。けれど、私も怖いんだ。事実を知ることが。……だから、私が知っているのは、今もあの子が悔いていることだけだ。……姉の死を背負い切れなかった、あの惨劇の日を」


 ヒツギは深い嘆息をついた。


「……あの子に請われて棺屋稼業を教えたのは私だ。棺を背負いたがる理由にも、見当はついている。だが、それが正しかったのかはわからない。……きっと、これからもわかることはないだろう」


 最後にそれだけ言うと、ヒツギは口を閉ざした。

 自分の知らない少年の過去を聞いたコムギもまた、束の間沈黙する。


 思うことは幾つもあった。もっと知りたいこともだ。けれど彼女は、何より気になった疑問を投げかけることにした。


「……なんで私に、その話をしたんですか?」


 ヒツギは黙ったままだった。ただ、あえて答えないのではなく、自分自身よく分かっていない様子。解答を探すようにしばし眼を閉じていたヒツギは、それからようやく口を開いた。


「……あの子が怒るのを、初めて見た」

「……へ? えーっと、何の話……?」


 コムギは気づいていないが、先ほど兵士たちに囲まれていた時のことだ。


「……お前はどうやら、ナギにとって大切な人らしい」


 そう言ってから、ぼそりと付け加えることを忘れなかった。


「……無論、私の次に、な……」

「あ、そうですか……」


 と、そんな冗談なのか本気なのかわかりにくい言葉の後に、ヒツギは真剣な面持ちで言うのだった。


「……ナギには、君のような人間が必要だ。きちんと生きている人間が。――あの子のことを、よろしく頼む」


 コムギは傍らで眠る少年にちらりと視線を向けた。柔らかな寝息を立てるナギは、寝ている間だけは年相応に幼く見える。それから、コムギは大きく頷いた。

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