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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第二章 棺屋は死者の夢を見る
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'ネクロマンサー'

 ルーシャ連邦王国・王都マスカヴァ。

 その中央にそびえる王城の一室にて、軍服姿の男たちが大きな円卓を囲んでいた。室内を支配するのはものものしい空気。だがそれも当然だろう。政府高官たちによる定例軍事会議の真っ最中なのだから。


「――……以上、東方国境線戦況報告となります!」

「……ご苦労、着席してくれ」


 戦況報告を終えた兵士をねぎらうのは、一人だけ豪奢ごうしゃな椅子に腰かけた老齢の男。


 ルーシャ連邦を統べる王――エンサイドラだ。王族の血統特有の豊かな金髪は齢五十を越えてなお照り輝いている。だが一方で、その顔には深い疲労と辟易へきえきが刻みこまれていた。


「次はヴォルゴ台地における中央戦線戦況報告であります! まず、昨夜一○三○時にて決行されたK155874作戦についてでありますが――」


 続いて立ち上がった若い兵士は、大真面目に手元の分厚い書類を読み始める。


 エンサイドラは疲れた声でそれを遮った。


「ラマン少尉、済まないが、時間が押しているのだ。委細については後で資料に目を通す。この場では簡易で頼めるか?」

「ハッ!」


 青年は律儀に敬礼すると、ごくごく簡潔にまとめた。


僭越せんえつながら総括そうかつ致しますと、戦況は一進一退! 我がルーシャ連邦と仇敵ガルマギアは、未だ膠着こうちゃく状態にあります!」


 円卓のところどころから、うんざりしたような吐息が漏れる。


 膠着状態、一進一退、決着つかず……それらはみな、彼らが生まれた時から聞いている言葉。

 ルーシャ連邦とガルマギア皇国という二大国間で勃発した戦争は、開戦後百年経った今なお、決着がつかないままでいるのだ。


「ふん、また一進一退か……中央の兵士たちは随分と怠け者なのだな」

「何が言いたいのだ、ヴィレフスキー西方軍司令?」


 すかさず聞き返したのは、中央軍司令兼軍部最高司令官でもあるゲオルグ将軍。その声音には強い苛立ちが込められている。


「そのままの意味だ。……我が部隊の手に掛かれば、ヴォルゴ台地にはびこるガルマギアの雑兵など半年で駆逐してくれよう。冬が訪れる頃には、この‘百年戦争’に終止符が打たれているだろうさ」

「ハハ、大して戦闘経験もない西方軍司令が、口だけは達者なようだ」


 険悪に睨み合う二人。更にその脇から、法衣の老人が口を挟んだ。


「私に言わせれば誰が指揮をろうが同じですな。主戦場たるヴォルゴ台地は未開の密林。それも開戦以来戦術魔法が使われ続けてきた影響で、残留魔力の濃度が尋常ではない。魔術による索敵も通信も使えないとなれば、こんなものは単なるゲリラ戦。戦略も戦術もあったものではなかろうて。徒に兵たちの心身を摩耗させていくだけのことですな」


「ふん、黙っていてもらおうか、セヴィニフ殿。実戦も知らぬ名ばかりの魔術大臣が、知った風な口を利いてくれる」


「戦場を知らないというのであれば、あなた方も同じであろう? この中に一人でも、実際の戦場に立ったことのある者がおるのですかな?」


 その問いにイエスと答えられるものなど、当然この場にはいない。


「くだらぬ。将には将の役目がある。何より、我々の心は常に同志たちと一つだ」


「ものはいいようですな。泥沼の消耗戦につきあわされる兵たちの心がわかるとは。調査によれば、ヴォルゴ台地に配属された新兵の七割が三日以内に心的な外傷を負うとされている。ゲオルグ将軍の胸中もさぞや傷だらけなのでしょう」


「ふっ、我がルーシャの同志たちがそんな軟弱なものか。それとも何か? 一部の軟弱者のために、みすみすヴォルゴ台地を手放せというのか? ハハハ、愚かな! やはり軍出身でない者には戦争というものが分かっていないようだ」


 ゲオルグは大きく鼻を鳴らした。


「ヴォルゴ台地は両国にとっての要衝ようしょう。ここさえ手中に収めれば、ガルマギア本土へ幾らでも兵力を送り込めるようになる。そして、それは逆もまた然り! すなわち、ヴォルゴ台地を制した方が、この百年続く戦争の勝者となるのだ! だからこそ、ガルマギアも惜しみなく兵を投入してくるのではないか。泥沼の消耗戦というのなら、きゃつらが息絶えるその日まで、我がルーシャ連邦は国民一丸となって邁進まいしんすればいいだけの話であろう!」


「それで何が残るというのですかな? 我々は敵国ではなく自国民へ目を向けるべきだ。国民は日に日に疲弊し、死者の数は際限なく増えていく。その死者を弔うことさえ、現状満足にはできていない。先週戦死されたザウクリン王子の遺体すら回収できていないこと、まさかお忘れではあるまいな? 私は一人の為政者いせいしゃとして、国民のために別の道を考えることを提案しますぞ。あの心優しきザウクリン王子が、最後までそうしていたように」


 セヴィニフ魔術大臣のその言葉に対する答えは、吐き捨てるような嘲笑だった。


「ハッ、またその話か、臆病者め! おおかた、ガルマギアとの講和を結べとでも言いたいのだろう? ……笑止! 我々には勝利以外の道はない。名誉の死を遂げたザウクリン王子のため、散っていたすべての同志たちのために、我々はこの百年戦争に勝つのだ! それが唯一、英霊たちの供養となる! おめおめと和約を結ぶなど、先に逝った者たちへの最大の侮辱! 後世まで残る恥である! そう、これは聖戦だ! 英霊たちのための戦いだ! 我らが目指すのは、完全なる勝利のみ!!!」


 ゲオルグ将軍の大声が会議室中に轟く。円卓を囲む大半が、示し合わせたかのように盛大な拍手を送った。


 各々派閥は違えども、軍服に身を包んだ男たちは誰一人、停戦など望んではいないのだ。


 その異様な光景には、ルーシャ連邦という組織における軍部の優位性が如実に現れていた。


「せいぜいお言葉に気をつけなされよ、セヴィニフ魔術大臣。我々軍部の意思はすなわち国民の総意でもある。あなたの発言は祖国への裏切りと取られかねないですからな」


 明らかな脅しの言葉。もはや何を言っても無駄らしい。


 黙り込んだ魔術大臣にかわり、ずっと沈黙を守っていたエンサイドラが割って入った。


「……もういい、たくさんだ。先を続けよう」


 王の一声で定例会議が再開される。


 滞りなく羅列される幾つもの数字。それらすべてが国民の命に関わることだというのに、誰一人として現実感を持っている者はいない。


 エンサイドラは小さく嘆息した。


「……こんなもの、一体誰がための戦争か……」


 虚飾まみれの不毛な会議は、卓上だけで進んでいく。


 ――だが、形だけの議論も終盤に差し掛かった頃、思わぬ報せが円卓上へ舞い降りて来た。


「し、失礼します! 陛下に謁見を希望される方が!」


 突如開いた扉から飛び込んで来たのは、動揺しきった兵士の声。

 この礼儀も作法もない乱入に、ゲオルグは立ち上がるなり怒声を浴びせた。


「貴様、今は最高軍部会議中だぞ! 軍規をなんと弁える!!!」

「し、しかし、火急の用件でありまして……」

「ええい、黙れ! 規律を重んじるのがルーシャ軍人としての――」


 と、額に青筋を浮かべるゲオルグを、エンサイドラ王が横からいさめた。


「ゲオルグ大将、そこまでにしておいておくれ。私への客のようだ。……伝令ご苦労であったな、面会しよう。謁見室へお通しせよ」

「あ……そ、それが……既にこちらへいらしておりまして……」

「なるほど、よほど火急の用件らしいな」


 エンサイドラはただ頷いただけだったが、度重なる無礼にゲオルグはまたしても激怒する。


「なあにぃ?! 部外者をこんなところまでだと!? 誰が許可した!? 監督者には軍法会議が待っていると伝えよ!」

「いえ、それが……部外者というわけでは……」


 伝令の兵士はひどく歯切れが悪い。隠している、というよりも、本人も混乱しているらしい。

 このままではらちが明かないと悟ったエンサイドラは、戸惑う兵士に命じた。


「よい、ともかくここへ通せ。話は本人に聞くとしよう」

「は、はいっ!」


 そして待つこと数十秒。再び扉が開く。


 二人の衛兵に付き添われて入室してきたのは、華奢きゃしゃな金髪の美青年だった。


 その姿を見た途端、議場にいた全員が揃って目をみはる。

 なぜなら彼らはみな、現れた青年のことをよくよく知っていたからだ。


「よもや……ザウクリン、なのか……!」


 ――会議室に現れた青年は、紛れもなく死んだはずの王子その人なのであった。


「馬鹿な、王子は死んだのではなかったのか!?」

「せ、戦死が確認されたと報告では確かに……」

「ならばあれは何者か!?」


 無言の王子をよそにして円卓がざわめく。


 その混乱を制したのは、一筋の老いた声だった。


「――みなさま……どうぞ、お静まりを」


 深く腹の底に響く男の声。人の心を瞬時に落ち着かせる不思議な旋律に、一同は静まり返る。

 いつからいたのだろうか。声の主と思しき老人は、王子の背後からぬるりと前へ進み出た。


 棒切れのような手足、顔中に走る皴、浅黒い肌の色……枯れ木を彷彿ほうふつとさせる老体は、どうやら遠い異邦の人間らしい。相当な高齢ではあるが、深淵な叡智を秘めた双眸そうぼうだけは、いやに活き活きと眼孔の奥で踊っていた。


「王子殿には今、記憶がございません。蘇りの代償として失っておられるのです。僭越ながら御身分についてはお話いたしましたが、実感を取り戻すには時間がかかるかと。どうぞ、あまり刺激をなさらぬように」

「記憶喪失……? 都合が良すぎる。本当なのか?」

「にわかには信じられぬな……」


 最初の衝撃を越えた後、湧き上がるのは当然の疑念。円卓の面々は老人と王子へ訝しげな眼差しを向ける。


 そんな疑惑を否定したのは、老人ではなくエンサイドラだった。


「いや……私にはわかる……ここにいるのはザウクリンだ。間違いない! 私の息子だ!」


 と叫んだ王は、そのまま老人へと詰め寄る。


「先ほど『蘇り』と口にしたな? よもや、お前がそれをした、と?」

「いかにも。その通りでございます」


 老人は慇懃いんぎんな仕草で肯定する。そこには一抹の迷いもない。


 ただ、円卓の中には真正面から異議を唱える者がいた。


「――ありえませぬな」


 と言って立ち上がったのはセヴィニフ魔術大臣。老人に向かってあからさまな不審の視線を投げかける。


「我が国の魔術大臣として、一魔術師として、私は断言いたします。完全な蘇生魔術などこの世に存在しませぬ。何かしらのトリックがあるのでしょう。王よ、惑わされてはなりませぬぞ」


 だが、対する老人は余裕の微笑みを浮かべるだけだった。


「ええ、疑われるのは当然でしょう。ですので、皆様のお気の済むまで調べてくださって構いません。そのために検体(サンプル)の数もそろえたのですから」

「数を、揃えた……? まさか、ザウクリン王子の他にも……?!」


「王子殿を含め、私が蘇生させた者は三十名ほどになりましょうか。この力に際限などありませぬので。もっとも、当人たちたっての希望で彼らはみな一足先に家族の元へ帰っております。代わりに身元のリストは持参しておりますので、どうぞ後ほどご確認ください。みな身体検査を受けることにも同意しております」


 三十人という数字に一同は揃って顔を見合わせた。

 ハッタリである可能性も考えられる。が、王子に付き添っていた兵士の言葉で、すぐにそれが事実であると判明した。


「お、おそれながら、御老人の言葉は事実でございます! 「死人が帰って来た」と、城下は今、大騒ぎでありまして……ご老人の信奉者と自称する一団も、城門前へ詰めかけております!」


 連邦へとっての吉凶は別として、何か大きな波乱が起きようとしている。――この場にいる全員が、はっきりと理解した瞬間だった。そしてそれをもたらした張本人は、目の前にいる。


 王は改めて尋ねた。


「……そなたは一体、何者か?」


 老人はうやうやしくこうべを垂れた。まるで最初から、その問いかけを待っていたかのように。


「‘ダーラルエルヴィア’と申します。あるいは、人は私を《ムスタファ(選ばれし者)》と。……ああ、もう一つ、こう呼ばれることもありますね。――‘ネクロマンサー’と」

ネクロマンサー(死体傀儡者)だと……!?」


 今日で一番の動揺が、円卓中に広がった。


「貴様、自分の言っていることを理解しているのか? ネクロマンス(死体傀儡術)は禁忌の呪法。学ぼうとするだけで重罪、習得している者はそれだけで死刑に値する。これはどこの国でも同じだ。無論、我が国もな。……それがわかった上で、ネクロマンサーを名乗るのか?!」

「存じております。……ですが、皆様の言うところのそれは紛い物のネクロマンサー(死体傀儡者)。一括りにしないでいただきたい。奴らは死者を傀儡にすることしかしない冒涜者たちですよ」


「ならば、そなたは違うと申すか?」

「無論です。ネクロマンスとは、今でこそ‘死体傀儡術’として認知されております。しかし、原義をたどればネクロマンスとは‘死者蘇生術’を差す言葉。私が扱うのはそちらの方なのでございます。……そう、私は皆様と同じ、死を恐れ、生をいつくしむ者――」


 老人は萎れた唇を横に引き伸ばし、満面の微笑を浮かべる。

 だがそれは、まるで髑髏どくろわらっているようにしか見えなかった。


「――私こそが、唯一にして本物のネクロマンサー(死の克服者)――ムスタファ・ダーラルエルヴィアでございます」

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