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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第一章 葬列と少女
20/42

少女と葬列

――――……

――……


 すべてが終わってから、一日が過ぎた朝。


 アンヘルは暁の光に包まれた森を進んでいた。時折、木々の谷間に自律機構兵の姿が見えたが、襲ってくることはない。彼らもまた長きに渡る戦いから解放され、安息の眠りを手に入れたのだ。今はまだ物々(ものもの)しく輝く装甲も、いずれは苔に覆われ、小鳥の遊び場になるだろう。きっとそれが、彼らにとって何よりの鎮魂歌となる。アンヘルにはそう思えた。


「アンヘル様、そろそろでございますね」


 影法師のようについてきていた筆頭代が、背後から囁いた。

 もう数分もすれば船を止めている岸に帰り着く。そうなれば、この島ともお別れ。二度と再び訪れることはないだろう。


 そう考えた時、アンヘルはふと、あのおかしな二人との別れを思い出した。


『またね、アンヘル!』


 別れ際、コムギは手を振りながらそう言った。


 『またね』なんて、随分と勝手な挨拶だ。と、呆れてしまったことを覚えている。

 日々命の危険に晒されているこちらの境遇も知らず、まるでもう一度会えることを確信しているみたいに……いや、また会うことが当然だとでも言わんばかりではないか。


 本当に身勝手極まりない。けれど、当たり前の如く再会を約束してくれる人間がいること、何故だかそれがとても幸せに思えた。


 それからアンヘルは、コムギにぴたりとくっついていた棺屋の少年も思い出す。


 別れの時、彼は何も言わなかった。というより、何か言おうとして言葉を探していたが、上手い文句が見当たらなかったのか、結局恥ずかしそうにちょっと手を振っただけで背を向けてしまった。だからアンヘルが知っているのは、その後、何事かコムギにからかわれながら歩く少年の背中だけ。けれど、少年が何を言おうとしていたかはともかく、言えなかった理由はアンヘルにもだいたいわかる。彼女もきっと、少年と同じくらい赤くなっていただろうから。


 そんなむず痒い回想を振り払った頃、森の切れ目が見えてきた。その先には船の影もある。


 とうとう、冒険の終わりがやってきた。


 だがその時、背後から凄まじい咆哮が轟いた。振り返って見れば、そこにいたのは巨大なベヒーモス。来島時に襲ってきたそれとは比べ物にならないほどに大きく、角は奇怪にねじ曲がっている。――ベヒーモスの中でも最上位種にあたるクインベヒーモスだ。


 そうして魔物の女王は、強烈な咆哮と共に襲い掛かってきた。


 ベヒーモス種特有の圧倒的な筋力に加えて、人間並の知能による的確な回避と攻撃。突進するだけが能だった通常種とは、強さの次元がまるで違う。戦闘開始からものの数秒。既に三人の棺屋が地面に倒れ伏していた。


 だが、部下たちが目の前で負傷しているというのに、筆頭代は何ら意に介した様子も見せない。それどころか、平然とアンヘルを促した。


「さ、アンヘル様、御気になさらず参りましょうか」


 幸か不幸か、先頭にいたアンヘルと筆頭代だけはクインベヒーモスの標的になっていない。彼女に危険が及ばないのであれば、棺屋の仕事は遂行不可能であり、長居するだけ時間の無駄――筆頭代はそう判断したのである。事実、島に来た当初のアンヘルなら、彼と同じく棺屋たちを見捨てて船に乗り込んでいただろう。――だが、今の彼女はもう、昔のアンヘルとは違っていたらしい。


「――《エインシェルツ(展開)》――」

「アンヘル様……一体何を――!?」


 おもむろに魔術を発動するアンヘル。予想外の行動にたじろぐ筆頭代は、展開された光球の数を見て思わず絶句した。


 宙空に咲き誇った光の球体は、悠に百を越えていたのだ。

 そしてすべての光球が一斉に、輝く光の奔流を解き放った。


「《シャル・ミト()ルフュール()》」


 撃ち出された数百の光線が、あらゆる方向から魔物に向けて殺到する。一瞬にして白に塗りつぶされる視界。誰もが束の間眼を閉じた。


 けれど数秒後、クインベヒーモスはなお健在だった。射出された光弾はすべて紙一重で外れ、体毛の先端だけを正確に焦がしただけ。ただの威嚇射撃だったのである。ただし、魔物を震え上がらせるには、それで十分でもあった。ほんの一秒。それだけあれば、眼前に佇む少女が十度は自分を殺せるという事実を、本能で感じ取ったのだ。


 獲物を狩り尽くすまで決して退かないはずの魔獣の女帝は、生まれて初めて尻尾を巻いて逃げ出した。哀れな魔獣は二度と、自分の体毛が焦げ付く臭いを忘れることはないだろう。


「アンヘル様……」


 怪物の餌食になりかけていた棺屋たちは、信じられないといった様子でアンヘルを見る。


 不干渉――それこそが、唯一彼らの間に介在する関係性だったはず。だというのに、紛れもなく今、彼らは命を救われた。その意味が理解できなかったのだ。


 しかし、棺屋たちの困惑をよそにアンヘルはまた踵を返す。そして、彼らに背を向けたまま、凛とした声で言い放った。


「お前たちは私の死でしょう? なら――地獄の果てまでついてきなさい」


 少女は今日も葬列と共に歩む。

 きっと明日も、明後日もそうだろう。

 燃え盛る業火の中を、吹き荒れる嵐の中を、彼女はひたすらに往くだろう。


 だがそこは死地ではない。


 死ぬ場所は、彼女自身が決めるのだから。

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