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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第一章 葬列と少女
18/42

守護者と心臓

「――いやあ、これにて一件落着ね! アンヘルが無事で良かったわ!」


 戦いから数分。

 アンヘルの応急手当を終えた後、コムギは豪快に笑った。

 もちろん彼女は、今回は何も……というより、今回も何もしていない。が、そんなことを気にするコムギではないのだ。


 と、そんな折、入口の方からふわ~っと、今回一番の功労者が現れた。


「どうも~、みなさ~ん、ご無事なようで何よりです~」

「あっ、アニマ! ちょっとあんた、どこ行ってたのよ! こっちは大変だったんだから!」

「すみませ~ん、ちょっとした電波障害です~。いや~、魔法ってすごいですね~」


 現れて早々、何やらよくわからないことを口走るアニマ。その内容はさておいて、アンヘルはすぐに礼を述べた。


「ありがとう……ナギから聞いたわ。助けを呼んでくれたのね。でも、なんでわかったの……?」


 アンヘルは思わずずっと気になっていたことを尋ねるが、それは愚問というもの。


「私、幽霊ですから~」


 アニマはいつも通りにへっと笑うばかりであった。


「しっかし、ほんとラッキーだったわ。私たちが間に合う位置にいて」


 コムギ本人は全然間に合っていなかったのだが、まるで気にした素振りも見せずに言う。すると、ナギは小さく首を振った。


「偶然なんかじゃない。僕たちは最初から同じ場所を目指してたんだ。そうだよね、アニマ」

「どうやらそうみたいですね~」


 アニマは素直に頷く。けれど、それを聞いたアンヘルは訝しげに眉根をひそめた。


「『イヴの心臓』とあなたの遺骨が同じ所に……?」


 島の中枢部で一介の兵士が戦死するなど、そうそう起こり得るとは思えない状況だ。ただ、一方で何も考えずに喜ぶ者もいた。


「あら、いいじゃない。話が早くて」


 と、コムギはのんきに笑う。


「アンヘルの探し物とアニマの遺骨、両方見っけるだけのことでしょ? これならアンヘルと一緒に行けるし、むしろラッキーじゃない。あ、余った時間は私のお宝探しね!」


 一石三鳥、とでも言いたげにドヤ顔をするコムギ。その向こう見ずさに口を挟んだのは、他でもないアニマ自身だった。


「あの~、私が言うのもあれなんですけど……いいんですか~?」


 不思議な幽霊は、その場にいる三人全員に問いかける。


「ここから先、結構危険なんです~。もしかしたら、死んじゃうかも知れませんよ~?」


 アニマのほんわかした口調は変わらない。けれどそこには、単なる警告以上の意味が込められていた。


「何よアニマ、今更引き返せっての? ここまで来て尻尾まいて帰るなんて私のプライドが許さないわ! 却下よ却下! ……っていうか、あなたはそれでいいわけ?」

「私、ですか~……?」


 彼女の胸中を察してのことかは定かでないが、コムギは逆に聞き返す。

 そこで初めて、改めて考えるような素振りを見せたアニマは、自分で自分の心を確かめるように口を開いた。


「……そうですね~、随分長い間ここにいました~。本当に、本当に、長い間……それが私の役目でしたから。でも……私は……うん。自由になりたい。だから――助けて、欲しいなあ~」


 その言葉を待っていたかのように、コムギは大きく胸を張った。


「なら、大船に乗ったつもりでまっかせなさい! この大冒険者コムギ様にね!」


 と、言葉こそ勇ましいものの、これまで魔物も自律機構兵もすべてナギが対処してきたわけで、説得力があるかは微妙なところ。


 ただそれでも、『アニマを助ける』というその一点に関しては、異論などあるはずもなかった。


「私には命を救われた恩がある。私にも手伝わせて」

「……僕は棺屋だ。仕事はする」

「んふふ、決まりみたいね!」


 冒険の舞台は整い、目指す先も定まった。となれば、居ても立ってもいられないのが冒険者の性。四人は今度こそ揃って歩み始める。もはや往く手を遮る者はなく、自律機構兵の襲撃もなかった。アンヘルの棺屋たちも、ただ後ろから事の成り行きを見守るだけ。


 そうしてたどり着いた最深部では、大きな隔壁が道を閉ざしていた。


「いよいよ、って感じね……!」

「その通りです~、ここがゴールですよ~。ただ、私はここから先へは御一緒できません~。……みなさん、どうかお気をつけて~」


 見送るアニマの声音には不安の色が滲んでいる。しかし、もう覚悟を問おうとはしなかった。


「待ってて、アニマ。……すぐ会いに行くから」


 ずるずると地鳴りを響かせて、重い隔壁の幕が上がる。

 身構えた三人の眼に飛び込んできたのは、膨大な体積を誇る巨大な部屋。天井は遥か上方に広がり、四方の壁は遠すぎて見えない。


 そんな広大な室内には、数えきれないほどの太い柱が規則正しく並んでいる。それも、単なる支柱というわけではないらしい。一つ一つが精巧な部品から組み上げられた、円柱状のコンピュータ群のようだ。


「……さ、行くわよ」


 コムギを先頭にして、三人は慎重に機械の森を進む。眩しいほどに明るいはずのその空間は、無機質な静謐せいひつに支配されていた。


 まるで墓場にいるみたい――コムギはふとそんな心地を覚え、微かに背筋を震わせる。


 そうして科学の果ての虚しき墓標を抜けた先、円形に大きく開けた場所に出た。


 その中心部には――


「ねえアンヘル、これってもしかして――」


 広場の中央、一本だけそびえた透明なガラス柱の中に浮かぶ、真っ赤なチップ。――血管に似た無数の配線に繋がれ、コンピュータ群のすべてを統括するそれは、まさしく人間の心臓と瓜二つだった。


「『イヴの心臓』……!」


 呟いたアンヘルは、そっと心臓が内包されたガラス柱に歩み寄る。

 だが、足を踏み出してから数歩のところで、突如耳ざわりな警報音が頭上から降り注いだ。


「うわ、うるさっ……! これ、なんかここにいちゃ駄目なやつなんじゃ……」


 というコムギの言葉が終わるよりも早く、天井に大きな円形の穴が開く。そこから何か巨大な物体が、三人の前に落下した。


「うげっ……なんか、でかくない……?」


 進路を阻むように現れたそれは、従来のものに比べてはるかに大型の自律機構兵。ただし、これまでのものが蜘蛛型をしていたのに対し、今回のものは人馬一体の魔物――ケンタウロスに酷似していた。


「ふふ……お宝の守護者ってわけね、上等じゃない!」


 不敵に笑って、コムギは腰の剣に手を掛ける。

 その動きと同調するかのように、心臓の守護者も己の武装を展開した。


 腹部からは八つの砲門、六本のアームからそれぞれ四本のビームソードと二枚のエネルギーシールド。更には背部の射出口から二十四機の遠隔操作型小型攻撃ポッドが飛び出したかと思えば、三本の尻尾が高圧電流を纏ってびしびしと唸り始める。


 一秒前まで丸腰だったケンタウロス型の自律機構兵は、瞬く間に動く要塞へと変貌したのだ。


「……あ、ふーん、一杯持ってるのね~、すごーい、あはははは……提案なんだけど、話し合いで解決しない?」


 展開された圧倒的物量を前にして顔を引きつらせるコムギ。 

 そんな彼女を抱きかかえるや否や、ナギは大きく跳躍した。――間一髪、一秒前までコムギが立っていたその場所を、八発の高密度エネルギー砲が貫いていった。


「あばばばば……や、ヤバイわよナギ! あれはヤバイわ! 喰らったら丸焦げよ!」

「丸焦げどころか消し飛ぶと思うけど……」


 たまらずコンピュータの森に逃げ込んだ三人は、追尾してくる小型機の攻撃をかわしながら作戦を練り直す。


「……アンヘル、とりあえず小さいやつだけ、任せていい?」

「わ、わかった」


 ハチドリさながらの俊敏性で飛び回る小型機。それを捕えるには、同等以上の速度と機動力を兼ね備えた光精霊術が適任だ。


「ナギ、私は!? 私はどうする? 背中なら預けてもらってもいいんだけど?!」


 ナギの腕の中でじたばたしながら、コムギも指示を仰ぐ。

 怖がっていたかと思いきや、もう元気を取り戻したらしい。謎のタフさには舌を巻くが、今のところ出る幕はない。


「……コムギは……とりあえず下がってて」

「んなっ!? またそれ!? 馬鹿にしないで! 私だって戦えるわ!」


「……えーっと……戦力の温存だよ。奥の手ってやつ」

「なるほどね、そういうことなら任せなさい! 全力で下がってるわ!」


 と、無事各々の役割が決まったところで、三人は反撃に移った。


 コムギはひたすら後退し、アンヘルは柱の影に身を潜める。そしてナギはというと……


「さて……」


 要塞の如き守護者と真正面から対峙して、ナギは一言呟いた。


「……それじゃ、やろうか」


 オーパーツ満載の巨大自律兵器と、小柄な棺屋の少年。傍から見れば勝負にすらならないかに思えた両者は、しかし激しく拮抗きっこうしていた。


 三本の鞭状の尾に、四本の大剣、さらに八門のエネルギー砲――アンヘルによって完全に抑え込まれた二十四機の遠隔砲門を除いても、守護者の繰る武装は強力無比。コンピュータ群への誤爆を防ぐため、攻撃範囲と威力が制限されていることを加味しても、人体程度はかすっただけで容易に四散させられる。……はずなのだが、ナギの超常的な速度の前に、ただの一発かすらせることさえできずにいた。


 そもそもこの守護者の仮想敵は人間ではなく自律機構兵。照準・予測システムも、当然自律機構兵の回避システムを前提にして組まれている。傀呪により強化した靴で物理法則を逸した回避運動を取るナギに対しては、本来の予測攻撃が十分に発揮できないのだ。


 だが一方で、ナギもまた甲鉄の牙城がじょうを切り崩せずにいた。


 これまで倒した自律機構兵のそれよりも、格段に強固な特殊装甲。傀呪を籠めたナイフでさえ、突き刺さりはするが貫くことはできない。装甲の薄い各種センサー部位は、二枚の盾によって最優先で防護されている。圧倒的手数をかいくぐって得られる僅かな隙を突くだけでは、いつまでかかるかわからないのが現状であった。


(ナギ……!)


 そんな両者の息詰まる攻防戦を、アンヘルは柱の影からじっと見守っていた。

 任されていた二十四の遠隔操作機は、既に残らず破壊してある。速いだけで防御力の無い敵の処理は、光精霊術の最も得意とするところだ。


 ただ、手が空いたにも関わらず、アンヘルはナギに加勢しようとはしなかった。『小さいやつだけ』という少年の言葉を正しく理解していたからだ。


 それは単純にアンヘルの身を案じて下された指示ではない。仮にアンヘルが攻撃に参加し、守護者の標的になった場合、アンヘルではオーパーツによる猛攻から身を守ることは不可能。となれば、本人が望む望まないに関わらず、ナギは攻撃の手を止めてアンヘルを庇うだろう。そうなった時点で、もはや勝利の芽はなくなる。すなわち、傍観こそが唯一彼女に許された加勢の方法だった。


 ただ、傍観者であることの方が苦しい時というものが存在する。今は疲れた顔一つ見せないナギとて、人間である以上その体力も無尽蔵ではない。そんな少年がじりじりと追い詰められていく姿を見るぐらいなら、いっそ――


「《エインシェルツ(展開)》――!!」


 ナギの指示に背き、四方に光球を展開させるアンヘル。


 一撃で沈黙させる。それならば文句はないだろう。


 彼女のその行動は守護者に向けての攻撃準備であり、ナギに向けての決意の表明でもあった。――もしもこの一撃で仕留め損ねたら、庇う必要はない、と。


 ただ、その意図を察したナギは、交戦中にも関わらずのんびりした声で制止した。


「まだ早いよ」

「でも、二人でやらなきゃ、あなたが……!」


 アンヘルは苦しげに反論する。一発でも貰えば即死という綱渡りじみた戦いを、もう見てはいられない。


 けれどナギとて、そんな分の悪い駆け引きをいつまでも続ける気などなかったようだ。


「大丈夫だよ。……だって僕たち、二人じゃないから」

「え――?」


 アンヘルはそこでようやく気付いた。戦闘に夢中になるあまり忘れていたが、先ほどからコムギの姿が見えない。彼女の性格からして、自分だけ逃げ出すなんて有るはずがない。だとすれば、この場にいない理由として考えられるのは……


「ナーーーギーーー!!!」


 まさにその時、入口の方から息を切らせたコムギが駆けこんできた。


「ぜぇ、ぜぇ……こ、今度は間に合った……コホン。ふふふ、ナギ、どうやら手こずってるみたいね! 秘密兵器コムギ様が助けに来てあげたわよ! ほうら、ありがたく使いなさい!」


 と叫んだコムギは、手に握りしめていた何かをナギの方へ放り投げる。宙を舞ったそれは、掌に収まる程度の小さな黒い玉。――そう、かつてアニマに教えて貰った鏡像物質弾である。


 コムギは鉄壁の装甲を貫くための武器を、施設内の生産工場まで取りに走っていたのだ。

 無論、射出機構が無ければそれはただの黒い玉。けれどナギには力がある。万物を従え、昇華させる呪いの力が。


 ――たとえその対象が、遠い遠い過去の遺物であったとしても。


「やっちゃいなさい、ナギ! 例のあれで……えーっと……喜寿だっけ!?」

「だから違うって……何度言っても覚えないんだから――」


 掴み取った小さな弾丸に、禍々しい極黒の魔力が籠められる。破壊の呪いを纏ったその球体を、ナギは無造作に放り投げた。


「――傀呪、だよ」


 瞬間、空間が歪むほどの強烈な爆発が巻き起こった。立ち並ぶ機械の柱が根こそぎ吹き飛ぶほどの甚大な破壊力。膨張した空気の圧力だけで、四方の壁にひびが走る。纏った黒衣を強化することで盾となったナギがいなければ、コムギとアンヘルも巻き添えを喰らっていただろう。


 しかし、それほどの凄まじい破壊の渦でさえ、堅固な守護者を完全に打倒することはできなかった。分厚い装甲は見る影もなく溶解し、基幹フレームは剥き出しの状態。六本の腕もみなねじまがって、武装はすべて吹き飛ばされている。もはや戦える体ではない。だがそれでも守護者は立っていた。与えられた命令を果たすため、骸になってもなおナギたちの前に立ちはだかっていたのだ。


「……もう終わりにしてあげよう。アンヘル、力を貸して」


 ナギは悲しげに呟いて大地を蹴った。機構兵が反応できない速度で真下に潜り込むと、渾身の力で蹴り上げる。骨組みだけになっていた守護者は、軽々と上方へ弾き飛ばされた。


 その瞬間、ナギの視線がアンヘルに向く。少年が何を求めているのか、口に出されずともはっきりと理解できた。


「《カントール(円環)》――!」


 宙空に咲く大きな光の輪。アンヘルの光精霊術の中で、最強の攻撃力を持つ一点突破型魔術である。その輝く光の円環を、アンヘルは少年の周囲に展開したのだ。


「……ありがとう」


 そう呟いて、ナギは優しくに触れた。

 注ぎ込まれる傀呪。他人の魔術式であろうと、その呪いには何の障害にもならない。傀呪により極限を越えて増幅したアンヘルの魔力は、本人でさえ制御が困難なほどに膨れ上がる。


 そしていよいよ臨界を迎えたその時、アンヘルはすべての力を解き放った。


「――《フォラー・シャ(全弾=)ルレン・アル・ア(協奏)ウフゲレークト(=極射)》――!!!」


 黒と白の入り混じった強大の光線が、直上に向けて放たれた。矛盾した光の大槍は一直線に守護者を貫き、更にはその先の天井をも次々と突き通して迸る。


 地上から最深部まで連なった百幾層もの壁を突き抜けた眩い輝きは、ついに天まで届く光の柱となって島中を清浄な白に染め上げたのだった。


「うひゃあ~、こりゃまたド派手にやったわね~」


 コムギは眩しそうに今しがた開通したばかりの穴を見上げる。ぽっかりと口を開けた穴の向こうには青空が広がり、生まれたての太陽の光が柔らかく差し込んでいた。世紀を越えて外界から隔絶されていた空間に、初めて新鮮な‘今’の空気が流れ込んだのだ。


 そして朝日を見上げる三人の背後から、懐かしい声が聞こえて来た。


「みなさん、お疲れ様です~」


 にこにこ笑顔と共に登場したのは、他でもないアニマである。


「ねえねえ、アニマ! 私の活躍見てくれた? なんかボス倒したっぽいし、すぐ遺骨も見つけるからね!」


 と、ドヤ顔を見せるコムギだったが、横からナギに遮られてしまった。


「その必要はないと思うよ。……ほら、そこにあるから」


 そう言って指差したのは、あろうことか自律機構兵が守護していたガラスの柱――その中で光を受けて輝く『イヴの心臓』だった。

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